Global Wind (グローバル・ウインド)
イギリスの田舎で暮らして感じたこと、学んだこと

中央支部・国際部 永山 信一

 私はこれまで企業で海外関係の仕事を長年担当して来ましたが、イギリスとの接点が多く、まだサラリーマンとして駆け出しの頃に、最初に海外で担当した大きなプロジェクトはイギリスでの買収案件でした。その後、中国、ベトナム、ロシア等での投資の仕事を経て、1999年からイギリスのバーミンガム市近郊にある子会社に駐在し、5年間過ごしました。帰国後の担当業務もイギリスに関わるもので、何かとイギリスとは縁があるような気がします。
 私が5年間過ごしたイギリスでの田舎暮らしを中心に、そこで経験し感じたこと学んだことを、生活、仕事、娯楽などの側面からご紹介したいと思います。
1. イギリス生活に慣れる
・まずは言葉から
 海外に駐在してまず苦戦するのは言葉です。これはどこの外国でも同じですが、イギリスの地方に暮らすと、英語そのものがかなり違うので最初は戸惑いました。私が住むことになった地域はロンドンから180kmほど北にあるWest Midland地方のソリハル(Solihull)という町です。すぐ近くには、イギリス第二の都市であり産業革命発祥の地としても有名なバーミンガムがあります。この地方の英語の特徴はuの発音が、ちょうどドイツ語のようにローマ字発音になる点。例えばbudget(予算)は「バジェット」ではなく「ブジェット」になります。ランチに入った店でJacket Potato(大きなジャガイモを二つに切って、サンドイッチのように野菜や肉をはさんで食べるもの)を頼んだ際、「ブッタは要るか?」と聞かれて、冷や汗をかきながら5回くらい聞き直した経験があります。勿論、これはButterのことです。
 また、駐在当初は、スコットランドやアイルランド出身の人達の言葉を殆ど理解できず何度も聞き返したことがあります。これだけは慣れて行く以外に手はありません。
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・日照時間~赴任時期には要注意!
 言葉の次にギャップを感じるのが日照時間の差です。緯度が日本よりも高いので夏冬の日照時間の差が大きくなります。短期間の出張や旅行ではあまり感じませんが、実際に住むとなるとこれはかなりメンタルな面で影響があります。夏は21時過ぎでも明るいので、日が落ちる前に仕事を終えるのは気が引けるという日本人の習性か、ついつい遅くまで残業してしまいます。一方、冬は、朝の出勤時は未だ真っ暗で、16時頃には日が沈むので帰社時も外は真っ暗です。丸一日夜中のような気分になって気が滅入って来ます。イギリスに赴任する時は、できれば夏ではなく、冬から春にかけての赴任が望ましいと思います。日の長い夏に赴任すると、一日ずつ次第に日が短くなり、だんだんと気分が落ち込むことになるからです。
 私の赴任した会社は製造会社でクリスマス時期は操業停止となるので、この時期は日照時間の長く暖かいスペインに旅行したものです。この時期にスペインに旅行すると、イギリスやドイツなど緯度の高い国からの旅行客が沢山来ています。暗い冬から抜け出したい人が多いのだと思います。
・食に馴染む~我が家の「大根」問題
 イギリスの田舎で日本食を食べるのは大変です。ロンドンであれば、日本の食材を売っているスーパーから日本食レストランまで何でもあります。ロンドンに住むイギリス人は平気で刺身や寿司を食べますが、地方に行くと食事はずっと保守的です。私が住んでいた町でも日本食レストランは1件も無く、中国人向けのスーパーに行くと、お店の片隅に日本から輸入した味噌、醤油等が申し訳なさそうに置いてあるだけです。当然ながら、刺身用の魚はありません。食事については、日本からどこの国に行っても程度の差はあれ、駐在員と家族が非常に苦労する点ですが、イギリスの場合は、ロンドンとその他の地方との落差が非常に大きいように感じました。
 そのうち慣れて来ると、ロンドンまで車で日本食の買い出しに行ったり、日本へ出張する際に日本食を買い込んで来たりと、何とかやりくりは出来るようになってきます。また、色々な発見もあるものです。例えば、ある時、会社のインド人の同僚と話をしていたら、インド人はよく大根(Mooli)を食べるそうで、自宅の庭でも栽培しているとのことでした。もちろん、日本人にとっても大根は欠かせない食材ですが、イギリスの普通のスーパーでは売っていません。
 ところが、バーミンガム市の市街地の一部にインド人やパキスタン人の住む地域があり、当時、アルカイダの一味も潜伏していたというちょっと危ない場所がありましたが、そこに行くと、新鮮な大根が山のように売られています。最初は怖くて近寄れなかったのですが、慣れて来るとそこで大根を手に入れるようになり、我が家の「大根問題」は解決しました。これも慣れだと思います。
・イギリスは美味いか?
