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専門家コラム 「戦略思考によるミッション考」(2007年1月)
広瀬 幸義

< 戦略思考によるミッション考 >

■戦略思考

 戦略思考は非線形である。企業戦略は、その企業が何故存在し、何故事業を継続する意味があるのかを、具体的に顧客や社員に語りかけ続けるものでなければならないが、そんなものは凡人には簡単にできるはずがない。ミンツバーグ先生は、「戦略思考はクラフティング(工芸)」であるとし、緻密にその実行プランを組み立てる優秀な官僚のなす仕事とは一線を画している。確かに、戦略を立案するなど、それが市場に意図するインパクトを与えるものであればなおさら(そうでなければならないはずだが)、一般人が普通に考えたぐらいでは思いつくはずもない。とはいっても、大企業ならともかく、普通の企業に戦略思考が生来備わった能力によって実践できる社員がどれだけいるのか。戦略思考などなくても、有り余るほど顧客が沸いてきて困っている企業であれば、何もそんな小難しいことに悩まなくたっていい。しかし、何かしらの現状打破を行わなければ、先行きが怪しい企業や事業では、それを甘んじて受け入れるか、予想もしない幸運が舞い込むことを期待し続けるか、とにかく社員の尻を蹴飛ばしてガムシャラに働かせるかして事態を打開するか、または、もう一度、何故自社(や事業)が存在するべきなのかを真剣に問い直すしかない。戦略思考は、巷でそこそこ成功している中小・中堅企業の創業者であれば、程度の差こそあれそれを発揮したからこそ、今の成功があるはずである。戦略思考は、決して大企業の頭の良い優秀な経営者や経営企画部に所属する人間のものだけでもなく、マッキンゼー・アンド・カンパニーやボストン・コンサルティングなどの超有名コンサルティング・ファームの、キャリアばりばりのコンサルタントだけのものでもないはずである。それでは、私のような凡庸なコンサルタントは、何かしらの変革を望んでいる企業経営者に対して、如何に戦略思考を実践してもらえればよいのか。それに対する数多ある回答の1つでしかないが、「日経ビジネス アソシエ」(2005年9月6日号 日経BP社)で取り上げられている「ブレイクスルー思考」について、ある事例を元に取り上げる。

 ところで、私は、あるところで、以下に紹介するような中小企業である架空の制服専門の服飾メーカーの事例を元に、戦略立案の研修を実施している。その研修には、20代~50代くらいの年齢層の、様々なキャリアを背負った男女が参加している。その研修成果から、教える側の私も色々な受講者のリアクションに興味津々となることが多い。ただ、そこで明確となるのが、戦略思考の有無である。戦略思考に深みのあるアウトプットは、その事業の実現性に対する具体的な検証可能性まで含めて、さまざまな示唆を与えてくれる。戦略思考が欠如したアウトプットは、ただタダ退屈であるし、こんなこと苦労して何故やる価値があるのかと正直感じてしまうことが多い。単なるケーススタディ演習であるが、それでも戦略性の有無が事業の訴求力(たぶんこれが、顧客への商品の訴求力に繋がる可能性が大きい)に、相当の影響を及ぼしていることが分かるので、研修の最後に行うアウトプットのプレゼンテーションでの受講者の反応が、それを正直に反映していてとても面白い。もう少し状況を説明すると、受講者は決して企業エリートではない。役職は様々だが、どちらかというと、これまで戦略思考という作業を明確なミッションとしてはすることがなかったメンバーがほとんどである。それだけに、演習も含めてたった3日間の研修で、大化けしたアウトプットを紹介されると(当然ながら、全発表の1~2割程度だが)唸ってしまう。それだけでなく、大化けできなかった受講者が、同じレベルのメンバーと思っていた人が、こんな思考ができたんだということに影響されること(研修最後の感想で分かります)にもまた、興味が尽きない。

事例

 この研修で取り上げる、中小企業である制服専門の服飾メーカーの概要は、以下の通りである。ちなみに、この事例は、仲間の中小近業診断士が作成したものです。また、以下に述べる内容は、この事例を元にしたサマリーであり、また一部内容にも変更を加えたり、追記していることを了解願いたい。

