近藤 徹
< 米国発世界金融危機を越えて >
はじめに
サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機は、CDS、CDOと呼ばれる金融取引、金融商品によって拡がった。リクイディティ(流動性)が失われレバレッジが損失を拡大させて全世界の金融機関を巻き込む百年に一度といわれる経済危機を招いた。CDS、CDOがいかなるものかを再確認し、金融危機の顕在化の過程を振り返る。その上で本邦金融機関への影響と今後の方向性を考えたい。
1.CDSとCDO
CDS(Credit Default Swap)はデフォルト保険などともいわれるが、企業の債権に対してリスクをヘッジするオプションに近い。1990年代後半に誕生したといわれているが主に金融機関のバランスシート調整の重要なツールとして取引は世界的に拡大してきた。
一例を挙げる。AAA格付けの住宅金融会社A社がある。銀行B社は住宅金融会社A社の返済期限10年の債権を1000万ドル分保有している。破綻リスクは小さいと思われるが銀行B社はヘッジしたい。保険会社C社は銀行B社とのCDS契約に応じる。銀行B社は保険会社C社に対してプレミアム(オプション料)として10万ドルを支払う。10万ドルのコストで1000万ドル分のヘッジ(プロテクション)が完了する。保険会社C社のリスクは一般的なオプションの売り手のリスクと同じである。返済期限10年の間に支払遅延などの破綻条項が発生した場合、CDS契約に基づき銀行B社が保有する債権は保険会社C社に1000万ドルの現金を対価に交換(スワップ)される。ここで重要なのは保険会社C社に引き渡された1000万ドル分の住宅金融会社A社の債権はすべてが即時に毀損するわけではないということである。将来的にどの程度の割合で返済されるのかは別の問題である。しかし、時価会計のルールでは厳しい評価にさらされてしまう。
CDO(Collateralized Dept Obligation)は合成債務担保証券などと訳されている。問題化したのは特にシンセティックCDOと呼ばれるタイプである。50社、100社以上のCDSを束ねて証券化したものであり、CDSというオプションを内包する債券というイメージに近い。格付けを取得してAAA格からインベストメントグレード以下まで組成される。組成するのは証券会社や銀行だが、AAA格をはじめ格付けの高い部分は機関投資家に販売することが容易である。しかしインベストメントグレード以下の部分は販売が難しく、組成した証券会社や銀行傘下の金融子会社や投資部門が保有することも多く、これが後に不良資産化することとなった。
2.金融危機の顕在化
CDS、CDOの市場が変調を来たしたのは2007年の2月頃である。突然、CDOの気配値がゆるんだ。しかしその後、多少の変動はあったにせよ大きな動きとはならなかった。2007年7月、格付け会社S&P、ムーディーズなどがCDOの格下げを開始、市場はパニックとなった。この頃、サブプライムローン問題という言葉が生まれた。住宅金融会社や信用保障会社のダメージがより上位の金融機関に累を及ぼしたからである。その後、2008年9月以降の各市場の大暴落までは大きな危機の認識はなかった。その理由は、多くの市場関係者が、米国会計ルールに基づくいくつかの四半期を経過すれば事態は落ち着くと考えていたことによるだろう。過去の経済危機はだいたいその程度の期間で終息していたからである。危機をもたらしたキーワードはリクイディティとレバレッジである。1998年に破綻したヘッジファンドのLTCMはロシア国債に多く投資していた。ロシア国債相場の急落によりリクイディティが失われ、レバレッジをかけて借入金で投資していた分、損失が膨らんだ。今回の危機の構図はそれとまったく同じである。特に米国の金融機関はCDS、CDO関連の損失のみならず、投資の世界を席巻したヘッジファンドとの取引を重ねるうち、自らもヘッジファンド化していった、つまりレバレッジをかけ過ぎていたということも大きな危機をもたらした理由だろう。そして時価会計に基づく四半期決算の会計ルールに縛られながら常に成長を求められるという株式市場の要求に応えざるをえなかったということが傷を深くしたのではないだろうか。
3.本邦金融機関の状況
米国をはじめとする世界に冠たる大金融機関を未曾有の危機に陥れたCDS、CDOについて、本邦では正確な報道はほとんどなされていないといっていいだろう。その大きな理由は本邦では非常に限られたボリュームしかCDS、CDOが流通していなかったからである。結果、本邦の銀行の損失は限定的であり本邦の銀行は相対的に優位な位置にある。国際金融の潮流に乗らなかったことが効を奏している。いわば不作為の果実であるが銀行の経営も地域による考え方があって然るべきと考えている。例えばオーストラリアの4大銀行は過去10年ほど、国内回帰して商業銀行に立ち返るというスタンスを取り、資源高、国内成長の恩恵も受け相対優位な位置を保っている。