 多くの日本人はイギリスの食事は不味いと言います。これは比較の問題かもしれませんが、世界に冠たる日本食や、欧州大陸のグルメ好きの国々(フランス、イタリア、スペイン等)と比べると見劣りするのはやむを得ないかと思います。我が家でも、欧州大陸に旅行に行くと「どこで食べてもイギリスより美味しいね」とため息をついていたものでした。
 そんなイギリスですが、私のお薦めは、濃い紅茶に牛乳をたっぷり入れて飲むアフタヌーンティーと焼き立てのスコーン。スコーンはクロテットクリームを乗せて食べます。これは美味いのでお薦めです。
・病院にかかる~ようこそNHSへ!
 海外勤務で赴任者が苦労するものの一つに医療があります。世界の主要都市にはだいたい日本人の医師がいるので日本語での診療をしてもらえますが、先進国でも田舎に住むとローカルの医者しかないので結構苦労します。私の住む地域にも日本人医師はいませんでしたので、最初のころは丸一日かけてロンドンの日本人医師のところまで行ったこともありました。生活にも慣れて来て、現地の病院に行くようになったのは3年を過ぎた頃でしょうか。
 イギリスには公的医療サービスであるNHS(National Health Service)があり、医療費は原則無料です。NHSは日本人には評判が悪いようで、医者に診てもらうまで何か月も待たされる、という話を赴任前に聞かされました。 確かに不急の場合は1週間くらい待たされることもありますが、「熱があるからすぐ診て欲しい」とか色々交渉すれば、「それじゃ、すぐ来て下さい」といった感じで、少なくとも私の経験では、かなり柔軟に対応してくれていたように感じます。日本に比べて優れていると思ったのは、ホームドクターであるGP(General Practitioner)と専門病院との棲み分けが出来ていることです。GPが診て精密検査などが必要と判断した場合は、大学病院などの専門病院へ紹介してもらいます。専門病院へ行くと専門医(Consultant)がいて、数十分かけてじっくりと観てくれます。日本のように、誰でもいきなり専門病院に行けるけど、数時間待ったあげく、診察は数分ということはありません。その前にGPが「交通整理」をしているからです。
 国によって医療制度は違いますし、メリット、デメリットはあるものの、超高齢化社会へ進む日本の医療制度が崩壊しないためにも、イギリスの仕組みなどは学ぶところが多いのではないかと思います。
2. イギリス人と仕事をする
・まずはチーム・ビルディングから
 日本でも最近チーム・ビルディングという言葉が聞かれるようになりましたが、イギリスでは会社や学校などで団体行動をするときには、まずはチーム・ビルディングを行います。これは日本人にとっては非常に奇異に映ります。日本人同士だと、例えば仕事や研修などで見知らぬ人と出会った場合であっても、与えられたチームの中で協調して与えられたミッションを果たそうというマインドが自然に働くものです。
 イギリスはアメリカほど多様な民族、人種が混ざり合った世界ではありません。それでも、EU内や旧英連邦内では就労許可(ワークパーミット)無しで自由に就労できますので、様々な人が働いています。また、一般論ですが、イギリス人は日本人と比べて、団体行動は苦手です。そこで、チームを編成するときに行うのが、チーム・ビルディング。簡単なゲームなどを行って、チーム意識を高めるということをよく行っています。
・イギリス人は形式重視?