(外部環境)
 制服市場全体のパイとしての規模は、従来制服着用が当たり前だった企業の間接部門などでの私服化や、金融機関などの代表的なサービス業のリストラにより、横ばいから減少傾向にある。また、規格化やデザインの普遍性(例えば白衣)が図れるような制服、大企業などが大量に発注するような制服は、そのコスト・メリットを考えれば当然に海外のメーカーに発注を行い、またその流れから格安の商品が日本市場に流通し、従来の制服の範疇に含まれる定番商品については、ディスカウント要求が厳しい業種でもある。ただし、デザイン性を重視するような、一部の高付加価値なサービスを提供する企業の、高品質な制服ニーズへのニーズは増加傾向にある。

(内部環境)
 昭和20年代に創業し、現経営者は50歳前半の創業経営者から経営を受け継いで15年目になる2代目経営者で、誠実な人柄のため社員からの信頼も厚く、堅実経営を貫いてきた実績を有する。経営者の意志として、現ビジネスの将来性に対して強烈な危機感を抱いている。制服を専門とする服飾メーカーとしては、業界での規模こそそこそこだが、企画開発、製造、販売力の総合力において、有力企業の1つとして認められている。
 従業員数130名(その他にパートが100名ほど、自社工場を中心に雇用している)で、平均年齢は40歳弱で中堅社員の層は厚いが、近年優秀な新人の発掘が困難を極め、特に20歳代の社員が全体の15%ほどしかいなく、若年層の離職率も高いことが悩みである。総資産規模18億円の内の資本規模は12億円で、有利子負債額2億円であり、経営の安定性は優れているが、これは今までの安定志向の経営実績の成果である。しかし、売上高および営業利益ともここ5年間ほど減少傾向に歯止めが掛からず、直近の決算では売上高26億円で、営業利益1億円強である。ちなみに、売上高営業利益率は、5年前の8%から4%へと半減している。東京本社の他に、地方に自社工場を1つ、中国に現地法人との合弁事業である工場が1つある。営業拠点は、東京以外に、札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡にあり、それぞれに5~10名程度の営業部員を置いている。ビジネス・プロセスは、制服の生地をその専門商社から一括納入し、国内工場と中国合弁工場とで値段や量の違いで製造を切り分けて部材込みで製造発注し、その納入後に地方の有力卸などへの販売、全国規模のホームセンターなどのフランチャイズ・チェーン本部など有力な小売、その他エンド・ユーザーである企業への直接販売を行っている。
 当社の先進的な取り組みとして、自社内に5名の専属服飾デザイナーを有し、自社オリジナル企画やユーザー企業からのオーダー・メイドの商品開発体制が整っている。これは、一般の大手服飾メーカーと比べれば規模、ノウハウとも競争できるレベルにはないが、制服という限られた市場では、このような体制を敷く競合他社は存在しないし、顧客から一定の評価を得ている。このような商品企画・開発力によって製造した制服は、まだ売上高の2割程度だが、年々販売量が増え続けている。また、防菌防臭や、難燃防災、吸汗透湿等の特殊な機能要件を満足する新素材が、近年生地メーカーにより頻繁に開発される傾向にある。このため、これを利用した商品企画・開発について、社内でプロジェクトを立ち上げて対応しているが、まだ目立った成果を上げていない。
 以前、当社について、外部の専門家やコンサルティング会社に依頼して、業務のレベルを評価してもらったことがある。その時の内容は、同事業規模、そして服飾メーカーという範疇での相対的な評価として、企画、購買、製造、販売という個別業務の遂行能力の点ではほぼ平均点の評価であったが、それらを統合した業務プロセス全体の評価としては、平均以上によくやっているという講評を得た。これは、個々の業務の遂行能力の不足分を、組織区分を超えた協調関係で柔軟にこなしている点が評価されたものである。社長自らの日頃の社員への積極的な働きかけやコミュニケーションを取る努力が、社員にその職務区分を超えて、会社のために何かするという意識を高めさせた結果が、この成果に繋がったと見做された。

