高橋 朋秀
< 中小運輸企業の組織的安全マネジメント >
1.組織的安全マネジメントの意義
(1)事故等の失敗を活かし、企業成長の機会へ
中小規模の運輸企業が十分な安全管理を行う上で課題と言われていることは、規制緩和等により業者間の競争が激しい、運転で外に出たら直接管理出来ない、専門のスタッフを置く余裕がない、下請のため運行計画をコントロールできない、日車当り収入確保のため空車時に事故が多い、従業員の確保や教育時間確保が難しい、長時間労働などがある。
しかしこのような経営課題を障害と考えるよりも、直面する課題を克服し安全を確保・向上させることで、サービスの質向上や顧客信用の創造など成長の機会に結びつけているたくましい中小企業もある。経営環境が厳しい今だからこそ原点回帰して取り組むべきテーマであるといえる。
(2)個別企業だけでなく、企業群で業界の質向上を
安全を徹底して追求することは、一人一人の働き方を高めて再発防止を追求し、組織能力を向上させ、顧客からの信用を獲得することにつながっていく。また交通事故、労働災害、貨物事故など(以下、事故等という)のロスを排除することにより、効率的な業務運営を行い収益性の確保を実現するなど、企業の体質を強化することにつながっていく。
このような組織的安全マネジメントを実践することは、個別企業が生き抜いていく経営の基本であると考えている企業も少なくない。
しかし事業者の殆どが中小・零細規模で占められ、経営資源に乏しい運輸業界では、個別企業の取り組みだけでなく、協力業者管理や同業者の連携など企業群で組織的安全マネジメントに取り組んでいくことも必要である。個別企業、企業群での取り組みを通じて業界の質を向上させることにつながっていく。
(3)組織的安全マネジメントの手引き(ノウハウ集)
このような考え方に立って、国土交通省国土交通政策研究所(以下、研究所という)では、安全に関して優良な中堅・中小運輸企業が実践している組織的安全マネジメントのケーススタディをまとめ、その体系を整備して提供していくことは、経営資源が十分でないと言われる中小運輸企業でも組織的安全マネジメントが実践できることにつながると考えている。
事業者に活用してもらうことはもとより、コンサルタントなどにも活用されることでさらに内容がブラッシュアップされるはずである。広く活用されるよう、事故等の失敗を活かして本業を深める組織的マネジメントの手引き(ノウハウ集)を公開する予定である。
今回は、その中から自動車運送事業を中心にこの調査研究の概要を紹介していく。
2.組織的安全マネジメントの基本的考え方
(1)中小運輸企業の安全に対する基本的課題
中小運輸企業で安全を確保・向上させることに対して、経営上の課題(障害点)として主に考えられているものには、
◇運賃価格競争や利用者・需要減少による収益性の低下
◇下請構造などによる従属的な運行管理・労務管理
◇長時間労働等労働条件による従業員確保の困難さと教育機会の減少などがある。
厳しい経営環境はどの事業者にとっても同じである。しかしその中でたとえ中小企業であったとしても、安全の確保・向上、ローコストの徹底と適正利潤の確保、地球・地域環境への配慮、従業員・取引先との信頼関係、顧客からの信用を高めている企業もある。
(2)組織的安全マネジメントの基本的な考え方
研究所の昨年度までの調査で整理されたことは、企業の規模に関わり無く、事故等の失敗を活かし、実際に事故等を減らすことを通じて組織能力を高めていることが、顧客や周囲(取引先、社会など)の信用を得て生き残っていける分岐点になるということである。
さらに安全を基本として、コスト、品質、環境などについても顧客や取引先と一体となって技術やサービスの開発を展開しているような価値創造性の高い企業もある。
組織的安全マネジメントのレベルとして整理してみたのが次の内容である 。
ア)失敗を活かせず事故等を繰り返している(衰退するマネジメント)
イ)失敗を活かして職場改善を行い、基本を徹底している(自立的マネジメント)
ウ)顧客や取引先と一体なって技術やサービスを改良・開発し信用を高めている
(環境開拓するマネジメント)
(3)トップの反省、失敗の活かし方
失敗を活かし、組織能力を高めている事例企業の多くに共通することは、特に中小運輸企業においては、トップ自身が現実に事故等をどのように減らすかについて、事故等の原因に向き合い、分かっているようで分かっていなかった現場の現実の姿を自らの目と足で確認していることである。これまで管理者やドライバーなどに指示することでは事故等が減少しなかったマネジメントを省みて、現場第一線の行動の改善、業務の改善、現場情報を即時吸い上げる情報管理のしくみの改善、設備投資、人材育成などを実践している。また協力業者(トラック運送事業における傭車など)の安全管理についても自社と同様の基準で行い、運転同乗指導や構内作業行動の指導を行っている。