 赴任してから間もない頃、イギリス人の上司から、「お前も営業と一緒にお客さんのところに行って交渉して来い」と言われたことがあります。私が躊躇していると、「お前は来たばかりで何もわからないだろうが、ともかく日本の親会社の人間が顔を出していることが重要だから行って来い」と言われました。しかたなく、イギリス人の営業マンたちと一緒にお客さんのところへ行って来ました。お客さんの方はいつも子会社のイギリス人と交渉していたわけですが、日本人が出て来たということで、何となく気を遣っている雰囲気は感じられたので、作戦成功です。日本の社会と少し似ており、どういう人が出てきて、どういうプロトコルで話を進めるべきなのかということについてイギリス人は結構気を遣います。
・多様なイギリス社会
 前述の通り、イギリスには様々な国の人が、移民もしくは、一時的滞在という形でやって来て、仕事をしています。私の周りにもインド系の優秀なエンジニアやアカウンタントなどがおり、特に理工系や経理に強い人が多いと感じました。移民二世代目以降の人たちは、言葉も完全にイギリス英語で、イギリスの文化に馴染んでいるようです。
 これはあるインド系イギリス人の話。「僕は自分のことをイギリス人50%、インド人50%だと思っていた。ところが、生まれて初めてインドに行った時に感じたのは、自分は80%イギリス人だと云うこと。祖先の国だけどカルチャーショックは大きかったよ。」
 また、中近東出身の同僚は、非常に交渉が上手で、弁の立つイギリス人を相手に交渉をうまくまとめていました。ある時、彼に「交渉のコツは何か?」と聞いたことがあります。彼、曰く「交渉はSlice of Salamiである。薄く切ったサラミを一枚下さいと言うと、誰も断れない。次に、もう一枚くれという。そうやって、少しずつ条件を取って行くのが交渉のコツである。」 聞いてはみたものの、正直者の日本人にはなかなか実践できないコツだと感じました。やはり現在でも領土を巡って鎬を削っている地域から来た人の生きる知恵なのでしょうか。厳しい交渉をしなければならない局面では、彼には何度となく助けてもらいました。日本と違い、多様な人種、民族の人達が一緒になって働く社会。学ぶところも多く、貴重な経験となりました。
・イギリス人と打ち解ける~パブでのコミュニケーション
 イギリス人の生活で欠かせないのがパブ(Pub)。気軽に食事をしたり、お酒を飲んだり、あるいは時にはお店のテレビでサッカー(イギリスでは「フットボール」)観戦をして騒いだりと、日常生活には欠かせないものです。また、ビジネス面においてもパブは有効に活用されているようです。よくイギリス人はなかなか打ち解けて話をするのが難しいと言われますが、仕事での会議の後、パブでざっくばらんな話をする、ということもよくあります。日本の居酒屋でのコミュニケーションに近いのではないかと思います。
 日本で云う歓送迎会もパブで行います。面白いのは、会社を退職する人を送り出す送別会。これは日本だと送る職場の人が開くものですが、イギリスでは退職する人が主催して、「今日が最終日なので、皆さん昼休みにパブに集まって下さい、」といったメールが本人から発信され、パブでは、退職者が職場でお世話になった人に一杯ずつ飲み物をご馳走する、ということをやります。私が帰任する際も、パブを貸し切って、お世話になった人達にお礼を込めてご馳走しました。
3. イギリスの楽しみ方
・イギリス人のサッカー熱とその対策(?)
 他の欧州諸国と同様、イギリス人もサッカーには熱狂します。自宅からすぐ近くのバーミンガム市にはプレミアリーグが当時2チームありました。(アストン・ヴィラとバーミンガムシティFC。現在はアストン・ヴィラのみプレミアリーグ) 仕事の後で会社の仲間とサッカー観戦に行ったこともありますが、とにかく日本とは比較にならないくらい観客がうるさいのには面喰いました。プレーの方はプレミアリーグだけあって、スピード感あふれるゲーム展開に魅了されました。
 日韓ワールドカップが開催された時のことです。日本で夕方から夜にかけて開催される試合は、イギリスでは、午前中の勤務時間にあたります。イングランドの準々決勝戦がちょうどこの時間となったので、一大事です。皆会社を休んで工場の操業がストップするのではと危ぶまれたほどです。この時はイギリス人幹部が機転を利かせて、試合時間だけ工場を止め、テレビを食堂に置いて従業員に観戦させることにしました。また、観戦に必要なポテトチップスと飲み物は会社で用意して配りました。残念ながらこの試合はイングランドがブラジルに負けましたが、社員が一丸となって応援したことで一体感が生まれ、会社の粋な計らいに皆喜んでいました。これで工場を止めたことによる「ロスタイム」は、十分にリカバーできたのではないかと思っています。