■セグメンテーションとミッション

 事例企業について簡略に説明したが、真面目に経営努力をし、それなりの経営成果を上げているが、今後の先行きについての不透明感が拭えない感のある企業ということができようか。現場指揮官の裁量によって、個別の敵に対して弾を撃つことで小隊・中隊レベルの局地戦的な戦闘には勝つ能力があっても、大隊レベル以上の戦術が確立されていないように見受けられる。そもそも何故専属のデザイナーを置くのか、何故新素材対応への社内プロジェクトを立ち上げるのかという戦術的な手当てが、現状の打破、および将来への事業の成長へと結びつけることができるかという展望(戦略)が、上記の内容からは見受けることができない。ここで、企業(事業)戦略とは、巷にさまざまな定義が溢れているが、その企業ならでしか提供し得ない差別化された顧客が感じる優れた価値(顧客価値)を創造し、それを効果的かつ効率よく顧客に提供する仕組みを整えて維持し、それによって企業(事業)の競争力を高めることとしよう。小難しく書いてしまったが、顧客が買いたいと思ってしまう商品やサービスを企画・開発し、それを顧客が欲しがる状況で提供する場を作り続ける、企業が有する事業力である。

 ということであれば、顧客を具体的にイメージできることが必要となる。つまり、ターゲットとする顧客または市場セグメンテーションを、明確にすることである。なぜなら、現代のビジネスは、大企業でさえ全方位に顧客をカバーすることは困難な状況にある。また、競合他社と同じようなビジネスを展開していては、業界の主導権を握る企業に弄ばれるだけである。総合スーパーや総合カタログ販売業者の業績が低迷を続けるのに対して、取扱商品にこだわりや専門性を高め、ターゲットとする顧客を明確にイメージしている企業は、特化された競争力を維持し続けている。取るべき顧客に対しては、徹底したこだわりで食い込み、決して顧客を他社に振り向けさせないくらいの、強いビジネスへの意志があって、初めて経営資源をそのために集中的に投下するという冒険ができる。このためにも、食い込むべき顧客のイメージを、具体的にセグメンテーションすることが求められるのである。ましてや、経営資源に相当の限りのある中小・中堅企業は、なおさらに差別化された顧客(市場)セグメントを明確にする必要がある。ただ、顧客なり市場のセグメンテーションというと、現在の事業をベースにできることをまず考えてしまい、結局は競合他社と同じような事業を展開することになり、なんら将来への打開を図ることができないばかりか、価格競争に巻き込まれてどつぼな状態が悪化するだけに終わることになりがちである。そこで、顧客なり市場のセグメンテーションのイメージを、より深化させ、できれば潜在的な市場を掘り起こすために、どのように市場に働きかけを行うのかを、自社のミッションとして明らかにする作業が、併せて必要になる。ここで使う思考法が、始めに紹介した「ブレイクスルー思考」である。

 「ブレイクスルー思考」とは、現在の事象について、それが何のためにあるのかを愚直に問い続けることで、その本質について思い至るという思考法である。企業であれば、そもそも自社の事業は経済社会において、何のためにあるのかを問い続けることで、事業のミッションを改めて問い直すプロセスに使うことができる。ミッション(事業遂行の使命)というと、なにかしら高尚なことを上げることを考えがちだが、私はあくまで顧客価値にこだわることがベストと思っている。それは、ここでの「ブレイクスルー思考」が、顧客や市場のセグメンテーションとのパラレル思考を目指すためでもあるが、「地球環境や社会に奉仕し、従業員の幸福を実現し、お客様の価値を高め.....」なんて言っても、それをどれほどの説得力を持って利害関係者に対して訴えることができるのかと思うからである。ここで創出するミッションは、従業員にも、株主にも、債権者にも、そして顧客にも、なるほどそういう事業を行おうとしている企業なのかと印象付けられるものでなくてはならないと考える。でなければ、従業員でさえもその気になって働いてくれはしないだろう。所詮、そのような美辞麗句をただ並べただけのミッションは、絵に描いた餅以上でも以下でもない代物である。ミッションは、あくまで企業(事業)戦略の遂行の枠組みを明確に訴えるものでなければ、企業(事業)戦略の具体化には役には立たないはずである。もの凄い構想力を有する場合であれば、どのように柔軟に思考しても構わないであろうが、凡人にとって考えやすいのが、営利社団法人として企業の存立精神に立ち返って、ミッションはどのような顧客価値を提供する企業であるかを明確に謳うことである。誤解しないで頂きたいが、事実を隠蔽したり詐欺まがいの商法で一時的な隆盛を勝ち取る商売や、顧客大事だからといって事業所の周辺住民に害悪を及ぼしたり、従業員を不当労働行為で搾取するような企業は、顧客価値志向をミッションで謳っていても、それを実践しているとはいえない。現代の顧客は、その総体として、企業の社会的存在としての存立の意義について、相当に敏感である。でなければ、社会的なペナルティーを犯した超有名ブランドの企業が、あそこまでの事業の再起に苦しむということが散見されるはずがないからである。

