鳥海 孝
< 事業承継は経営理念の承継から >
■ 「事業承継」対策にあたって感じること
過日(10月17日)開催された「事業承継シンポジウム」に参加しました。会場は大賑わいで、改めてこのテーマの関心の高さ、重要性を認識した次第であります。内容は、後継者選びや相続・贈与税などが中心でした。この事業承継については、いままで多くの議論がされてきてはいますが、今回あらためてこの問題に触れてみたいと思います。事業承継は、後継者選定や相続税や贈与税対策、会社法の活用などによる組織再編制など財務的・組織的なテーマが中心になることは確かです。これらに加え、ゴーイングコンサーン(企業は永続)としての企業の承継(バトンタッチ)を考えますと、「経営」の承継が大きな課題であることを認識しておく必要があります。事業用資産や自社株は有形であるために、意識がついそちらに向かってしまいがちですが、ここではあえて経営という目に見えない無形のもの承継を考えてみます。無形の会社資産としてさまざまなものがありますが、本稿では経営理念、ビジネスモデル、経営ノウハウ(特に意思決定方法)、人的ネットワークの4点に絞って考えてみます。
■ 経営理念の承継
目に見えない無形なものの中で最も重要なものは「経営理念」です。どの企業にも経営理念は必ずあります。よくあることとして、この経営理念が経営者の頭の中にとどまり、明示されていないことがあります。この場合は、目に見える形に(見える化)する必要があります。そのためにも、今までの経営のたな卸しをお勧めします。自社の経営で大事にしてきたこと、先代から受け継いだこと、さらには過去の会社の歴史的な出来事の際に考えたことなどを思い起こすとよいでしょうか。そのようなことを整理し、誰でもがわかるように平易な言葉で明示すれば立派な経営理念が出来上がります。

次に、後継者に説明し、新旧の経営者間で共有することが必要です。また、これを機会に社内外の利害関係者にも示し、いままで築いてきた経営者への信頼や信用力を一層強化しましょう。
■ ビジネスモデルのチェック
これは「魅力ある事業」になっているかどうかということです。2007年版中小企業白書に興味深いデータがあります。

過去の事業者対雇用者所得の割合を示した図表です。1990年では事業者収入と雇用者所得の割合は「1」程度、つまり同じ水準でしたが、2005年時点では0.5~0.6程度まで下降してきています。このことから、所得面からの事業経営の魅力がなくなった、それは事業の収益力が低下してきた、ということが推測されます。後継者候補からみれば「魅力ある事業」とはいえない、ということになりかねません。事業承継は「事業に魅力がある」ことを前提に語られることが大半であります。このままでは後継者を見つける以前の問題であると思います。事業承継の前に自らの事業に魅力があり、収益が伴っているかどうかを問う必要があります。事業を魅力あるものにするには、ビジネスモデルのチェック・再構築が重要であります。かつて、私の先輩がこのコラムでビジネスモデルの提案をしています。自社のビジネスモデルを6つの視点からチェックし、必要があれば、見直し・再構築しておくことが大事なことです。
http://www.rmc-chuo.jp/home/mt/archives/2005/10/200511_1.html
注)新事業開発戦略を取り上げていますが既存事業でも十分応用できます
■ 経営ノウハウの承継
経営ノウハウというとさまざまな着眼点があります。技術や人材、さらには業務の進め方などがありますが、ここでは経営判断、意思決定スタイルについて触れてみます。経営判断を行う場合、まず何を思い浮かべるでしょうか。これは、いわば価値観ということになります。さきほどの「経営理念」が指針になります。これをもとに関連情報や状況の変化を予測し、方向性や結論を導きます。また、過去の経験から学んだことや思考の傾向などが経営判断、意思決定のスタイルを決めています。これをノウハウといっていますが、この点を是非、後継者に伝えたいところです。そのためにも過去の重要な出来事や大きな環境変化に対し、どのような経営判断を行い、結果としてどうなったか、その要因は何か、ということを振り返ってみるとよいでしょう。その際は、今までの経営経験を次のような表にまとめみたらいかがでしょうか。

なぜ成功したか、反対になぜ失敗したか、このことが後継者が経営を行う際の大きなヒントになることでしょう。
さらに、経営の意思決定はその時々の条件を踏まえて最適な答えを出す必要があります。これを基準書などにすることはなかなか難しいと思いますので、バトンタッチ前後は次のように行うとよいでしょう。
・ 重要案件は現経営者・後継者で意見交換をしながら進める
・ 必要な情報や意思決定のプロセスを共有する等
この経営ノウハウの承継は、時間と根気が必要であり、確実性を高めるためにも、準備期間において経営者によるマンツーマンでの後継者OJT教育を行っていく必要があります。
■ 人的ネットワークの承継
会社内外の利害関係者(ステークホルダー)のリストアップと整理が必要です。組織(企業や機関)、キーパースン、思考傾向、過去の重要な出来事での貸し・借りなどを承継する必要があります。社内経営幹部、従業員、取引先(お客様、購入先)、金融機関、支援関係などに後継者を受け入れてもらい、従来と同様の関係を継続する必要があります。以下のようなマトリックス表によりリストアップ、整理されたらいかがでしょうか。

■ 事業承継計画に織り込む
以上のことを事業承継計画に織り込み、着実に進める必要があります。事業承継は早めに開始し、時間をかけてじっくり取り組むことがその確実性を高めます。特に、以上述べた目に見えないもの(経営理念、ビジネスモデル、経営ノウハウ、人的ネットワーク)は、事業用資産や自社株対策以上に長期的に取り組むことが重要です。
本稿が、皆様のより確実で円滑な事業承継の一助になれば幸いです
■鳥海 孝
ビジネス・ソリューション研究所代表
中小企業診断士、ITコーディネータ、日本経営品質協議会セルフアセッサー
専門分野:経営戦略、ビジネスモデル構築支援、IT戦略、財務戦略など