Global Wind (グローバル・ウインド)

「中小企業の海外への現地進出と現地法人社長の人選」
~事業は人なりとよくいわれます。現地進出の成否は派遣する現地法人社長によるところが極めて大です。~

中央支部・国際部 藤池 滋

1. はじめに
 私は、現在、公的機関で中小企業の海外展開支援という仕事をやっています。
 具体的には、中小企業の輸出販路開拓や現地進出計画の作成、その後に海外現地調査に同行して企業の海外進出計画の実現をハンズ・オンでご支援するというものです。
 今回は、商社を早期退職後にメーカーの現地法人社長としてメキシコ、中国において会社・工場設立、立上げを行った経験を踏まえて、新興国における中小企業の進出と現地法人社長の人選について少し考えてみたいと思います。
 「事業は人なり」とはよく言われます。中小企業が海外へ現地進出に当たっても、現地法人社長の人選が、事業の成否の重要なカギを握ると言っても過言ではないと思います。
 中小企業の社長にとっては、派遣する現地法人社長の人選をどう考えるのか、また派遣した人をどう育ててまた管理していくのかは、重大関心事です。中小企業診断士としてそれに対してどういう考え、スタンスでご支援をしていくのかは、大事なことと思います。

藤池先生1
(メキシコの工業団地風景)

2. 海外で成功している会社には「正の循環」が働いている
 私が付き合いのあった中国やメキシコで成功している現地日系企業にはある共通点があります。現地社長がその国に長く駐在し、その国に親しみを持ち、自社の現地ワーカーがよく働いてくれる等のプラス面を言われることが多いことです。日本人駐在員と現地従業員の間にいわゆる「正の循環」が働いていることです。
 このことに関して今でも強く記憶に残っているのは、私がメキシコに現地工場を設立する際にお世話になった現地日系大手メーカーのトップです。メキシコ赴任2回目でスペイン語も達者な方でしたが、「メキシコ人のワーカーの給料は日本の現場従業員の1/10だがよく働いてくれて非常に素直だ。」と話されたことです。
 数年前に支援する中小企業の海外現地調査に同行してその工場を再訪問した際に、入社したばかりのローカルの新卒技術者から、「入社前は、この会社は現地トップもメキシコ人なのでメキシコの会社と思っていた。」との話を聞き現地化の進展、また我々の訪問の対応に関してローカルスタッフ間の情報共有・チーム連携の良さに訪問をした中小企業の社長も感心しておられました。
 その後、他の都市で工場設立の準備のために現地に長期出張をしている日本人より、「現地で成功している企業は現地に来て長い、またメキシコ人はよく働く等プラスの言葉が多い。逆に上手くいっていない企業は来てまだ間もない、そしてメキシコ人は働かない等マイナスの言葉が多い」と、私が以前に聞いたのと同じような話をお聞きしたのも印象的でした。
 
3. 現地法人社長の人選と指導をどうするか

GW_18011201-1

 現地法人社長が「正の循環」を作るために、中小企業の社長が現地法人社長の人選と指導をされるには、いくつかのポイントがあると思います。
 第1は現地語の習得です。流暢でなくても、発音がおかしくても朝礼等で自分の言葉で現地語で話をする、また現場のワーカーに現地語で片言でもいいから、「奥さんはどうしている」とか「田舎の両親に預けている子供は元気にしているか」等の声をかけてローカル従業員とコミュニケーションを図ることに努めることが重要と思います。社長がローカルと話しをする時にいつも通訳を介するとローカルとの心が通いません。社長と話をする際は常に通訳を介するということになると、いつの間にか通訳が社長の権限を持つようになる虞もあります。
 第2に不正を予防するためにも、現地社長は性悪説に立った管理を行うことです。経理の小口現金管理等も月に1回は必ず帳簿と現金残高を確認することです。中国の現地法人の監査に本社からこられた方が、まず小口現金の管理を確認されて、当方に細部の管理を疎かにしていない子会社は、一般的に売掛金、在庫等の経理勘定もしっかりしていると言われたことは、成程と納得した覚えがあります。日系や外資系仕入れ先企業との間で不正が行われることは稀かと思いますが、不正では、副資材の購入等をそれまでの仕入先から親戚等のローカル企業に変更をしてキックバックを受ける等が多い手口です。
 中小企業は、大企業と違い総務・経理で日本人駐在を出せるほど余裕のある会社は稀です。現地法人社長は技術・生産出身であってもお金の管理をしっかり把握することが必要です。お金の支払い権限は自らが持って、支払先、支払金額等の月次推移表を作成して、新規の仕入れ先の確認、支払金額の増減のチェックをする等が有効かと思います。
 第3に従業員の教育・訓練です。新興国におけるワーカーの家庭環境、教育は劣悪です。教育・訓練は日本以上に極めて重要です。5S、安全教育を含めて現地語によるマニュアルの作成・整備と教育・訓練の繰り返しを行うことが必要かと思います。

4. 本社としての現地社長の人選と管理をどう行うか

GW_18011201-2

 一方、本社としては現地社長の人選と管理が重要です。
 第1に現地社長候補に事業計画を立案させることです。計画立案者と実行者が違うと、派遣された人間が被害者意識を持ちます。
 第2に5年以上の長期駐在を原則とすることです。現地社長が2、3年で変わっていては現地の経営が安定しません。
 第3にリスク管理のために現地社長の権限と責任を明確化です。中小企業、特にオーナー社長の場合、全て社長の一存で決まり、職務権限が明確にされていないことが多いのも事実です。しかし、国内と違い、遠く離れた海外の現地社長に本社から全てを指示するのは現実的ではないと思います。現地社長の権限と責任を明確にすることが大事かと思います。
 第4に現地社長は、現地に常駐する責任者を社長にすることが原則です。中小企業では、日本から近い東南アジア等の子会社の場合、本社社長や役員が現地社長を兼任して、現地には工場長等が日本より派遣されて日常業務に当たり、現地社長を兼任する本社社長や役員が月に何日間か現地に出張して現地会社も管理する等の例も見られます。しかし責任が不明確になり、現地派遣者の責任意識が希薄になりがちと思います。

5. 中小企業にとっての海外事業
 これまで日本の中小企業は、日本の国内マーケットが大きかったこともあり、海外に進出する企業が少ないことが指摘されています。
 しかし、国内の少子化、人口減の中で、中小企業も大企業、或いは欧米の中小企業のように海外での収益拡大を図る必要があります。
 海外事業はリスクもありますが大きな収益拡大も期待できます。海外事業を成功させるための要である現地会社社長の人選と本社の適切な管理と支援は、中小企業にとってもますます重要になっていると考えます。

藤池 滋(ふじいけ しげる)
2013年中小企業診断士登録。貿易アドバイザー協会(AIBA)認定貿易アドバイザー他
総合商社に入社、繊維部門に配属、その後化学品部部門に異動し国内外の取引を担当、
米国(ニューヨーク)、ブラジル(サンパウロ)に駐在する。商社を早期退職後に化学品メーカーに再就職、メキシコ、中国(上海)の現地法人社長として会社・工場の設立、事業の立上げを行う。2010年に化学品メーカーを退職、上海より帰国後、中小企業の国際化支援を行っている。
Email: fujiike@proof.ocn.ne.jp