■事例企業の戦略思考

 それでは、事例企業について、セグメンテーションとミッション立案の例をみていこう。この企業でも、よく目にするようなメーカーの例に倣って、以下のようなミッションと顧客セグメントがあったとしよう。

 (ミッション)
  「卓越した品質と機能の制服を提供するで、顧客の事業の増進に貢献する」

 (顧客セグメント)
  「制服を活用する顧客全般」

 ここで、「ブレイクスルー思考」を適用して、そもそも当社が「何故制服を作る社会的な意義があるのか」を、「顧客の立場」で考えてみる。そこで、「何故顧客企業が、社員に制服を着用することを望むのか」という理由を考えてみる。そこで取り敢えず出て来た回答が、以下のようなものだったとしよう。

 「顧客企業で働く人々が、制服の着用によって、どういう役割を担って業務に従事しているのかを明らかとするため。」

 つまり、業務に従事する人々が、その業務内容や職務水準について形態で明示するために、制服を着用するということである。ミッションでも、「顧客の事業の増進に貢献する」とあるように、顧客企業の立場からすればそうであろう。

 では、「何故制服の着用で、業務内容や職務水準について形態で明示する必要がある」のだろうか。制服を着せれば、多分職員の気持ちが引き締まり、少しはましに仕事をしてくれるはずだということもあるだろう。たとえば、最近は様々な規制から激減した消費者ローンのTVコマーシャルから伺い知る程度であるが、そこのコールセンターの職員もかなりスタイリッシュな部類に属する制服を着用しているようである。コールセンターに電話してくる客がその制服を目にすることはないだろうが、きちんとした制服の着用は、少なくとも無担保のリスクマネーを必要とする人々に提供するという社会的に意義のある事業を担っているという自負??を、コールセンターの職員に意識させる役には立っているであろう。その制服にも込められた意義を職員に意識させることで、少なからずコールセンターの職員の顧客に対する対応の質に影響を与えることがあるのではないか。これは、多分に推測も含んでいるが、制服着用による顧客企業の社員の意識の変革は、実はその企業のお客への接客の質に影響を与えることを意図しているのではないかと考えられる。こう考えると、工場内の作業者がユニフォームを着用することも、作業の安全性の確保や作業能率の向上という機能面は当然ながら、ユニフォームを着ることで、責任を持ってその企業の製品を製造するという職務を果すという、働く上でのプライドを高める効用はないであろうか。このように考えてくると、制服には、それを着用した人間の職務の質を単に明示するだけでなく、その質を高める効用を機能として果す側面が見えてくる。つまり、制服による幾分かの付加価値の拡大化である。

 先日、私の実母と妹夫婦が、東京ディズニーリゾート内にある旗艦ホテルに苦労してようやく予約をとり、遊びに行って来た。当然ながら、ディズニーシーやディズニーランドで遊びまくってきた。母は、ディズニーシーやディズニーランドが混んで暑かったことにブーブー不平を漏らしていたが、このホテルにはぞっこんに惚れ込んでしまったようである。部屋の調度品やバルコニーからの眺めの良さ、食事の素晴らしさは当然ながら、特にベルボーイに始まって受付や部屋への案内、食事での給仕に携わる人々が、皆親切で対応がスマート、それにスタイリッシュで惚れ惚れするくらいの美男美女ばかりだったとのこと。一緒に行った妹とその10代の娘も、これについては意見が一致していた。私が行った訳ではないのでどこまで本当かどうか分からないが、この女性3人とも、素晴らしいグレードのユニフォームに颯爽と身を包んだホテルマン(ウーマン)のかっこ良さについては、際限ないおしゃべりに花が咲いていた。美男美女が素晴らしい見栄えのユニフォームを着たからスタイリッシュなのか、ハイグレードのユニフォームを着用しているから美男美女に見えるのか、そのいずれなのかは分からないが、優れたユニフォームが接客の現場では、そのサービスの質に多大な貢献をしていることはこの例では明らかである。反対に、ハイグレードなユニフォームは、接客上のサービスの質にこだわるための重要な要素と捉えるべきであろう。トヨタ自動車のハイグレード・ブランドである、レクサス。そのブランドの価値を高めるのは、その高級感を備え、顧客の嗜好に沿った風格があり、ハイ・パワーであるとともにスタイリッシュさやドライビング性能、静粛性などを備えた高品質な車は当然ながら、その品質を十分に訴求するように販売しケアする販売店とサービス工場の雰囲気とマネジメント、対面する販売員や整備工のサービスの質、それに彼らが身に包んでいるユニフォームではないだろうか。そのすべてに、レクサス・ブランドが欧州の高級車ブランドと比べてどのような違いのある品格のサービスを顧客に提供するのかを、訴えていくものでなくてはならない。

