大石 泰弘

はじめに

今回は、世界中のプロスポーツリーグの中で一番稼いでいるNFLが稼げる理由は、金の力だけでは強くなれない仕組みを持っていることと、リーグの魅力を増す努力を継続しているからだというお話です。普段アメリカンフットボールに興味のない方も、プロスポーツの魅力向上に関心があったらご一読ください。NFLとは、National Football Leagueというアメリカのプロのアメリカンフットボールリーグ協会です。私は、アメリカンフットボールの観戦が大好きです。最初は大学の試合で興味を持ちましたが、今はNFLのTV観戦を楽しんでいます。9月から2月までNHKのBS1で週に2~3試合が深夜放送されます。それを録画して観戦しています。2005年から2010年にアメリカに駐在している間には、試合会場でも5回観戦しました。

アメフト

今回このテーマを取り上げた理由は、NHKの解説者が「NFLはプロスポーツリーグの運営の在り方の最先端の理想像を常に追求している。」と語ったのを聞いて、その具体的な内容を知りたいと思ったからです。

原稿執筆中に日大事件が発生しました。1920年に4チームでスタートし、様々な苦難を乗り越えて今日のように人気を集めているNFLの努力を日大や日本の協会だけでなくあらゆるスポーツを楽しんでいる方々に知って欲しいと思います。

 

NFLについて

1.経営

NFLの年間総収入は、2014年シーズンで120億ドルと推定されており、世界最大のプロスポーツリーグです。NFLで最も資産価値が低いチームはバッファロー・ビルズの14億ドルですが、それでも欧州サッカーのビッグクラブであるチェルシーFCの資産価値を上回っています。

現在のNFLは32チームで、アメリカン・フットボール・カンファレンスとナショナル・フットボール・カンファレンスの二つのカンファレンスに16チームずつが所属しています。さらに各カンファレンスには東、西、南、北の4つの地区があり、各地区に4チームずつが所属しています。試合は9月から1月にかけて行われるレギュラーシーズンで各チームが16試合しか戦いません。レギュラーシーズンの1試合平均観客動員数は6万7000人を超えています。

 

2.ポストシーズン

レギュラーシーズンの成績によって選出された AFC・NFC両カンファレンスの地区優勝4チームとそれ以外の成績上位2チーム(ワイルドカード)の計6チームずつ(両カンファレンスあわせて12チーム)によってプレーオフが行われます。
プレーオフはトーナメントで行われ、スーパーボウルを含む11試合は「ポストシーズンゲーム」と呼ばれます。

特にスーパーボウルは、プロ野球のワールドシリーズより影響力のある米国最大のスポーツイベントであり、毎年テレビ番組で年間最高視聴率を記録するなど、圧倒的な注目を集めています。チケットは最低でも1席20万円と言われています。

 

戦力均衡の追求

NFLのリーグ運営は設立当初から「スポーツの魅力とは最高のレベルで戦力の均衡したチームが繰り広げる競争状態である」という理念のもとに行われています。そのため、戦力や資金力が特定のチームにだけ片寄ってしまうことのないように様々な制度が導入されていて、徹底ぶりが他のプロスポーツリーグと大きく異なります。

 

1.レベニュー・シェアリング

レベニュー・シェアリングとは、各チームの売上高から一定比率(売り上げが大きいチームほど多額)の上納金を徴収し、リーグが独占している放映権料などの収入からリーグ運営費用を差し引いて、全チームに同額の支援金を分配する制度です。こういう制度はどのリーグでもありますが、NFLが特別なのは売上高に占める上納金比率の高さです。公表されていないのですが、年俸を比べると他のリーグに比べて格差がとても小さいのです。NFLの年俸総額上位3チームと下位3チームの格差は1.47倍です。これはMLB(米国のプロ野球リーグ)の4.55倍の3分の1以下です。

 