・庶民が楽しむ娯楽としてのゴルフ
 イギリスへ赴任して生まれて初めてゴルフをプレーしてみました。イギリスのゴルフコースというとセントアンドリュースが有名ですが、一方で、誰でも気楽に楽しめるパブリックコースというものが沢山あります。私が住んでいた町でも車で15分くらいのところにパブリックコースがあり、1ラウンド2,000~3,000円くらいでプレーできます。日曜日の午後になると空いて来るので、予約なしでふらりと行って、「今からプレーできますか?」と聞くと、「それじゃ、今の人が打ち終わったら次に入って」といった感じです。プレーしている人も気楽で、よく親子でプレーしているのを見かけました。勿論、ゴルフなのでマナーはキチンと守らなければなりませんが、赴任前に抱いていたイメージとは全く違って、イギリスのゴルフは誰でもが楽しめる気楽な娯楽でした。
4. イギリスを歩く
・Heart of England
 私が住んでいたソリハル(Solihull)という町があるウェストミッドランド地方はイングランドのちょうど真ん中くらいに位置するため、Heart of Englandとも呼ばれます。家のすぐ近くにはシェイクスピアで有名なストラットフォード・アポン・エイヴォン(Stratford Upon Avon)があります。
・コッツウォルズの蜂蜜色の家
 ストラットフォード・アポン・エイヴォンから南に向かうとコッツウォルズです。コッツウォルズ(「羊の丘」という意味)は昔、羊毛の交易で栄えた丘陵地帯です。緑の丘と蜂蜜色の石コッツウォルズストーンでできた古い家が立ち並ぶ風景は、まるでおとぎ話の世界に入り込んだような印象を与えます。北は藁葺屋根が並ぶチッピンカムデンから、南の「英国で一番美しい村」と言われているカッスルクームまで、百数十キロにわたり美しい村が昔のままの姿で点在しています。
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・ストーク・オン・トレントとウェッジウッド
 ソリハルから北東に1時間ほど車で走ると陶器の町、ストーク・オン・トレントに着きます。有名なウェッジウッドやロイヤルドルトンなどの陶器はこの町で生まれました。ウェッジウッドのアウトレット販売店があり、何度か訪れたものです。ところが2000年代中頃に、ウェッジウッドは生産拠点をストーク・オン・トレントから中国に移すことを決定し、イギリスでの生産は終了しました。高い品質とブランドをもっていたので、無理にコストダウンを行う必要もないのに、と当時は疑問に思ったものです。その後、ウェッジウッドが倒産したという話を聞きました。現在はファンドの配下で再生を図っているとのことです。伝統を守ることと市場の論理、このバランスをどうとるのかということを考えさせられるケースでした。
・湖水地方の自然保護とピーター・ラビット
 イングランドの北西部に広がる湖水地方(Lake District)は人気の高い観光名所であり、私の住んでいたところから湖水地方の南端まで車で3時間くらいです。自然がそのまま維持されており、素晴らしい景観です。ここには、ピーター・ラビットで有名なベアトリクス・ポター(Beatrix Potter)が晩年過ごしたHill Topと呼ばれる家があり、一般公開されています。ベアトリクス・ポターを支援したハードウィック・ローンズリという湖水地方の牧師が環境保護の団体ナショナル・トラストの創設者の一人。ポターは彼の影響もあり、ピーター・ラビットを描いて得た財を投入して、この地域の土地や農地を買い、これをナショナル・トラストに遺贈しました。こうした人達の努力によって湖水地方の自然は守られています。ベアトリクス・ポターと湖水地方の物語は、数年前に公開されたレネー・ゼルウィガー主演のMiss Potterという映画に詳しく描写されています。
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おわりに
 日本からみた場合、イギリスという国は欧州の玄関のようなものであり、日本企業の欧州への直接投資もイギリスが最大です。近年は、日本企業のアジア志向が強まっていますが、東欧を含めた欧州という巨大市場は今後も重要性は変わらないと思います。この意味でもイギリスという国との付き合いは、これからも日本にとって重要であると思います。
 また、プライベートでも、イギリスという国は歴史、文化、自然等、たくさんの魅力があります。なかなかイギリスの田舎まで足を伸ばす機会は無いと思いますが、ロンドンまで行く機会があれば、是非、1日~2日でも時間をとって、イギリスの田舎を満喫されては如何でしょうか? そこには、国際都市ロンドンとは全く違うイギリスの姿があります。