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専門家コラム 「渋沢栄一に学ぶ“企業家の姿勢”」(2008年11月)
木伏 源太

< 渋沢栄一に学ぶ“企業家の姿勢” >

≪はじめに≫
 渋沢栄一(1840-1931)は、“近代日本資本主義の父”とも呼ばれる企業家・実業家です。

 豪農の子としての商才の発揮、幕末の志士活動、徳川慶喜への仕官と欧州留学、政府官僚としての活躍、銀行家・財界指導者としての活動など、渋沢は多様な側面を持っていますが、何と500余の企業の設立に関わったと言われています。ここでは渋沢栄一から学ぶべき“企業家の姿勢”として3点を取り上げます。


(1)利よりも志を中心とした事業推進

 渋沢は、「国家社会を利する」という観点で事業に取り組みました。彼の関わった事業には、それまでの日本に存在しなかった事業が数多くあり、それらの事業には現代まで続いているものが少なくありません。例えば、第一国立銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)、東京海上保険、大阪紡績会社(現在の東洋紡績)、王子製紙、東京瓦斯、東京人造肥料会社(現在の日産化学工業)などがあります。

 近代の日本では、会社設立ブーム(企業勃興)に対して反動の恐慌が起きるという激しいサイクルが繰り返され、多くの企業が倒産しました。しかし渋沢の関わった会社の多くが、倒産や解散を免れて存続しています。これは彼の経営手腕だけではなく、社会に必要とされる事業に注力する彼の基本姿勢によるところも大きかったのです。

 周囲の応援が得られるような、志のある事業を推進することが大事であることに改めて気付かされます。


(2)「論語と算盤」の一致

 渋沢の思想は、「道徳経済合一説」と言われます。倫理・道徳と利益・経済の両立を掲げたのです。これは前の項目で述べたような基本姿勢にも表れています。しかし、見落としてはならないのは、その姿勢の陰にある巧みな算盤です。

 渋沢は多数の事業に関わったため、多くの管理者を通じて、事業を運営していました。渋沢の経営手法は彼らとの「直接面接」を基本としていました。事業の現場を知る人たちと直接話をする。その中でトラブルの前兆を把握して事前に打つべき手を打つ。これが事業成功の上での重要な要素でした。

 また、リスクマネジメントにも長けていました。数多くの事業の中には失敗したものもありました。失敗の影響を抑えるために、リスクの大きさに応じた対応を取っていたため、決定的な損失を受けることがありませんでした。

 事業が拡大したときも、いち早く対応できるような経営手法が大切であることが分かります。


(3)再投資による事業の育成

 渋沢は、多数の会社の設立に関わり、役員を務めていました。しかし、受け取っていた役員報酬は多くありませんでした。さらに、出資者として取得した株式も、事業が成長して株価が上昇するとこれを売却しています。会社を私物化することはなく、また資本の論理で会社を支配することもありませんでした。信念と志を持って、関係者を説得して合意を形成して、事業運営を進めたのです。

 一方、株式を売却して得た資金は、次の会社設立・事業育成のために活用していました。こうした再投資の中から、次々と現代に繋がる事業を生み出していったのです。

 出資者としての立場に頼らない事業運営、そして資金を活用しての事業拡大は、現代にも通じるあり方であると感銘を受けます。


≪まとめ≫
 今回は、あえて渋沢自身の言葉を引用せずに、企業家としての姿勢に着目して、学ぶべき点を挙げてみました。渋沢栄一の姿勢には現代の経営者も学ぶところが多いのではないかと思います。


(参考文献)
島田昌和著『渋沢栄一の企業者活動の研究―戦前期企業システムの創出と出資者経営者の役割』(日本経済評論社)


■木伏 源太(きぶし げんた)
 社団法人中小企業診断協会東京支部中央支会理事
 中小企業診断士


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