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専門家コラム「金融危機後の世界経済を考える―新興国の高度成長が産業構造の変革をもたらす」(2009年6月)
日置 律子

 2008年9月のリーマンショックを発端とした金融危機が始まる以前、まだ、世界が好景気に沸いていた頃、盛んにBRICs諸国などの新興国のデカップリング論がはやされた。即ち、先進国の景気が悪化しても、新興国は成長を続け、それが世界経済を下支えするというシナリオだった。しかしながら、先進国の金融危機は瞬く間に、新興国を飲み込んでいった。先進国が一斉に新興国への投資を引き上げ、新興国は資金不足に陥るとともに、米国や欧州などの輸出で潤っていた製造業が大きなダメージを受けた。世界経済が一体化している現代においてデカップリング論はナンセンスであったといえよう。

 ただ、ここに来て、また、変化の兆しが見え始めている。IMFによれば、先進国では、2009年はマイナス2%の成長率となるが、新興国や途上国は2008年の6.25%から減速するものの、3.25%とプラス成長後半と予想されている。潜在成長力の差が先進国と新興国の成長率の差となると考えられているのである。実際、それを先取りするように、株式市場の戻りは先進国より新興国が上回っている。

 歴史を振り返れば、太平洋戦争の敗戦で焼け野原になった日本は、1950年から1953年までの朝鮮戦争による特需で復活の足がかりをつかみ、朝鮮戦争終了後不景気に突入したが、やがて1955年から1973年の18年間にわたる高度成長を謳歌することになる。国民の所得が年々増え、庶民がテレビ、冷蔵庫、洗濯機、マイカーなどを次々と手に入れ、国民総中産階級となった時代である。高度成長のきっかけになったのが朝鮮特需といわれている。

 中産階級に仲間入りして、消費が増大する世帯の年間可処分所得はだいたい5,000ドル(約48万円)以上といわれている。08年度ものづくり白書によれば、BRICs諸国において、年間可処分所得5,000ドル(約48万円)~3万5,000ドル(約336万円)の世帯の人口が02~07年で2.5億人から6.3億人に急増している。サブプライムローンなどによる信用バブルによって、世界中が好景気になり、その間、新興国の人々の所得は着々と増加したのである。

 朝鮮戦争が終わって日本が不景気に突入したように、金融危機で新興国も厳しい経済状態ではあるが、70年代に日本で高度成長が始まったように、やがて、膨大な人数の中産階級が誕生することにより、新興国の高度成長が始まるのではないだろうか。

 中国約13億人、インド約11億人、ブラジル約1億7千万人、ロシア約1億4千万人で、BRICs諸国だけでも、約27億人である。しかも、2050年には32億6千万人まで膨れ上がると予想されている。しかも、新興国はBRICs諸国だけではないので、今後、中産階級に仲間入りする予備軍さらに多いことになる。

 ここで、私たちが考えなければならないのは、地球上の膨大な人々が豊かさを求めたときに、果たして、それが可能であるかどうかである。1つは資源や食糧の問題があり、もう1つは環境負荷の問題である。

 鉱物資源の獲得競争はすでに始まっている。世界の原油の代表的な指標である、WTI先物は1999年初頭は10ドル強だったものが、急激に上昇し、2008年の7月には150ドルに届こうかというところまで上昇し、そして、バブルは弾けた。問題はバブルが弾けた後である。2008年末には30ドル台まで急落したが、また、反転して2009年5月には60ドルを超えている。新興国の需要により、原油の需給が引き締まることを表していると考えられる。金融危機で不況にもかかわらず、金や銅などが上昇していることも同様である。

 経済発展とともに、多くの人々が肉など動物性たんぱく質を主体にした食生活になるといわれている。穀類を多く消費する肉の需要が増加すると、地球全体の穀類が足りなくなる可能性があり、それを、商品相場における穀類の高騰が拍車をかけることになる。貧しい国では飢餓が起きかねい。
資源や食糧の問題を放置すれば、最悪、資源や食糧の争奪により戦争になりかねず、金融危機よりも深刻な問題が引き起こされる恐れがある。

 環境負荷についても、現在すでに、地球温暖化、オゾン層破壊、大気汚染、水質汚染、森林減少などが大きな問題になっている。今後、新興国の膨大な人々が先進国の人々と同様に、大量の資源やエネルギー消費型の豊かな生活を始めれば、地球環境の悪化により、災害の多発、水位上昇による低地の沈没、気象変動による飢饉などが懸念される。

 私たちは新興国の膨大な人々が中産階級の仲間入りをして、豊かな生活を始めても大丈夫なように、限られた資源の有効活用、食糧の増産、環境負荷の低減に知恵を絞り、その対応をしなければならない。それは、今までの産業構造の大きな変革を迫るものといえよう。

 自動車産業を例に取れば、ハイブリッドカーが話題になっているが、さらに進んで、燃料電池車の普及が待たれる。燃料電池車は水素と酸素からつくる電気エネルギーを動力源として走り、走行時に排出するのは水だけで、CO2や排出ガスを出さない。また、エネルギー効率からいえば、ボディーは重い鉄ではなく、軽い炭素繊維プラスティックが好ましい。もし、炭素繊維プラスティックによるボディーの燃料電池車が主流になったら、ガソリンエンジン関係の部品がすべて不用になるし、鉄も必要なくなる。産業の裾野の広い自動車産業の構造が劇的に変革することになる。

 今後、BRICs諸国など新興国の高度成長をエンジンに、世界経済が再び拡大するとしても、金融危機以前と同様ではない。今まで不可欠だった仕事の需要がなくなり、逆に、全く新しいビジネスが誕生するかもしれない。劇的な産業構造の変革は大きな脅威であるとともに、大きな機会でもある。

 金融危機の嵐の中、多くの中小企業が苦境に陥っている。まずは現在の危機を乗り越えることが優先されるのは当然である。しかし、将来を考えれば、危機を乗り越える中で、これから始まる新しい時代を見据え、会社の事業を再構築することが求められる。非常に厳しいが、飛躍のチャンスはある。


■日置 律子
 有限会社幸永ビズ 代表取締役
 中小企業診断士、中小企業診断協会東京支部中央支会所属
 現在、商工会議所での創業相談、品川区役所での製造業支援等を行なっている


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