三上 彰久
1.背景
ウィーン売買条約とは、「国際物品売買契約に関する国際連合条約United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods 」(通称:国際物品売買契約条約、以下CISG)のことです。これは、国際間の物品売買契約を規律する統一的なルールを採択することにより、国際取引の発展を促進することを目的として、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)により起草され、1988年1月1日に発効しています。アメリカ、中国、韓国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダをはじめとする世界73カ国が加盟している一方、主要国では日本とイギリスのみが未加盟でしたが、2009年8月1日から日本でも発効しました。
本稿では、日本の輸出者が、海外のバイヤーに物品を輸出するケースをもとに、CISGの影響を概観します。
2.対象となる事業者
CISGは契約書にその適用を謳わなくても、当事者が契約でこの条約の適用を排除(第6条)しない限り適用されます。したがって、CISGは決して総合商社や大手メーカーだけが関係するものではありません。海外との取引を行っている中小企業も、貿易実務の上で留意が必要となります。
たとえば、契約書を作成せず Proforma InvoiceにバイヤーがカウンターサインしたものをFAXで入手することで契約を確認し、船積みを行うことがよくあります。「文書には細かく規定しないで、問題が起きればその時点で対応すればよい」という事でしょう。通常、Proforma Invoiceには裏面約款がありませんが、それでもCISGの内容があたかも裏面約款と同様に適用されることになりますので注意が必要です。
3.対象となる取引
「企業」が行う「物品」の貿易取引が対象となります。個人用に購入された物品の売買(いわゆる個人輸入の場合など)には適用されません。委託生産の様に、物を製造又は生産して供給する契約は売買とされてCISGの対象となりますが、物品を発注した当事者が製造又は生産に必要な材料の実質的な部分を供給する場合はこの限りでありません。また、物品を供給する当事者の義務の主要な部分が、労働その他のサービスの提供からなる契約には適用がありません(第3条)。
4.CISGとインコタームズ(INCOTERMS)との関係
下記の様な観点から、CISGとインコタームズとは二者択一の関係ではなく、補完関係にあると考えらています。
(1)適用のされかた
CISGは契約書に特段その適用を謳わなくても、当事者が契約でその適用を排除(第6条)しない限り適用されます。
一方、インコタームズは民間(国際商工会議所:ICC)の貿易条件に関するルールですから、これに沿って貿易条件を解釈するためには売買契約書に、「本契約 中のFOB, CIF等の用語の解釈はインコタームズによる」旨を書いておく必要があります。
(2)守備範囲
CISGは、「売買契約の成立並びに売買契約から生ずる売主・買主の権利義務についてのみ規律する」と定めており(第4条)、契約若しくはその条項又は慣習の有効性や、売却された物品の所有権の帰属などについては規律していません。また、CIFやFOBなどの貿易条件は定めていません。
(3)CISGの適用排除
CISG第6条は、「当事者は、この条約の適用を排除することができるものとし、(中略)この条約のいかなる規定も、その適用を制限し、又はその効力を変更することができる。」としています。したがって、CISGを全面的に適用しないのであれば、例えば “This Contract will NOT be governed by the United Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods.” と、部分的に変更するのであればその旨を、契約書に明記しておく必要があります。
なお、売買契約書で、「本契約の準拠法は日本法とする」と定めても、必ずしもCISGの適用は排除されません。憲法第98条2項の解釈により、条約に対応する国内法がなくても条約が国内法に代わって適用されるためです。
5.CISGの主な留意点
(1)契約の成立
CISGでは、申込みに対する承諾が申込者に到達した時に契約が成立します(第18条、第23条)。これを到達主義といいます。日本の民法では隔地者間の契約成立は承諾の通知を発信したときとして、発信主義を採っている(民法第521条)のと対照的です。
