社団法人中小企業診断協会東京支部 中央支会
Search
Mail Magazine
詳しくはこちら
専門家コラム 価値あるマーケティング戦略の展開へ(2005年7月)

1.セオドア・レビットのマーケティング論
 某人気ニュース番組でも、そのユニークな経営スタイルを特集で取り上げられた、写真屋さんの「スタジオアリス」。デジタル・ビデオやカメラの高い普及率で、町の写真屋さんは既に不況業種ともいえる。スタジオアリスは、市場セグメントを子供写真に特化し、写真を撮る専門技術を売るビジネスではなく、子や孫への愛おしさを思い出のシーンに込めて顧客に提供するビジネスを作り上げた。顧客に何を提供すべきかについて、自社内の技術的要素から顧客ニーズへと視点を高め、市場の細分化を行い、思い出の場面を作りこむための道具立てに徹底してこだわり、サービス・プロセスの標準化を行っている。この結果、高度に撮影技術オリエンティッドであった町の写真屋の専門性から脱皮し、顧客の思い出のシーンを演出するコーディネータであり、サービサーとして社員の技能を位置づけることで、スタジオアリスでは、撮影技術はその技能要因の1つに過ぎなくなってしまった。このため、写真技術の素人であった人々を、社員である技能者(幼児の関心をカメラの方向に向ける、子供の生き生きとした笑顔を引き出す手法等)としてシステマティックに育成することで、全国への多店舗展開を行っている。ちなみに、ペットへの愛おしさをシーンとして演出する「わんわんアリス」は、隣接市場セグメントへの自然な事業展開と考えられる。写真撮影という技術ベースにこだわったビジネスを行っていては、多様な衣装を揃える投資負担を負い、顧客の幸せなシーンを作りこむための、撮影技術以外のスキル上の負担を負ってまで、顧客の新たな潜在ニーズを感じ、ビジネスとして実現する発想そのものが出なかったであろう。
 スタジオアリスのビジネス・スタイルは、マーケティングの大家であるセオドア・レビットが、彼の論文「マーケティングの近視眼:1960年」や「サービス・マニュファクチャリング:1972年」で述べていることの実践そのものといえる。彼は、販売は売り手が商品やサービス(撮影技術)をキャッシュに変えたいというニーズを基礎とするのに対し、マーケティングは顧客のニーズ(顧客の幸せなシーンの創造)を満足させるためのアイデアを基礎とするものと位置づけている。このことから、レビットは、カスタマー・リレーションシップ・マーケティング(CRM)の可能性を切り開いた祖とされている。CRMというと、個別企業における顧客戦略についての議論はさておき、マーケティング・ツールとしてのパッケージ・ソフトウェアをどう導入するのかというプロセスばかりに目がいっていた感があったブームは、あっという間に沈静化してしまった。では、スタジオアリスのユニークな顧客戦略を実現するためには、どれだけCRM専門のITツールに投資を行っているのだろうか。私が想像するにしても、大それた情報投資を行う必然性が、そのマーケティング戦略からは感じられない。そこには、ツールに過ぎないITがどうのこうのなどの瑣末な議論ではなく、スタジオアリスなりの独自戦略が、しっかり息づいているおもしろさがある。


