Global Wind (グローバル・ウインド)
インドの風(チェンナイを中心として)

中央支部・国際部 城ヶ﨑 寛

 近年発展著しく国内外からの注目を集めるインドですが、実際にインド人と一緒に仕事をし、その素顔に触れた経験のあるビジネスパーソンは日本では意外に少ないようです。オフショアITサービス企業に在籍し、毎日インド人と共に机を並べて働き、インド各地を出張する日々の中で私の感じたその素顔の一端に触れたいと思います。
 インドでは優秀な学生は理系大学に集中します。インド工科大学がその代表ですが、インドIT産業の民間業界団体である全国ソフトウェア・サービス企業協会(NASSCOM)によれば、毎年約70万人の理系学生が卒業し、その多くがIT業界に就職するそうです。これは今も社会に深く根付いているカースト制に定義されていないため誰でも就職することができ、実力主義で地位を望める業界だからです。私もさまざまなカースト出身の人と仕事をしますが、日本人の目からは全然わかりません。日本で仕事するのに意識する必要はほとんど感じませんが、上級カースト出身者は上品で余裕がある、などの雰囲気はあるようです。
 彼らの多くがアメリカに就職して重要なポストにつき、インド側にオフショアリング(国際業務委託)をするようになりました。その後アメリカのみならず世界各国の支社への対応を求められました。各国別の税制や法令などへ迅速な対応を行った結果、現在のインドのオフショア企業はグローバル化支援に非常な強みを持つに至りました。この点は日々肌で感じていて、アメリカ資本の会社にいた人にはなじみやすい雰囲気です。
 今年チェンナイに出張しました。チェンナイはインド第四位の世界都市ですが、ホテルから道に出たとたん”聖牛”に遭遇しました。情報技術産業の盛んな工業都市と、歴史ある宗教が生活に根付いた猥雑で活気に満ちあふれる雰囲気の共存は他に類を見ない生き生きした素晴らしいものです。とはいえ、マクドナルドでも「ビーフは販売しません」といわれ、ハイテク都市のど真ん中でスーツに身を固めてPCを抱えながら、道端に”ワタシ神様です”というオーラをただよわせる巨大な牛に迫られ、うろつく野犬から逃げて歩くのは、実際に経験しないとわからない衝撃ではあります。
 トイレには紙はありません。インドでは当たり前ですが、外国人の多い高級ホテル以外紙は置いていません。持参した紙を流すのも不可。トイレが詰まって一大事になります。どうするかといいますと、水道の蛇口にホースのついたものと、軽量カップ上のコップのようなものが置いてあり、コップに水を汲み、これを右手に持って左手で手動ウォシュレットにする。左手が不浄な手といわれる理由をリアルに感じます。
 日本では1960年代を最後に廃れつつあるお見合いですが、インドでは今も結婚相手は親が決めるのが常識です。インドからきた同僚も、顔を知らない婚約者がインドにいて、戻って結婚するのだといっていました。適齢期の子を持つ両親は新聞やインターネットの広告を利用して結婚相手を探すのですが、いわゆる家柄や収入、容姿、健康などのほかに独特の要素として、インド占星術が重視されます。生まれた時間が異なると占いの結果が変わるという厳密な占いです。私も生まれた時間(!)を聞かれました。結婚に限らず人と人との相性を決めるのにも占星術が重要視されるのだそうで驚きです。インド人と仕事するなら自分の出生時間も知っておくほうがよさそうです。
 インドの大きな強みのひとつは人口ピラミッドの健全性です。人口の大半が24歳以下で、ピラミッドの底辺が長く、理想的なピラミッド構造をなしています。2005年の日本の平均年齢は43.1歳、インドのそれは23.7歳、出生率は2.9人で、今後もこのバランスは保たれるでしょう。ただし識字率は2011年においても男性82.14%、女性65.46%で、この点は改善の待たれるところです。
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インドの人口ピラミッドと日本の人口ピラミッドの違い
 インドの国土面積は、EU加盟国と同等です。それだけに、公用語が15以上も存在し、それぞれに自己の世界を持っています。
 現在インドで使用されている10ルピー紙幣には、ヒンディー語(デーバガーナリ文字)、英語、アッサム語(ベンガル文字)、ベンガル語(ベンガル文字)、グジュラード語(グジャラート文字)、カンダナ語(カンダナ文字)、カシミール語(アラビヤ文字)、マラヤム語(マラヤム文字)、マラーティ語(デーバガーナリ文字)、オリヤー語(オリヤー文字)、パンジャブ語(グルムーキー文字)、サンスクリット語(デーバガーナリ文字)、タミル語(タミル文字)、テルグー語(テルグー文字)、ウルドゥ語(アラビア文字)の憲法で許された15の公用語の記述があります。
 インド国内の共通語は英語です。現地語が話せないと困るということはITビジネスではまずありません。ちなみにタミル語は日本語に発音が近く、覚えやすく感じます。
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オートリキシャ―
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マルチスズキの車
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インドでの足バイク
 これからインドに進出される日本企業も増えていくことが予想されます。しかし、経済合理性を超えた、文化交流によってこそ、日本企業、日本人の忘れた精神的な豊かさを取り戻すきっかけとなるのではないかと思います。
 特にインド南部地域は、紀元前15世紀にインド・ヨーロッパ語族に追いやられたドラビダ人の居住する地域です。
 タミル・ナドゥ州立博物館に訪問すると、古い農家の実物大の住居が州ごとに展示されています。ここで驚くのは、入口に旅人が一晩休むことのできる軒下が用意されていることです。裕福な農家の記録だと思いますが、心の豊かさが現れています。
 日本人に囲まれて暮らしていると、いつの間にか、心の豊かさを感じることが薄くなっていることを、インドの同僚は毎日教えてくれています。
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マハバリプラム近くの石像商店の軒先
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マハバリプラムの現役灯台
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マハバリプラムの寺院の壁画