2.試合日程編成

試合日程の編成は前年度の成績のよかったチームが他のよかった相手と多く対戦します。レギュラーシーズン16試合のうち14試合は、同一地区の4チームが全く同じ相手と対戦しますが、残り2試合は、同一コンファレンス内で総当たりしない残りの2つの地区で、昨シーズンの地区内順位が同じ2チームと対戦し、この2試合は昨シーズンの成績のいいチームほど厳しい対戦となります。つまり前年好成績なチーム同士が対戦し勝率で順位をつけるのです。

 

3.スカウティング映像

アメリカンフットボールでは、対戦チームの試合の録画映像を分析して戦略を立てます。したがって、どんな試合でも撮影されて録画されることが多いのですが、独自に撮影するのはとても費用が嵩みます。NFLではドラフトのスカウティング映像として、現役選手の映像をリーグ機構が撮影・管理しており、これを全チームが同条件で共有しています。また、ドラフトで指名される可能性のある大学選手の情報についても同様です。 例えば、あるチームが知名度の低い大学に知られざる逸材を発見したとしても、その選手に関する調査を開始する前にリーグに通知しなければなりません。リーグは直ちにその選手のスカウティング映像を得るため撮影チームを送り込み、その映像は全チームで共有されます。また、その選手を見つけたチームが、他チームより前にその映像を見ることは許されません。

 

試合をよりスリリングにするルール変更

NFLの魅力を増す努力として、試合をよりスリリングにするルール変更が毎年あるので最近の変更を二つご紹介します。

 

1.キッカーへのスナップ距離短縮

得点の方法として、キッカーがボールを蹴り、ポールの間のクロスバーの上を通して3点または1点とることができます。この時、ボールは後ろのセッターにスナップされ、セッターがボールを蹴りやすく立てて人差し指でボールのてっぺんに触って静止させます。キッカーはその瞬間にボールを蹴ります。守備側の選手はスナップと同時に飛び出して蹴られたボールの飛行線上に手を伸ばしてボールを止めようとします。以前はよっぽどのミスでもしない限りキックが失敗することはありませんでした。しかし、昨年から距離が縮められ、少しでもミスすると守備の手が届くほどになったのでスリルが増しました。実際に守備に止められる頻度が上がりました。

 

2.ツー・ミニッツ・ウォーニング

アメリカンフットボールではタイムマネジメントが勝敗に大きく影響を与えます。3年前から、試合終了2分前を切ってプレーが終了すると、いかなる場合でも計時を止めるというルールができました。これによって負けている側が攻撃していると、隠し技を使いやすくなり、接戦での逆転チャンスが増えてスリリングになりました。

 

リーグや選手の社会的価値向上の取り組み

スーパーボウルのハーフタイムショーにはレディー・ガガなど超一流のスターが登場します。開会式での国歌斉唱の歌手も超一流です。スーパーボウルでTVCMを打つ企業は、毎年の新作をここで放映します。なぜか、それはNFLの取り組みが社会的な手本となっており、常により良いものにしようと努力しているので、スポンサー企業は社会的にも超一流の貢献をしているイメージをつけられるからなのです。

 

1.選手の社会貢献活動の表彰制度

選手がただお金や物を寄付するのではなく、実際に施設を訪問するような行動による社会貢献をする活動を大きく表彰しています。

 

2.選手の安全ルール強化

①脳震盪対策

試合中に脳震盪を起こした場合、その試合には出場できないだけでなく、検査で問題がなくとも2週間は試合に出られません。しかし、米国でもなかなか問題として大きく取り上げられず、2015年に集団訴訟が提起されたり、ハリウッド映画になったりしてやっと厳格なルールができたほどです。逆に言えば、世論が形成されればNFLは取り入れるということなのです。

②.ラフプレーへの厳格な対処

以前であれば反則をとらなかったようなラフプレーが反則になりました。ボールを持っている選手にタックルに行く場合、接触する前にボールが手を離れているのに勢いをゆるめようとしなかったら反則をとることになったのです。プレー中じゃない選手にタックルするのは論外です。ただ、ここまで厳格になったのはNFLでも近年です。これも観客の期待がそれを求めるようになったからだと思います。

