社団法人中小企業診断協会東京支部 中央支会
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経営診断事例 「形にして伝えること」の重要性(2006年4月)

<「形にして伝えること」の重要性>

葉 恒二

 仕事柄、いろいろな企業を訪問し、いろいろな方と話をする機会がある。その中でプラスとマイナスの違いはあるが、ある共通のキーワードを持ったいくつかの企業を訪問する機会があった。そこで、これらの会社の事例を簡単に紹介し、感じたことを述べてみたい。

【事例1】
 この会社はいくつかの事業部を持つ製造業で、新しい事業の立ち上げや新技術の事業化に取り組んでいるが、社長の立てた方針や戦略に基づいて各事業部や開発部門が立案した事業化計画がうまく進捗していない、とのことである。社長はビジョン、目標、方針、戦略などを文書化し、提示していたが、各事業部や開発部門の幹部からは、どうも迫力はない、とはいうものの文句も付けようがない、ほとんどオウム返し同然の事業計画しか上がってこなかった、とのことである。なぜこうなったのか分からず、釈然としない社長である。

【事例2】
 この会社の社長は創造力もあり行動力もあるなかなかの人物である。現在、新しいアイデアを新事業に育てようとしているところである。ところが、会社の規模がとても小さいので、資源を集中的に投入して早期に事業を立ち上げることができないでいる。
 そこで、公的な支援を仰ごう、ということになったが、ここで行き詰まってしまった。公的な支援を受けるためには公的な機関に申請書を提出し、審査を経て採択にいたるのだが、この社長は申請書をうまく書けないと泣きついて来たのだ。
 申請書は公的な支援の制度によっていろいろなフォーマットがあるのだが、煎じ詰めれば事業計画書と同じような内容を求めている。つまり、この社長は事業計画書を書くことができないと言っているのと同じことなのである。

【事例3】
 この企業は創業してから5年のベンチャー企業である。この企業も二つめの企業と同じ程度の大きさの小さな企業で、やはり研究開発に一度に投入できる資金が少なく、迅速に、また、適切な時期に製品開発、市場への投入ができなかった可能性があった。そこで、この企業も経営が安定しはじめたここ数年は毎年のように公的な支援を仰ぎ、採択され、大きな市場に隣接するニッチな市場で確実に業績を上げつつある。

【事例4】
 この企業は比較的歴史のある企業である。大きな企業の工場での構内作業の請負から出発し、少しずつ仕事の範囲を広げ、技術を要する仕事を手がけながら少しずつ技術力を向上させてきたが、構内作業の請負から出発した企業であるためか、ごく最近まで研究開発部門や研究開発に専従する人員もいなかった。それでも一歩ずつ技術力の向上を進め、しばらく前から、大学の技術を導入して新技術と新製品の開発を行っている。ところが、この企業でも基礎技術を製品化するための経営資源が不足して顧客からの要望する時期に製品化することが困難になりかねないと判断し、何度か公的な支援を活用している。

 4つの事例とも、かなり端折ってまとめたため、正確に状況を記述できているわけではない。また、4つの事例企業にはそれぞれに事情があるため、成功した要因や行き詰まってしまった要因を一つに帰することはできない。
 しかしながら、私が最近出会ったこの4つの事例には一つの共通点があるような気がしている。それが「形にして伝えること」だったのではないかと考えている。

 一つめの事例では社長はビジョン、目標、方針、戦略などを文字や数字として幹部に示してはいた。しかしながら、それが何を意味するのか、どのように展開・活用するのか、を考慮した形にして伝えなかった、あるいは伝えることができなかった。その結果、各事業部や開発部門は社長の提示した文言や数値をそのまま使った、根拠の希薄なほとんど具体性のない、また、何の課題もリスクも盛り込まれていない実に平板な事業部の計画ができあがってしまったのだ。
 二つめの事例では、社長自身も理解し努力もしているのだが、ひとえに自分の考えを具体化するのが苦手なのである。そのため、良いアイデアなので事業計画にまとめましょう、という話になったときでも数字にまとめることは無論、背景や強み・弱み、今後の展望や自社のやろうとしていることなどを一連のものとしてまとめることができないのである。ところが私などと話をしているときに私が相づちを打ちながら「なぜそうするのですか」「なぜそのように考えたのですか」と要所要所において簡単な質問で掘り下げてみると的確に回答が返ってくるのである。

