倉辺 喜一郎
<仕事とは、あるべき姿を語ることではなく、「あるべき姿を実現すること」>
私たちは、「あるべき姿を語り、書き、伝える」こと、あるいは「部下を指示、指導する」ことを仕事と思っていないだろうか。「こんなに明確に指示しているのに受け入れようとしない」「これほど懸命に指導しているのに理解しようとしない」「やれといっているのにやらない」といって嘆いていないだろうか。
指示するには指示することの目的があり、目指す目標がある。指導には指導の狙いがあり、期待する成果・結果がある。嘆くべきは、相手が「受け入れようとしない」「理解しようとしない」「やらない」ことではなく、「受け入れさせ、理解させ、やらせることのできない自分の無力さ、無能さ」ではないだろうか。「あるべき姿を語った」かどうかの前に、「何のために、指示や指導を行い、どうなったのか」、期待する成果・結果を実現したのかどうかを検証しなければならない。企業経営のマネジメントにおいては、指示・指導の結果、相手がそれを達成し期待するレベルを実現したのかどうか、つまり、その目的(何のために)を果たして期待する成果・結果を実現してこそナンボなのである。
「経営する」「仕事をする」とは価値を生み出すこと、価値創造である。マネジメントを通して私たちが働きかける相手側の視点からみて、「価値を生み出したのかどうか」の検証に耐えてこそ「価値創造」ということができ、「仕事をした」ことになる。とすれば、「あるべき姿を語る」のも悪くはないが、そこに留まってはならない。経営者は、あるべき姿を語るのではなく、「あるべき姿を実現する」ことが仕事であり経営することなのである。
「仕事とはあるべき姿を実現すること」の観点に立つと、これまでと違って見えてくることがある。たとえば、経営者にとっては「正しいことを言うことは正しくない、正しいことを実現することが正しい」ことになる。正しいことを言えば人が動くわけではない。「自由に意見・提案をしろ」ということは正しいが、意見・提案が出てくる保証はない。自由に意見・提案をしてもらえる関係があるかどうかが問題なのだ。人は正しいかどうかで動くのでなく、その人を好きだからこそ、信頼しているからこそ、自分を受け入れてくれる人が言うことだからこそ、笑顔が出る関係があるからこそ、よく聴き、動くのである。
対話・コミュニケーションによって互いの不信・不安・不満をなくし、理解しあい信頼を生み育ててこそ、協力しあい許しあえる関係をつくり拡げることができる。協力しあい許しあえる関係が組織力である。組織力のない組織では、相手を指差して「やるべきことをやらないお前が悪い」とあるべき姿でものをいう「あるべき論」が幅を利かす。「あるべき論」は人に言うことではなく、自分に向けて言うことなのだ。経営者の仕事は期待するレベルまで組織力を向上させることである。指は相手に向けるのではなく、自分に向けたいものである。
■倉辺 喜一郎(くらべ きいちろう)
東北大学法学部卒。2000年独立。中央支会「課題達成型」目標管理マスターコース代表幹事。著書に「IT時代の『課題達成型』目標管理」(共著)、「業績向上・業務改善『戦略ツール200』」(共著)など多数。現在、目標管理・人事評価・経営改革コンサルティングを中心に活動。経営創研(株)人事コンサルグループ長。