申込に対して承諾を意図する応答をしたが、追加、制限その他の条件変更を含むものは、申込の拒絶であって、反対申込とされています(第19条1項)。
条件変更を含む承諾であっても、その条件が申込の内容を実質的に変更しないときは、申込者が遅滞無くその相違について異議を述べないと承諾したものとして扱われます(第19条2項)。たとえば、日本の輸出者が海外のバイヤーに対し、自社製品の売買契約書を送付したところ、バイヤーが契約条件を一部変更した上でサインをして返却してきたとします。この場合民法第528条では、「契約の申込みの拒絶と新たな契約の申込み」 とみなされ契約は成立しません。一方、CISGでは、輸出者の申込みに実質的に変更を加えない程度の変更が加えられた承諾に対しては、輸出者が遅滞なく異議を述べない限りその変更後の条件の内容で契約が成立してしまいます。従って、変更を付けれらた契約書を放置しておくと債務不履行(発注したのに出荷しなかった)責任を追及されるなど、思いもよらないトラブルに発展しないとも限りません。
(2)物品検査義務、通知義務
商法第526条と同様、バイヤーは物品受領後実行可能な限り短い期間内に検品する義務を負い(第38条1項)、合理的期間内に不適合の性質を明確にした通知を輸出者に与えない場合は物品の不適合を主張できません(第39条1項)。
CISGでは物品の保証期間は「物品の引渡しから2年間」とされています。正確に言うと、バイヤーは不適合の通知を、物品が現実に引き渡された日から2年以内に行わないと、物品の不適合を主張できないという意味です(第39条2項)。保証期間を例えば「one year after the date of shipment」とするのであれば、契約書に明確に記載する必要があります。
(3)契約解除
CISGでは「重大な契約違反」がある場合に限って契約解除の意思表示をすることができるとし(第49条1項、第51条2項)、当事者が一度は合意した契約をなるべく維持してゆこうとするスタンスを採っています。
(4)危険負担
CISGでも危険負担の移転について規定しています(第67条、第68条)が、インコタームズの方が具体的に規定しており、危険移転時期に若干の違いもみられます。売買契約にインコタームズを採用する旨の記載が無ければCISGが適用されますが、たとえば ”All trade terms provided in the Contract shall be interpreted in accordance with the latest INCOTERMS of International Chamber of Commerce. と記述していれば、インコタームズが優先します。
(5)条約適用の「留保」の存在
CISGに加盟する国は一定の規定の自国への適用を「留保」することができるので、これにも注意が必要です。例えば、契約当事者の一方が条約加盟国であればCISGは適用されるとした1条1項(b)の適用を留保したアメリカ、シンガポール、中国、チェコ等、また、売買契約は書面によることを要しないとする11条の適用を留保した、アルゼンチン、ロシア、チリ、中国、ハンガリー等があります。日本はこれらの留保をしていませんが、各国の留保状況はUNCITRAL のサイトから確認できます。
http://www.uncitral.org/uncitral/en/uncitral_texts/sale_goods/1980CISG_status.html
6.おわりに
これまでの貿易取引では「インコタームズ」、「信用状統一規則(UCP)」、「外為法」が主なルールでしたが、今後はこれらに加えて「CISG」についても留意が必要となります。当事者間での適用排除の特約や、加盟国の留保など例外的な取り扱いが有りますが、貿易取引に関するルールが明確になったことはむしろ歓迎すべき事です。今後、CISGを上手に活用して、中小企業の優れた製品が世界市場に一層の展開をしてゆく事が期待されます。
参考文献
・新堀聰「貿易実務家のためのウィーン売買条約講義」(「貿易と関税」(財)日本関税協会)
・外務省HP
■三上 彰久(みかみ あきひさ)
中央大学法学部卒業。
総合商社にて東南アジア向け産業機械の海外営業に従事。
シンガポール駐在から帰国後は医療機器メーカーに転職し、海外マーケティング畑を歩む。
その後団体職員に転じ、現在は企業内診断士として国際協力・中小企業交流に従事。
中小企業診断協会東京支部中央支会常任理事、同国際部長。
ジェトロ認定貿易アドバイザー。