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経営診断事例 院長は一人4役―院長の意識が変われば歯科医院は変わる(2007年12月)
山根 孝一

< 院長は一人4役―院長の意識が変われば歯科医院は変わる >

コンビニより多い歯科医院数
 全国の歯科医院数は66,000を超え、過当競争の時代に突入したと言われて久しい。平成6年当時の約57,000と比較すると16%以上の増加となっている。この間の人口増加率は約1.5%であったので、その増加ぶりは突出している。
 街を見渡せば必ず見つかるコンビニエンスストアですら約42,000である。その1.5倍の歯科医院が存在するのであるから、その過密ぶりが容易に想像できよう。さらに付け加えると歯科医院は現在、毎年約1000軒ずつ増加している。人口が減少に転じようとしている現在、競争がますます激化していくものと思われる。

A医院の周辺環境
 A医院は首都圏近郊のK市に立地する歯科医院である。K駅から都心までは約1時間の通勤圏内で、ベッドタウンとしてこの10年間人口は増加している。一時下火になったマンション建設も地価の下げ止まりによって最近になり再び増えはじめている。
 K駅周辺の人口は約3万人といわれている。首都圏に通勤するサラリーマン世帯が中心で、共働き世帯も多い。K駅を中心とする半径500m圏内には歯科医院が7軒ある。

A医院の現状
 院長のほか、歯科衛生士1名、歯科助手1名、受付1名の合計4人で運営している。スタッフの勤続年数は2~5年で役割分担も明確になっており、特に問題が生じているわけではない。患者数は、一日30名程度。これ以上増えると治療の質の低下や待ち時間の増加につながるため、適正であると考えていた。支払い機関に提出するレセプトは月300枚を維持していた。院長は開業後も積極的に技術の習得に努め、地域では一番の腕があることを自負していた。実際、治療に対する不満や苦情はなく、患者は皆満足しているものと思っていた。
 しかし、近隣に歯科医院が新規開業した頃から患者数が減少し始めた。ちょうどK医院と駅の中間にできたマンションの一階で、道路に面した壁面はすべてガラス張り。夜に院内から明るい光がこぼれている。歯科医師会にも所属していないようなので院長とも面識がなく、中の様子はまったくわからない。

A医院の問題点
(1) 患者満足度
 患者満足度については、これまで調査らしい調査は実施していなかった。苦情があれば対処する程度で、医院全体で患者満足度向上に取り組んできたことはなかった。接客についても、最古参の受付担当者が他のスタッフに時折注意を与える程度であった。院長は「接客はスタッフの仕事であり、自分は関係ない」というスタンスで、特に口出しはしてこなかった。
 実態を確認するため、来院した患者一人ひとりにアンケートを実施した。内容は、現在の治療への満足度、不満な点、改善して欲しい点などで、フリーアンサーのスペースも大きくとった。待ち時間を利用したことで、回収率は85%とかなり高かった。要望のうち一番多かったのは、待ち時間や診療時間など、時間に関する要望であった。また、受付やスタッフの応対よりも、院長の治療内容の説明不足を指摘する声が多かった。

(2) 自由診療への取り組み
 これまで主訴(患者が医師に申し立てる主要な症状)に対応することを第一に考え、自由診療は患者からの申し出や問い合わせがあったときだけ説明していた。このため、医業収入に占める自由診療の割合は、10%弱に留まっていた(全国平均約12%)。また、自由診療の説明は院長が直接行なっており、他のスタッフは治療内容や特徴、およその費用など、何を質問されてもきちんと回答できない状態であった。

(3) スタッフモチベーション低下
 スタッフは全員正社員で、職務により差はあるものの固定給制で、ボーナスも夏、冬それぞれ1か月分を支給していた。給与水準は世間相場並みであるが、医業収入が減少しても給与は下げられないため、人件費率はじわじわ上昇していた。
 院長は「それぞれの持ち場をきちんとこなしてくれればよい」との思いから、特にスタッフの育成計画などは立てておらず、どちらかというと行き当たりばったりであった。このためスタッフにもそれぞれの領域は侵さないという暗黙の了解ができ、新しいアイデアやプランの出にくい、マンネリ傾向が認められた。

改善提案
経営改善のため、下記4項目を実施した。
(1) 目標の設定
 アンケートの結果をもとにミーティングを行い、院長自身の夢を全員の前で披露した。患者数の減少、医業収入の減少という実態を皆で共有し、今後の改善の方向性を話し合った。時間の制約もあり、全員の納得を得るには至らなかったが、院長の言葉に「何かが変わりそう」という思いは伝わった。

