Global Wind (グローバル・ウインド)

「宿泊業におけるインバウンド・ビジネスの可能性についての一考察」

国際部 姫田 光太

はじめに
 私は独立開業してまだ半年ですが、会社員時代、旅行会社に勤めていた事もあり、千葉県内の宿泊施設の支援、計画づくりや販路拡大についてアドバイスする機会が多くなってきました。
 宿泊施設、とくに旅館の多くは、ネットエージェントからの申し込み比率が高いようです。旅行会社が扱うバスツアーは年々減少傾向にあり、また個人客は申し込み方法が多様化し、ネットエージェント(楽天やじゃらん等)に依存する傾向にあります。
 短期的に業績を回復するには、経費の削減(人件費、固定的な仕入れ費用、布団・タオル等のリネン費、)や新規のネットエージェント開拓(最近はrelux等の高級旅館サイトが人気です)、ホームページの改修等を行う事で、短期で業績を回復させていきます。しかし、中長期的には、ターゲット顧客の軸をずらして、新しい顧客を取り込み、売上アップをしなければなりません。そこでいつも経営者との話に出るのが、「インバウンド」、つまり訪日外国人客を当館に取り込む事です(以下インバウンド・ビジネスと定義します)。

インバウンドの現状
 インバウンド・ビジネスの好調ぶりはメディアで取り上げられる事も多く、今更詳しく話す必要はないかもしれませんが、最新のデータを見ながら振り返ってみます。データが最もよく纏まっているのは、日本政府観光局(JNTO:Japan National Tourism Organization)が毎年発行している「JNTO訪日旅行データハンドブック世界20市場(無料で閲覧可能)」です。どこの国からの外国人が伸びているか、旅行形態、訪問先、滞在日数、申し込みの方法等の傾向を調べることができます。
 東日本大震災の影響を受けた2011年以降は、訪日外国人数は右肩上がりで伸びています。私が旅行会社でインバウンド・ビジネスに取り組んでいた頃は、政府目標は2,000万人でした。今は政府が掲げる目標3,000万人、4,000万人と発表があるごとに上方修正されています。

訪日外国人の推移

出典:日本政府観光局(訪日旅行データハンドブック2017世界20市場)

 増加する訪日外国人を追い風に、都心部のホテルは活況を呈しています。東京や大阪のホテルの稼働率は70%以上、時期によっては稼働率90%と好調を維持しています。東京や大阪はもちろん、福岡、札幌等も比較的高い稼働率を維持しています。都心部ホテル業界の好景気は、2020年までは続きそうですね。
反面、旅館業に目を向けると、訪日外国人の恩恵を受けているところは少なく、旅館数自体も減少の一途をたどっています。2016年の厚生労働省が発表したデータでは、3万9,489軒で、初の4万軒を下回る結果となりました。

旅館ホテルの推移

出典:厚生労働省 「平成28年度衛生行政報告例」より

旅館数が毎年減少している反面、訪日外国人の温泉旅館に対するニーズは高まっていることが、先ほどのJNTOマーケティングデータからもわかります。旅館に宿泊したいという訪日外国人は39%で、次回の訪日で「温泉入浴をしたい」と考える外国人は49%(約半数!)にも上ります。国も飽和状態にある都心部のホテルから、地方宿泊施設へ誘導する流れを作りたいと考えています。地方創生に向けた取り組みが本格化していることは皆様もよくご存知でしょう。
 外部環境の追い風が吹く中、地方の宿泊施設もインバウンド・ビジネスに少しでも早く取り組むべきと考えます。しかし、インバウンド・ビジネスに本格的に取り組む施設は、思いの外少ないのが現状です。取り組むきっかけを作れない、方法がわからない等、様々な理由があるとは思いますが、一歩を踏み出せない最も多い理由が「心の壁」であるように思えます。
 我々コンサルタントとしては、この「心の壁」を取り払ってあげる事からスタートすることが大事だと考えています。「当館には関係ない」、「言語の対応は大丈夫か?」「やらなければならない事はわかっているけど難しそう」、「2020年までに始めればいい」、「インバウンド・ビジネスを始めるための資金がない」等、できない理由を挙げればきりがありません。まずはスタートして見ませんか?と背中を押してあげたいものです。特に資金面では、翻訳エンジン(グーグル翻訳等)の高度化や、安価な翻訳会社、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、等を活用して始めやすい環境が整備されつつあります。