CDS、CDO関連の損失が限定的でありレバレッジ比率が低いにせよ、株式市場の急落は本邦銀行にも大きなダメージをもたらしている。銀行の資金の多くは長期融資と有価証券投資に向かっている。有価証券の市場価格の下落は時価会計ルールによってあぶり出されて自己資本比率の低下を招き、BIS規制の8%、4%という数字を意識せざるをえない。実は金融システムはもともと脆弱である。融資や有価証券などは即日換金できない。銀行は短期資金が止まると黒字であっても簡単に倒産しかねない業種なのである。かつて日本長期信用銀行が破綻した際、外資銀行はこぞって日本長期信用銀行向けの為替や短期資金の信用枠を閉鎖しその破綻を早めた。そのような事態を防ぐため日銀は短期資金を潤沢に市場に供給している。
中小企業が多く利用する地域金融機関も構造は大手銀行と同じである。金融危機による株価低迷が続き、貸し渋り、貸しはがしが喧伝されている。輸出の低迷や消費の鈍化により実態経済はかつてないスピードで悪化している。借り手の中小企業にとっては緊急融資制度などの政策支援の活用はもとより、企業の側の自己防衛、バランスシートの見直し、手元流動性の確保といった対策をとらざるをえない。
4.今後の方向性
米国発世界金融危機を越えて、本邦金融機関は相対優位な位置を活かしてどのような方向性を見出したらよいのか。今回の危機を越え、将来的な対応を実現可能なレベルで考えてみた。
(1) 商業銀行に立ち返る
ひとつの考え方は金融機関の本来的な姿、商業銀行に立ち返るという方向性である。グローバルスタンダードという言葉は投資の世界においても会計ルールにおいても世界を席巻してきた。しかし会計ルールにおいては例えば時価会計基準などが揺らいでいる。時価そのものの算定方法、連結基準の見直しの必要性、純利益至上主義の是非など。グローバルスタンダードにのっとった国際化をいたずらに推し進めるのではなく、商業銀行として国内に特化するという考え方があってもよいのではないか。国内産業育成に注力して銀行経営基盤の強化を図る。先に述べたオーストラリアの例は参考になるのではなかろうか。
(2) 社会全体のセーフティネットの構築
金融危機の顕在化以降、中小企業信用保険法に基づく区市町村の認定事務窓口には融資を求める中小企業主や代理手続きを行う地域金融機関職員が引きもきらない状態である。現状、金融機関では地域金融機関、借り手は中小企業が主体である。これに大手銀行の積極的参加を促し、対象企業を大企業にまで拡大するといった施策により社会全体のセーフティネットを強化するという方向性である。大手銀行はすでに優先株発行などによって自己資本比率を高め、融資余力を高める方向で動いている。今回の危機に対する緊急措置としてのみならず、将来的にも機動的に対応可能な体制を整える。中小金融機関を含めてそのようなセーフティネットを構築し政府、日銀が連携して短期資金供給による流動性確保などにあたり包括的にコントロールする。いわばよい意味での大護送船団方式である。
(3) 他業種に学ぶ価値の創造
実態経済の悪化により苦境に立たされているとはいえ、日本の製造業や小売業は国際比較で相対優位な位置にある。キャッシュリッチ企業が多く存在し、ものづくりや流通の高いノウハウを持っており、極端なレイオフに走らない雇用慣行により雇用を守る姿勢があることなどによって。こうした金融以外の製造業や小売業から学ぶこと、すなわち製造業や小売業の価値創造のノウハウを金融業に取り入れることにより金融機関の再生につなげられないだろうか。非常に抽象的ではあるが、他業界に学ぶべきものは学ぶというのもひとつのアイデアだろう。金融機関が提供し得る価値とは何か?新たに創造し得る価値とは何か?価値の創造は存在意義と同義である。
おわりに
金融危機が激烈さを増した10、11月、プロ野球の世界では日米ともにポストシーズンがたけなわであった。ボストンのフェアウェイスタジアムにも東京の後楽園ドームにも楽しそうな人々の笑顔があふれていた。野球ファンにとって世界は何も変わっていない。不況の表現でよく街にホームレスがあふれるとか、通りから人っ子ひとりいなくなるとかいう言葉を聞く。そんな状況は少なくとも日本では見たことがない。ある小売企業のトップは決算説明会において、景気悪化によりどんなダメージを受けるかと質問されて「なぜそう聞かれるのかわからない。環境が厳しい時にこそうちの会社は成長してきたし、環境の厳しい時こそうちの会社にとってはチャンスだ」と答えていた。過度に悲観することなく、知恵を絞って危機の中にチャンスを見出す意気込み。このことである。本年、2009年が皆々様にとって明るい年になることをお祈りいたします。
■近藤 徹
オフィス近藤 代表(中小企業診断士)
中小企業診断協会東京支部中央支会理事
NPO文京区中小企業経営協会会員