社団法人中小企業診断協会東京支部 中央支会
Search
Mail Magazine
詳しくはこちら
専門家コラム 「社員教育の勘所」(2006年10月)
河野 誠

<「社員教育の勘所」>

1.「衣食足りて礼節を知る」は未成熟社会での概念
「衣食足りて礼節を知る」とは、「生活に余裕ができて初めて礼儀や節度をわきまえられるようになる」という意味で、中国春秋時代の斉(せい)の参謀管仲 ( かんちゅう: ?~紀元前645年) がその著書「 管子」で述べた言葉です。企業経営に置き換えると「創業して数年経ち、なんとか事業の目処がつくと、ようやく社会で一人前として付き合うことにも気を回すようになる」とでも言うことになるのでしょうか。事業を起こし経営するのは、それほどに大変なことですが、市場・顧客に受け入れられて継続的に成長するには、社会の一員として貢献することが欠かせません(=顧客・従業員・取引業者・地域社会・国への責務の遂行と満足を提供すること)。
しかし、事業がどうにか成り立つようになってから、そこで社会に貢献する一員(一人前)としてのあり方を考えるので良いのでしょうか。社会が未成熟であった時代はともかく、今日のように多様化と変化に富み成熟した社会では、明らかにそれでは遅いと言うべきでしょう。すなわち、企業のマネジメントには「衣食追求と共に礼節を学び現す」という視点が大事です。これが出来るかどうかが事業成否の分水嶺になります。


2.礼節は一朝一夕では身につかない

これについて、組織論の視点から見てみましょう。


kouno1_200610.JPG

組織の基本要素は「3S」とよく言われます。Structure(組織構造)、System(業務遂行の仕組)、Staffing(人材配置)です。しかし組織力を発揮するには、これ等を取り巻き目に見えないCulture(企業文化、企業風土)の存在を見逃してはいけません(右図)。組織変更をした場合に、トップの命令で3Sは今日からでも変えることが出来ますが、肝心の社員の気持ちがトップの思いと一致しているか(変わっているか)は、はなはだ疑問です。そこには人の気持ちをベースとした組織風土・習慣があり、これの方向転換は一朝一夕ではできないからです。これがまさに「衣食足りて礼節を知る」では遅いと言う理由です。そのため、企業の理念とビジョンを常に明らかにし、「利益を出すことを通じて社会に貢献する企業風土」を初めから作り上げていく心掛けが、経営者には求められるのです。


3.業務の機能・特性に応じた社員教育の勘所

では礼節を学び現すには、企業の理念とビジョンを成文化し、スローガンや戦略を壁に張れば良いのでしょうか。あるいは、最近流行の「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)」なるものについて勉強でもすればいいのでしょうか。それらが無益とは言いませんが、それよりも経営者が自分の行動を通じて、もっと直接的・日常的に社員に礼節を教え、わきまえさせるのが基本ではないでしょうか。そのやり方で、私が事あるごとに企業の経営幹部の方々にお話しているちょっとした方法をご紹介します。いわば、社員教育の勘所です。

経営者が会社をマネジメントする時に、単に一つのスタイルで行えば良いというものではありません。事業はそれほど単純でなく簡単でもありません。会社が目指す理念・ビジョンをベースにして、様々な業務の機能や特性に応じてマネジメントのコンセプト(勘所)を変えていく必要があります。

ここでは、業務の機能・特性を大きく以下の4つに分類して考えてみましょう。
D(Development):新事業の企画・開発や新製品の開発・設計などの創造的業務
Q(Quality Improvement):製品やサービス、内部業務の品質改善活動
M(Money):会計・経理やコストなど金銭・損益にまつわる業務
S(Speed):スピードや生産性向上が重要な生産・販売などの基幹業務