 このように考えてみると、事例企業の顧客セグメントとして、そのビジネスの質について高いこだわりを持つ企業を、候補として上げることができそうである。そこで、このようなビジネスを展開する企業において、
「顧客企業で働く人々が、制服の着用によって、どういう役割を担って業務に従事しているのかを明らかとするため。」
ということであれば、「何故社員がどのような役割を担うのかを、制服の着用によって明確にする必要性」があるのだろうか。その回答の一つとして、以下のものがあるだろう。

 「制服の着用によって、職務に従事する人々の提供するサービスのステータスを、十二分に顧客に訴求するため」

 事例企業が提供するのは制服という商品であるが、それは顧客企業の社員が担う職務機能のクオリティを十二分に発現する機能、品質、デザイン等を、兼ね備えたものでなければならないということである。では、何故、顧客企業は
 「制服の着用によって、職務に従事する人々の提供するサービスのステータスを、十二分に顧客に訴求する」
必要があるのだろうか。つまり、制服を利用する顧客企業の視点から、さらにその顧客企業のお客様が、そのような制服の発する機能によってどのような価値を感じるかについて考えてみるのである。この話の筋道からすると、以下のことが素直に提示されるであろう。

 「エンド・ユーザーは、制服を含めたサービスを受ける場の、高度に醸し出される品位によって、そのサービスに全幅の信頼を寄せ、心地よくかつ安心してそれを享受することができる。」

 であるからこそ、そのサービスから感じることができる品位に対して、最終顧客は相応の対価を喜んで払うのではなかろうか。このような顧客企業のビジネスを十二分に成立させるために、事例企業は自社の製品を通して貢献すべきではないのか。そのためのミッションなり、戦略を改めて再考すべきではないのかという、仮説が導き出されてくる。以上が、事例企業で、顧客セグメントを具体的に定義し、それについて当社が満足するべき顧客価値は何かを導き出すための、ブレイクスルー思考を利用してみた例である。今回は、ハイ・グレードなサービス分野のみを考えてみたが、当事例企業であれば、医療と看護、介護、保育、セキュリティーなどの高度な機能性を求められる分野を考えてみたり、廉価であることを徹底して訴求する商品分野を考えてもよい。いずれにおいても、最終顧客のイメージを具体化することでセグメント化し、そこで求められる価値をブレイクスルー思考で問い続けてみるのである。

■ミッションと戦略の再考

 立てた仮説を元に、事例企業のミッションについて、改めて再考してみよう。従来のミッションは、「卓越した品質と機能の制服を提供するで、顧客の事業の増進に貢献する」であった。「顧客の事業の増進に貢献」では、言っていることが抽象的過ぎて、どういう事業をやりたいのかという意図がさっぱり伝わってこない。先ほどの仮説では、制服は顧客企業がそのサービスのハイ・クオリティさをエンド・ユーザーに訴求するための、重要な手段であると位置づけられていた。このようなレベルのサービスを目指す顧客企業であるならば、そこで提供されるサービスは目指すべきブランド・イメージの元に、そのサービスを構成する要素をトータルにコーディネートしているはずである。また、そうしなければならない。そうであるなら、事例企業は、そのようなサービスのトータル・イメージが顧客企業において確定した後に、営業にいくべきであろうか。これで、この企業がターゲットとする事業エリアで確固とした地位を確保することができるであろうか。ミッションという高度なレベルでの思考であるのなら、もう少し夢のあることを、顧客なり従業員なり投資家に対して訴えることはできないであろうか。事例企業の存在意義を、制服という要素を中核としながらも、もっと広く積極的に捉えてみてもよいのではないか。