心の壁(メンタルブロック)を外す!
 最初のハードルは「言語の壁」です。ホームページ多言語化、パンフレット多言語化、来館時の外国語対応等、やるべきことが多く、心理的ハードルを高くしているようです。最近では月数万円程度でホームページの多言語化が可能となるツールも出回っています。パンフレット等も昔は「一文字あたりいくら」と翻訳の相場がありましたが、最近は価格競争が激しく、翻訳エンジンを活用した安価な提案も可能です。来館時の対応も、モバイル端末による翻訳アプリの活用で何とかなります。翻訳エンジンやアプリの翻訳精度が低い、と言われる事もありますが、まずはスタートすることが大事だと考えます。
 そして次に大きなハードルは「販促の壁」、誰に、どのように魅力を伝えれば良いのか、売り方がわからないといったケースです。中小旅館ならではの温泉の魅力、おもてなし等をホームページに盛り込んで、多言語化していく事が大切です。営業先として旅行会社へのセールスが考えられますが、大手旅行会社となると、これまた心理的なハードルが高くなります。最近では欧米人や東アジア(中国、台湾、韓国)に特化したインバウンド系ベンチャー企業も多く、それなりに受注を得ているようです。自社と相性の良いエージェントを活用することを検討したいところです。協業先・パートナー選びは、今後のインバウンド・ビジネス推進のため重要な要素なので慎重にアドバイスします。その分野のプロフェッショナルにうまくマッチングしてあげる事も、我々コンサルタントの大切な役割ではないでしょうか。
 
インバウンド・ビジネスの成功事例
 中小の宿泊施設がインバウンド・ビジネスを始めるにあたって、身近な成功事例を、経営者の方に紹介してあげたいところです。世界最大の旅行口コミサイト『トリップアドバイザー』において、常に上位をキープする「澤の屋旅館(東京都台東区)」は有名ですが、地道に家族経営のアットホームなおもてなしをホームページ等で訴求する事からスタートしています。できる事からお金をかけずスタートして、地道に訪日外国人からの評価を得て今に至ります。
 山梨県の一軒宿である某旅館は、SNS(facebook)を活用してインバウンドの取り込みに成功しています。特にプロモーションせずとも集客できる河口湖周辺とは違い、温泉街から離れた一軒宿ですが、連日訪日外国人団体が絶えません。この旅館ではインバウンド・ビジネス専門のベンチャー系旅行会社1社に絞り込み営業を展開(支配人自ら、営業マンは一人だけ)し、それ以降はツアーガイド(日本側の添乗員ではなく、外国側の同行者。通常インバウンド団体は外国側、日本側2名の添乗員が同行します)の困りごとを解決することに専念したそうです。SNSでツアーガイドと友達になり、「いいね」を集める事で当館のおもてなしを地道にアピールしていきました。結果としてfacebookの友達数は数千名、外国側ツアーガイドから直接指名を受ける旅館として成功しています。今ではJTBや日本旅行、HIS等の大手エージェントからも受注を定期的に得ています。

インバウンド・ビジネスにおける中小企業診断士の役割
 私はインバウンド・ビジネス推進を求める事業者様に対して、格好の良いアドバイスをしなければならないと思い込んでいました。実際の支援現場では、経営者の気持ちを尊重し、やる気にさせてあげることが最も大切だと考えています。経営者がやる気にならなければ、どんな提案も成功させる事はできません。少ない経営資源(ヒト)に配慮してあげながら、適切なマッチングや提案を行い、やる気にしてあげることが肝要です。
 またインバウンド・ビジネスを成功させるには、点(一施設)での戦いではなく、面(地域)で戦う事も重要です。商工会や金融機関を巻き込みながら、地域で支援していくことが大切ですが、そこに中小企業診断士の活躍できる場があるように思えます。
さらに資金面で最初の一歩を踏み出せない事業者に対しては、国の施策(ミラサポや各種補助金)を紹介し、事業計画の策定を支援する。これは他士業ではなく、中小企業診断士が適任であると思っています。
 
 今私は千葉県を活動の場としており、宿泊施設に対するインバウンド事業者とのマッチング、補助金活用支援、経営改善のアドバイス、金融支援のための計画策定等を同時進行で進めています。経営者の方のタスクを整理してあげて、計画にまとめるだけでも感謝していただけます。地域の金融機関や商工会と連携し、地域を活性化させる、中小企業診断士の役割は、インバウンドの分野でも今後ますます重要になっていくと実感しています。2020年のオリンピックに向けて、訪日外国人の恩恵を、より多くの中小企業が受けられるよう支援していきたいと思います。