(2) スタッフとの個別ミーティング
 その後院長は全員と個別ミーティングを実施した。一人当たり約1時間という限られた時間であったが、院長は聞き手にまわり、個々のスタッフが抱えている悩みや問題を丁寧に聴取した。院長がコーチングの手法を用いて聞き役に徹したことで、安心感が芽生え、建設的な意見を引き出すことができた。

(3) 応対改善で満足度アップ
 改善の手始めとして、専門家によるレクチャーを受け、笑顔と会話による接客を試みた。患者への声かけは、始めはなかなか定着しなかったが、繰り返し指導することと、スタッフ間の連帯意識で徐々に慣れていった。この時期、スタッフが互いを褒めあうなど協働意識が芽生えたことも大きな収穫であった。

(4) 自由診療獲得の取り組み
 自由診療は患者のQOL(Quality of Life:生活の質)を高める上で必要な治療であることを、スタッフに納得してもらうことから始めた。患者全員が自由診療を選択することを目指すのではなく、治療の選択肢を患者に伝えるというスタンスを堅持し、無理のない説明を繰り返し練習して定着させていった。きちんと説明して、患者が納得して自由診療を選択することが、説明したスタッフの充実感や喜びにつながり、次第にどの患者にも積極的に説明ができるようになった。

実施後の効果
(1) 患者数増加へ
 改善の効果は、3ヶ月目から現れた。これまで時間帯によっては3日前でも完全には埋まらなかった予約表が1週間先までびっしり埋まるようになった。予約を無理に詰め込むことは、良質なサービスの提供を妨げるので、現在でも極力避けている。それでもスタッフ間の連携が良くなったことから、患者一人ひとりに説明の時間を十分確保できるようになった。

(2) 患者の反応も上々
スタッフが患者一人ひとりの名前に「様」をつけて呼び、笑顔で応対するようになってから、明らかに活気がでてきた。スタッフの明るい声が、患者の笑顔を呼び、それがスタッフのきびきびした動きにつながるという好循環がもたらされた。受付スタッフは「患者さんが笑顔で医院を出て行かれるのを見るのが楽しみ」と言うまでになった。これまで下を向いたまま「お大事に」とつぶやくだけだったのが、笑顔で患者を見送るようなった。
 長期にわたって通院している患者から、スタッフの仕事ぶりをほめられることが多くなった。中には感謝の気持ちを葉書で伝えてくれる方もいた。その葉書は、今もスタッフルームに貼り出されている。

(3) 自由診療説明ツール
 全員が自由診療の説明ができるように院内勉強会で少しずつ勉強を始めたが、口頭だけの説明ではなく、資料を見ていただいた方が良いという発案があり、全員で説明用のツールを作成した。A4一枚のリストから始まり、徐々に質・量とも充実させていき、遂には院内掲示も自分たちの手で作成するまでになった。その間に全員の知識も深まり、メリット・デメリットからおよその費用まで患者に伝えられるようになった。

(4) インセンティブと大入袋
 一日の患者数が、コンスタントに40名を越えるようになると、スタッフは一日中息をつく暇もなく、夕方になると疲労の色は隠せなかった。スタッフの頑張りに応えたいとの思いで、一日の患者数が45名を超えた日の翌日「大入袋」を配ることにした。中身は少額だし、これで疲れが取れるわけではない。しかし、ねぎらいの気持ちのこもったプレゼントで、スタッフは医院との一体感を感じるようになった。
 また、自由診療の獲得についても金一封で顕彰したところ、それまで皆が同じ説明だったのが、少しずつ自分なりにアレンジして説明するようになった。院長は、エスカレートし過ぎないように注意を払いつつも、大きな手ごたえを感じるようになった。

院長は一人4役
 歯科院長は「歯科医師」、すなわち技術の提供者としての役割を負うことは当然だし、新しい技術修得のため勉強会などにも参加している。しかし、院長の役割はこれだけではない。歯科医師資格取得のために多くに時間を費やし、数千万円に上る開業資金を投じた「出資者」として、また、医院の経営を行う「経営者」として、最後にスタッフに対しては「リーダー」としての役割を明確に認識している歯科医師はまだまだ少ない。これからも歯科医院の経営改善に微力ながら貢献できれば幸いである。


■山根 孝一(やまね こういち)
中小企業診断士 行政書士
中小企業診断協会 東京支部中央支会理事
文京区中小企業経営協会 理事
千代田区中小企業経営協会 


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