そして、マネジメントのコンセプトは、次の2つの切り口で括ると分かりやすいでしょう。
業務管理スタイル:(1)厳しい管理(緊張感を持たせることを狙いとし、指揮命令や強制的な管理)を行う側面と、(2)緩い管理(誉めることによって、主体性や自発的な活動を促すような管理)を行う側面
業務遂行の仕組み:(1)規程や規則、手順書を整備し、間違いのない業務遂行を狙う側面(狭い自由度:正確性、効率性の追求)と、(2)自由裁量や柔軟性を重視し、創造性を発揮させる側面(広い自由度:高品質や高効果性を期待)

下図は、4つの業務機能をマネジメントのコンセプトの切り口(2つの軸、4つの象限)にマッピングしたものです。
kouno2_200610.JPG

【Dの領域:仕事のやり方は自由に、ただし方向性とその進捗はしっかり管理】

一般に、開発・設計あるいは企画業務に携わる者は、モチベーションが高く主体性や自主性を持っている場合が多い。そのため、仕事のやり方において彼らの創造性を阻害するような制約を与えることはしない方が良い。ただし、彼らが自由にやっている方向が、理念・ビジョンの方向性と合っているかどうかや、時間的な進捗がどうかなどについては、しっかりと管理していく必要がある。
【Qの領域:現場での小さな改善の積み重ねが貴重。自由にやらせて、成果を誉める】
品質にまつわる業務は、品質基準や品質標準としてルール化されていることが重要であるが、それで万全とはいえない。また製品やサービスに限らず、日々の内部業務にも必ず外乱や変動が入り込み、画一的な処理では済まされないことが多い。現場の主体性と自由裁量による日々改善の気風が重要であり、経営者にはこれを奨励する意識が必要である。これの代表的な例が小集団活動(QCサークル)である。
【Mの領域:仕組と管理を厳格に。この領域での問題発生の原因は経営者自身の緩みにある】
金銭、コスト、収益などにまつわる業務は、利益追求という企業の基本命題に関わるものであり、管理は厳格にし、その仕組みも緩みのないものにしておくことが重要である。ここに甘さや緩みがあると誤りや不正を誘引することになり、その責任は全て経営者にあると心得ておかないといけない。
【Sの領域:効率の面から仕組みの整備を図り、効果の面で社員の意欲高揚を心がける】
競争の時代にあって、業務のスピードや生産性の高さが勝敗の鍵となるのは誰もが知っていよう。この領域のマネジメントは、(1)いかに効率的に業務処理ができるような仕組みを提供しているかと、(2)社員が高い意欲・モラルをもって仕事に当たるような意識付けをしているかである。前向きな気持ちで仕事をするのと、いやいやながら行うのでは、そのスピードと質に格段の差が出ることは容易に想像できる。

上記のように、業務機能に応じて「仕組みの自由度」と「管理の厳しさ」のバランスを取り、その機能の責務を適切に果たせるように社員を育てていくことが経営者の最大の任務ではなしでしょうか。

前に戻って「礼節」とは、一般には人との付き合い・コミュニケーションにおける正しく節度あるマナーを意味しますが、企業にとっての「礼節」とは、前述のように「社会の一員として貢献すること」です。企業の継続的成長には、経済がボーダーレスな今日においてはなおさら礼節を持った社会の一員としての「信頼」をベースにした活動が求められます。そしてそれは、与えられた業務の責務を日々の活動の中できちんと果たしていけるように社員を適切に教育しているかどうかで決まります。失われた10年(20年?)を経て、再び日本経済の復活と発展の機会が訪れつつあることを認識し、旺盛なチャレンジ精神の発揮と堅実な内部体力づくりに励む時ではないでしょうか。それに際して、ここにご紹介したことが少しでもご参考になれば幸いです。

■河野 誠(こうのまこと)
konom@topaz.plala.or.jp 
有限会社リアルプロセス研究所 代表取締役
株式会社ワールド・ビジネス・アソシエイツ 取締役
中小企業診断士、ITコーディネータ、e-BATファシリテータ


Copyright All rights reserved (C)1997-2011 社団法人中小企業診断協会東京支部中央支会
このページのトップへ