2.ポストモダン・マーケティング
 成熟した業種といわれるコンビニエンス・ストアでは、財務分析をするまでもなく、今もセブンイレブン・ジャパンは、業界ダントツの業績を上げている。ミニ・セブンでは勝ち目がない競合他社は、セブンの二番煎じの戦略から、独自戦略への移行を既に明らかにしている。セブンイレブンの店舗では、POS端末からの顧客属性を含めた詳細な 販売データをリアルタイムで収集・分析し、これを基にした仮説検証のプロセスにより、消費者行動を推定する独自仕組みを営々と築いていることは、周知の通りである。これは、データ解析手法をベースに顧客の購買意思決定を推測し、それに合わせた品揃えを迅速に行うことで購買意欲を喚起するという、モダン・マーケティングを徹底して追及した成果と考える。ナショナル・ブランド品の売れ筋に徹底してこだわった品揃えの強化や、プライベート・ブランド商品の開発力等、このパワーが徹底して活用されていることが伺える。
 しかし、セブンの代表的な商品であるお弁当やおにぎり、惣菜に、たとえそれが高価格帯のものであったとしても、顧客としての私はそれほど期待して買ったことはない。相応の品質のものが、リーズナブルな値段で、多分(?)いつでも手に入れることができるという満足があるに過ぎない(近所の中年夫婦がやっている飲食店の定食の方が、値段が2百円ほど上乗せされても、出来立てホカホカで美味いに決まっている)。ちなみに、最近セブンで買って良かったとしみじみと感じたお弁当は、限定販売として売られた空弁だった。値段がバカ高かったが、限定という売り文句に簡単に踊らされる私は、深夜ボロボロになって帰宅した折に、近所のセブンイレブンで喜んで買い込み、家族が寝静まった暗い空間で、一人で酒のつまみ代わりに食べた。これはやっぱり美味かった!!!
 今は流石に聞かれなくなったが、コンビニエンス・ストアやスーパーについての否定的な見解に、昭和30年代に代表される個店の、店番のおばさんやおじさんとの心温まるやり取りが懐かしいというものがある。一面正しいと思うが、ほとんどの場合、品揃えもサービスも清潔さという最低限の基準さえも、満たす努力をしない店が多かったという実感がある。このようなレトロな店の大部分は、コンビニがどうのこうのという以前に、不断の商売の努力を行わずに競争力を失い、必然的に淘汰されていったというのが現実ではなかろうか。また、老人にはコンビニはどうもというのは、偏見かと思う。私の母は70歳を過ぎているが、近所の昔ながらのお付き合いのある小売店が潰れて、そこにコンビニができることを心密かに、かつ根強く願っている。これは、母の友人達の一致した意見でもある。しかし、この理由は、薄暗く古ぼけた店で、たまに埃がうっすらと溜まった商品を平気で並べ、店主のどうでもいい近所の噂話に付き合うのが鬱陶しく、それに比べたらコンビニの方が格段にましだということである。
 ポストモダン・マーケティングは、科学的実証主義志向のモダン・マーケティング論に対するアンチテーゼとして登場した。この分野の研究者であるモリスB.ホルブリックは、その論文(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2001年6月号掲載)でポストモダン・マーケティングのキーワードとして、「パラドックス」「パロディ」「模造」「遊び心」「多元論」「拡散」「多様化」「乱雑さ」「汎文化主義」を挙げている。この解説と議論は改めて研究会の場で行う予定であるが、消費者の心に響く何らかの要因を主体としたマーケティングと捉えてもよいかと思う。私がセブンで高いなーと思いながら話題の空弁を、限定販売だから今しか買えないよというメッセージに簡単に踊らされて買ってしまっている。もう古い事例となりつつあるが、ナンジャタウンやラーメン博物館は、レトロな模造空間を構築し、そこにはパロディや懐かしさ、遊び心がちりばめてあり、決して整然とした店構えをしていないが成功している。未だに生き残って商売を頑張っている下町の駄菓子屋さんは、店内は昔の通り薄暗く、商品の品揃えも整然とはしていないし、胡散臭いような商品が平気で無造作に並べられている。でも、今は返って新鮮さがあり、昭和30年代の匂いが漂っていて、ホッとし、思わずほほが緩んでしまう。昔、小学校の放課後に50円玉を握り締め、ワクワクしながら店へ走っていった思い出が蘇り、機会があれば 今小学生2年生の娘を連れて一緒に行ってみたいと思ったりする。あの楽しい思い出は、世代が違っても、十分に共有できる気がするからだ。それは、単にレトロだけでない、時代を超えても変わらずに生き残ってきた良さが必ずあるのではないのか。ローテクが、ポストモダンに化ける面白さがないか。
 極論だが、セブンイレブンや現代のスーパーに対抗できる小売店は、ポストモダン・マーケティングを十二分に実践したユニークなビジネスを確立したものではなかろうか。それは、決して新規なものではなく、思わずホットしたり、ニコニコしたり、驚いたり、共感したりする 独自の価値を顧客と共有することを、泥臭く地道に実践したものかもしれない。そして、そこにはセオドア・レビット先生の提唱する、顧客ニーズ志向マーケティングのエッセンスが、ポストモダン・マーケティングというキーワードで、新たな顧客価値を生み出していくのではないだろうか。流行に乗らなければ置いて行かれるという集団迎合的な志向と、自分ならではの独自性への追求。少しでも品質と安さを追求する気持ちと、趣味やこだわりに対して浪費し、苦労して自分にしか価値のないものを掘り出して喜ぶ気持ち。人間は不合理にしか生きられないのであれば、合理性を追求したコンビニ・スタイルのビジネスだけでは息が詰まる。フランチャイズチェーン展開を図るにしても、チェーン・ビジネスのポリシーをしっかり共有しつつも、ポストモダン・マーケティングをベースにした。個店毎の違いや面白さが溢れている。そんなワクワクし、ホットし、へーと納得する店が近所に沢山あったら、こんなに楽しいことはないかもしれない。


3.戦略会計研究会と企業戦略
 私が現在会長をしている戦略会計研究会(http://homepage3.nifty.com/rmcstracc/)では、今まで財務・管理の両会計、金融工学、投資管理、資金調達、企業価値管理指標、商法等の法令、バランススコアカード等での、企業の経営計画や意思決定に関する重要なキーワードを中心に研究活動を行い、成果を世に問うてきた。今後は、これらの主要なエッセンスを企業経営の方向性に基づき、どのように使っていくべきかに活動の軸を移していく予定である。このため、改めて今の企業戦略を学び、これらの理論が自分たちのビジネスでどう使っていけるのかを検証し、できれば独自の方法論の具体化と体系化を図っていくことを予定している。このような企業の存在意義を確かめる方向性が確立できて初めて、生きた会計、生きたファイナンス、生きた経営計画となるのではないか。また、そうであるならば、企業戦略こそ、中小・中堅企業が真剣に考え、取り組まなければならない重要なテーマではなかろうか。

□広瀬 幸義
中小企業診断士
(専門)IT化および活用支援、管理会計手法の導入・定着支援、経営戦略立案及び経営計画策定支援、グリーンシート等上場支援、プロジェクト・マネジメントの実施支援等
雇用能力開発機構 生涯職業能力開発促進センター講師
戦略会計研究会 発起人/会長、戦略志向CFO育成マスターコース事務局


Copyright All rights reserved (C)1997-2011 社団法人中小企業診断協会東京支部中央支会
このページのトップへ