 そこで、どうせならば、ハイ・クオリティなサービスの提供を目指す企業に対して、そのサービスの企画段階において、その質を十二分にエンド・ユーザーに対して発現するためのあるべき制服イメージを提案することを考えても良いのではないか。下請け的な受注営業から、提案営業へのマーケティング上の転換である。また、かなり冒険的だが、このような提案営業の場数踏んでいくと、制服以外のサービスの要素である店舗内の生地を利用した小物や調度品等を合わせた、コーディネートを提案できるようにはならないか。たとえば、ロイヤルホストやサンマルク等の、その他のファミリー・レストランとはサービスの質の差別化を図りたいと考えているような企業への、制服とその他の調度類をキーワードとしたサービスのコーディネート・ビジネスを展開するのである。このビジネスを実施する上で、事例企業の力ではどうにもならない分野については、他者と事業提携を進めればよいし、場合によってはM&Aも選択肢に入る。別に、自社ですべてをやり遂げる必要性はないが、自社のポリシーでサービスのコーディネート・ビジネスの中核を狙うことを考えるのである。

 以上は、かなり大胆な思考であるが、このぐらいの展望を描かなければ、大化けするものも化けないでしまう。ということで、新たなミッションを、以下のように定義してみた。

 「高品位なサービスの実現を目指す顧客企業の活動空間の創造」

 当初のミッションよりも、事例企業が目指すべき事業の方向性について、新たなミッションでは、より明確になったのではなかろうか。そして、この新たなミッションに基づいて、事業戦略を具体化していかなければならない。このための手法は、既に「ナビゲーション経営」として具体化している。ここでは、バランス・スコアカードによって、戦略を具体的に描くことになる。以上で見てきた、顧客に対してどのような価値を提供すべきかについて、このバランス・スコアカードの「顧客の視点」に具体的に記載して戦略マップを作成していけばよいのである。同じことを何度も言うが、自社ですべての事業要素を賄うことは、特に中堅・中小企業では無理である。そのための割り切りである、経営資源配分の取捨選択をミッションとの関係で意思決定していかなければならない。

 「高品位なサービスの実現を目指す顧客企業の活動空間の創造」という顧客企業への提案力を重視した経営を本当に行っていくのであれば、果たして中国の合弁工場は必要なのであろうか。また、標準程度の業務遂行能力しかない国内の拠点工場は、この新たなビジネスにおいてどう位置づけるべきか。制服というキーワードを中核としながらも、顧客企業のサービスのトータル・コーディネート力を訴えるのであれば、自社製造品でそのすべてを賄うことにこだわるべきか。他社製造品の利用や、様々な特色や利点を有する服飾メーカーの工場へ、その提案するサービスに求められる要件に合致した製品の発注を柔軟に行った方がよいのではないか。つまり、メーカーからサービス業へという、事例企業の事業転換である。そして、顧客企業のサービスのトータル・コーディネートと、言葉では言えてもそれを現実に実行することは相当に困難である。そのために、自社に抱えている服飾デザイナーのデザイン企画能力だけに依存していてよいのか。当初は、どこか著名なブランドを有する服飾デザイン事務所と、事業提携を図ることを考えてもよいのではないか。などなど、ミッションを実現するための施策を、事例企業の内部環境(事業遂行能力としての強みと弱み)と外部環境(事業実践上の機会と脅威)を睨みながら、案出していかなければならない。限られた経営資源を、如何に事業目的のために有効に活用していくのか。ミッションに込められた思いには、そのための重要な経営の意思決定基準が表明されているはずなのである。

□広瀬 幸義
中小企業診断士
(専門)IT化および活用支援、管理会計手法の導入・定着支援、経営戦略立案及び経営計画策定支援、グリーンシート等上場支援、プロジェクト・マネジメントの実施支援等
雇用能力開発機構 生涯職業能力開発促進センター講師
戦略会計研究会 発起人/会長、戦略志向CFO育成マスターコース事務局


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