 

なぜか常勝チームが存在する

上述のようにこんなに公平なしくみなのに、ここ20年間ずっと強いチームがあります。ニューイングランド ペイトリオッツです。田舎町ボストンのチームです。ヘッドコーチとクオーターバック以外はどんどん入れ替わりますが、毎年のようにプレーオフに参加します。ペイトリオッツで活躍した選手が他のチームに移るとそれなりの成果しかあげません。他のチームでぴか一ではない選手がペイトリオッツに移るとぴか一の活躍をします。ペイトリオッツで守備コーチとか攻撃コーチだった人たちが他のチームに移ってヘッドコーチになるととても強いチームができます。しかし、ペイトリオッツには勝てません。どうもアメフトは、チーム力を最大限発揮させるマネジメント力の優劣が、継続的なチーム力に大きく影響するスポーツのようです。

自チームのどのポジションにはどういう特徴の選手が必要で、どの選手がその資質を持っているかを見極める能力がないと、常勝チームにはなれません。スーパーボウルで優勝すると、選手の翌年の年俸が跳ね上がります。経費を減らすために多くの選手を高額で放出します。その結果翌年にはポストシーズンに残れないチームが多いのです。ところがペイトリオッツは選手を大幅に入れ替えてもポストシーズンに残るどころか、2年連続でスーパーボウルに出場までするのです。

ペイトリオッツ以外にも、しょっちゅうポストシーズンに出場するチームがあります。グリーンベイ パッカーズです。グリーンベイ市は人口10万人ですが、観客動員数ではいつもトップ3にはいっています。地元の支援もチーム力には大きく影響するのかもしれません。

このように、大都市でないところが、戦力均衡制度の中で常勝チームであることも、NFLの魅力です。広島や日本ハムが強いのと似ているかもしれません。

診断士にこじつけるわけではありますが、チームのマネジメント、人材の目利き、人材の育成の優劣が業績につながるという視点で見ると、明確な戦略を持つ企業のマネジメントに通ずるなと感じています。

 

終わりに

スポーツは勝利を目指すことによって選手の集中力が増し、練習にも熱が入ります。苦労した分だけ試合での真剣さが増し迫力を増します。だからこそ観客も興奮します。しかし、勝利だけを目標にすると、さまざまな手段を使ってしまい、かえって試合の魅力を下げてしまうので、スポーツには必ずルールがあります。すべての選手が安心して技を磨き、真剣にプレーし、チームが公平に競争するなかで、自分の応援するチームが勝つことを観客が望めば、どんなスポーツもより魅力的になるのだと教えてくれるのがNFLです。スポーツ関係者だけでなく、観客の姿勢も大切ではないかとNFLの変化が教えてくれているように思います。

もうすぐNFLシーズンが始まります。どんなルール変更があったのか、どのコーチやどの選手が移ったのかとても楽しみです。そしてスーパーボウルにどのチームが残り、勝つのか楽しみです。初めてのチームが優勝してくれないかと期待しています。みなさんもぜひTV観戦しませんか。NHKはわかりやすく解説してくれます。そして日本のプロスポーツリーグに、より公平なドラフトや魅力アップのたゆまぬ努力が始まるよう応援しませんか。

 

■大石 泰弘(おおいし やすひろ)
1958年鳥取生まれ。NECとルネサスエレクトロニクスで半導体事業の生産管理、事業計画、経営企画に従事。その間、米国、香港、山形への駐在を経ながら人材育成、組織の活性化、新規事業のインキュベーションに取り組む。2016年3月に診断士登録して独立。後継者のリーダーシップ醸成と理念経営を普及する診断士。中央支部国際部。企業診断ニュースの特集「声の力」を共同執筆。