 このように、偶然なのか一般的な傾向なのかを判断するのは難しいが、考えをまとめて形にし、それを提示する(伝える)ことができない経営者が結構いるようである。
それでは、考えをまとめて形にし、それを提示する(伝える)ことは難しいのだろうか。
 その答のヒントは、いみじくも三つめの事例の取締役が言われた言葉に含まれているようである。「申請書を書くのは訳もないこと。推理小説を書くようなものです。」申請書と推理小説とは少し隔たりがありそうだったのでさらに聞いてみると以下のような要旨である。
 申請書とは書き手からすれば、相手に読まれ、相手が理解や納得することはもちろん、相手が感銘を受けるようなものでなければならない。それと同時に伝えたいこと、伝えなければならないことを段階を追って、また、論理の飛躍や矛盾がない構成で組み立てなければならない。
 つまり、どんな構成にし、どんな順序で書けば相手にとって読みやすいものになるのか、相手が興味を持つものになるのか、自分の強調したいところをどこに、どのようにはめ込めば自分の意図を理解してもらえるのか、どんなデータがあれば相手の理解が深まるのか、常に読者(つまり採択する側)の視点で申請書の書き方を考える、というのである。
 実は奇しくも四つめの事例企業の開発室長も同じことを語っていた。「申請内容のシナリオが頭に入っていれば大したことはありません。シナリオがなければ大変かもしれませんね。」とのことであった。
 この観点からもう一度事例企業を見てみると、一つめの事例企業は事業部や開発部門が計画を立てる上で必要な情報を事業部や開発部門の幹部の立場に立って考え、提供したわけではなかったから伝わらなかったのだと考えられる。二つめの事例企業では、それ以前に社長自身の考えやアイデアを首尾一貫したストーリーに組み立て、それを補強する論理やデータを集めることができなかったのではないかと考えた。

 そこで、一つめと二つめの事例企業には、それぞれ強調した点はことなるが、次の提言を行った。

1.ものごとを単純化すること
 いきなりいろいろな条件を考慮に入れようとするので、条件同士が衝突してしまい、一貫した原因と結果、課題と対応策のストーリーを組み立てることができなくなってしまう。そこで、社内・社外、設計・製造・物流・販売など取り組みの対象を細分化し、ストーリーを見えやすくすること。(これは特に二つめの事例企業)

2.書いてみること
考えたことや思いついたことを短い文章にして書き出してみること。書き出しておけば、何を考えていたかを忘れることもなくなり、また、書き出したもの同士を見比べて、組み合わせたり、関連づけたり、矛盾の有無を確認したりできる。さらに、組み合わせや関連づけの際に関連づける項目間を結ぶ補足説明を付け加えて行けば自ずとストーリーができあがってくる。

3.考えたことや書き出したものを材料に自問自答を行ってみること
 本来の自分自身の立場とは異なる立場から自問自答を行えば、さらに言えば自問自答の結果を書き出して眺めてみれば、自分の考えを客観的に検証することができるようになるので、自分の意見やストーリーの検証や言いたいことが伝わりそうかどうかの検証ができるようになる。二つ目の事例企業での私の役割を自身でやってみてはどうですか、ということだ。

 自分でこのように書いていて恥ずかしくなるのだが、どれもこれも単純であらためて仰々しく提言などというほどのものでもないような気もする。
 新聞記事や雑誌、書籍の広告などを見ると難しそうな言葉や理論が並んでおり、難しそうな理論が会社の命運を左右するように見えるが、一つめの事例企業のように重要な場面であるにも関わらず、うまく行かなかった原因は単純なものである場合も多い。何事にもスピードが求められる現在であるため、単純なものであれ、大がかりなものであれ、一度の齟齬が大きな損失につながりかねない。それだけに、少しの努力で防ぐことができたり、改善できたりするところは確実に対応しておきたいところである。プラスマイナスはあるものの共通の要因をキーに持つこれら四つの事例企業と出会うことができたのも何かの縁である。今後もこれら企業の取り組みを見守っていくつもりである。

■ 葉 恒二(よう こうじ)
葉中小企業診断士事務所代表
中小企業大学校講師ほか
著書 日本能率協会マネジメントセンター「生産計画」(共著)
連絡先 葉中小企業診断士事務所
e-mail naruyo@dion.ne.jp


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