トップ自らの行動を改めることからスタートしてリーダーシップを発揮し、マネジメントシステム、現場行動を改善し、衰退するマネジメントのレベルを脱し、自立的マネジメント、環境開拓するマネジメントのレベルへと向上させている。
(4)組織的安全マネジメントのチェックリスト
組織的安全マネジメントのレベルを向上させている企業、熱心な努力を継続して事故等を削減している企業などの特性を踏まえて、組織的安全マネジメントの実践状況を自己診断するためのチェックリスト(案)が作成されている。以下はその項目であり、それぞれレベルに応じて3段階の選択肢がある(このチェックリストは、今後の実態調査を通じて、項目や選択肢の内容が見直されていくことになっている)。

※チェックリストの詳細は、国土交通政策研究所のホームページを参照。「研究会・アドバイザー会議等」「運輸企業の組織的安全マネジメント手法に関する調査」「第3回アドバイザリー会議資料(郵送調査票)」(※H21.4月中旬を目途に公開)
3.組織的安全マネジメントの手引き(ノウハウ集)作成に向けて
(1)今後の調査研究の展開
研究所では、平成21年度、郵送・訪問による実態調査を行う。主に従業員数300人以下の中堅・中小運輸企業を対象に、3,000社への郵送調査などによって優良企業候補を絞り込み、100箇所の訪問調査を行う計画である。
訪問調査の結果は、ケーススタディとしてまとめ、公開される。安全に関する施策などを断片的にまとめるのではなく、出来る限り客観的な安全に関する指標(データ)に基づき、その推移と要因などを把握した上で、トップがどのような意思決定を行ったのか、顧客との関わりやサービス改善・改良の経過、その背景や契機、管理者の育成、現場への徹底、サービス品質としての安全、顧客信用の変化などについて、経営全体の中で安全の問題を捉える必要がある。
100箇所の訪問調査の結果を踏まえて、実際の安全に関するデータ(事故発生率など)、チェックリスト、ハード面の施策なども考慮して、最終的に組織的安全マネジメントの手引き(ノウハウ集)としてまとめ、平成21年度中に公開される予定である。
(2)組織的安全マネジメント「事例データベース」
組織的安全マネジメントの調査研究の一環として、昨年度までの文献調査により、他産業も含めて約300件の安全管理の取り組み事例が収集された。安全に関する組織団体の機関誌、ホームページ、市販の雑誌などの一般事例記事、運輸企業のホームページに掲載されている安全報告書などが中心である。
これらの特長的な取り組み内容を、整理・データベース化し、事例の業種、組織的安全マネジメントの分類、キーワードなどから参考としたい事例記事等が検索できるようになっている。事例の内容を知りたい場合には、リンクにより記事全文または記事のポイントをPDFファイル等で見られるようになっている。
データベース活用のイメージは、
1) トップ、安全統括管理者向け
⇒方針や施策の設定・見直し、マネジメントシステムの構築・改善、管理者の教育等
2) 現場管理者向け
⇒毎月や日常の指導の情報源(ネタ)、問題解決のための他社事例の情報検索等
3) コンサルタント等
⇒安全管理に関する事例研究、教育・研修の参考資料、収集した事例の整理など
事例データベースは、国土交通省国土交通政策研究所のホームページよりダウンロードできる(H21.4月を目途に公開)。
以上
□参考資料
国土交通省国土交通政策研究所
「運輸企業のための組織的安全マネジメント手法に関する調査研究」資料、
「機関誌 PRI Review32号2009年春季(H21.4月下旬発行)」
http://www.mlit.go.jp/pri/ (検索エンジンの場合「国土交通政策研究所」と入力)
日本創造経営協会編
「最新トラック物流 たくましい経営」
http://www.sokei.co.jp/consul/index.html
国土交通省
「事業用自動車に係る総合的安全対策検討委員会」、
「今後のバスサービス活性化方策検討小委員会」、
「貸切バスに関する安全性等評価・認定制度検討委員会」、
「タクシー事業を巡る諸問題に関する検討ワーキンググループ」、
「公共交通に係るヒューマンエラー事故防止対策検討委員会」
http://www.mlit.go.jp/
社団法人全日本トラック協会
「トラック輸送産業の現状と課題」
http://www.jta.or.jp/
□高橋朋秀(たかはしともひで)
中小企業診断士 中小企業診断協会東京支部中央支会理事
株式会社創造経営センター勤務を経て、現在、任期付任用により国土交通省国土交通政策研究所
主任研究官として勤務
<主な著書>
「トラック経営革新」「トラック環境経営」「最新トラック物流 たくましい経営」
(日本創造経営協会編 共著)