柳 義久
特に大きなコストをかけなくても身の回りにある「知的資産」を活用することによって、他社との差別化を継続的に実現し、売上を増やしていこうという経営手法が知的資産経営です。「知的資産」とは何か、知的資産をどうやって把握するかについて考察します。
1.知的資産とは
企業が売上を増やす方法として、「マーケティングを強化する」とか「新商品や新技術を開発する」、「宣伝費を増やす」などさまざまな方法がありますが、特に大きなコストをかけなくても身の回りにある「知的資産」を活用することによって、他社との差別化を継続的に実現し、売上を増やしていこうという経営手法が知的資産経営です。
まず、知的資産について、中小企業基盤整備機構が2007年3月に公表した「中小企業のための知的資産経営マニュアル」(以下、マニュアル)では次のように説明されています。
知的資産とは、「従来のバランスシート上に記載されている資産以外の無形の資産であり、企業における競争力の源泉である人材、技術、技能、知的財産(特許、ブランド等)、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク等、財務諸表には表れてこない目に見えにくい経営資源の総称」を指す。とあります。
具体例として、次のようなものをあげています。
◇製造段階での「すりあわせ」に代表される製品への細部のこだわり/技術・ノウハウ
◇顧客との意思疎通による問題解決型の商品/サービスの開発スピードの速さと
それを可能にする組織/システム(取引先の側からの次世代商品のリクエストを含む)
◇レベルの高い要求のフィードバックを可能にするレベルの高い消費者の存在と
消費者と企業の結びつき(質の高いネットワーク)
◇品質や中長期的な安定的存在感、中期的な取引関係等に基づく
信頼に裏打ちされた商品/サービス/企業のブランド力
◇レベルの高い従業員のモチベーションの維持/能力の発揮
及びそれを可能にしてきた雇用・組織関連のシステム
◇技能者の裾野の広さに支えられた知的創造の能力
知的資産は「知的財産」と混同されがちですが、マニュアルでは下図のように定義しています。それは知的財産権や知的財産を包含したより広い概念になっています。
2.知的資産経営とは
そもそも企業経営において、貸借対照表に表示される有形のものである資本金や製品、設備などのカネとモノというような目に見える資産だけで経営ができたり、企業の価値が把握できたりするものではありません。
前述した「知的資産」に注目して、「目に見える資産」だけでなく、「目に見えにくい資産」を把握し、それらを収益に結びつけ、企業の競争力を高めていこうとする経営手法が「知的資産経営」です。
3.知的資産の把握
次に、自社の知的資産をどのように認識し、把握したらいいのでしょうか。筆者は、知的資産を保有していると思われる企業を訪問し取材をしてきましたが、謙遜もあってか経営者が自社の強み、独自性を正確に把握していないケースが多く見られました。自社の強みを具体的に把握する方法のひとつとしてジョハリの窓を活用してみたいと思います。
「ジョハリの窓」とは、心理学やカウンセリングで使用される自己分析の手法です。自己評価をする際に、自分は「非常によくやっている」つもりでも、他人からはそうは見えないとか、あるいはまたその逆に「自分はたいしたことはない」と思っていても他人からは「あの人はすごい」という具合に、「つもりの自分」と「ハタ目の自分」との間にズレやギャップが生じやすいものです。「ジョハリの窓」とは、このズレとギャップを少なくして、より客観的に自分の真の姿を知るためのツールという訳です。
このことは企業という組織にもあてはまります。自社内だけで自社の評価をするだけでなく、取引先や専門家などに自社を評価してもらうことにより真の自社の姿を知ることができます。そのツールとして下図の4つの窓を埋めてみることです。

【明るい窓】 自社でも気づいているし、他社も知っている自社の強み
ここにあげられた項目は、さらに強化しおおいにPRしていく必要あり
【盲目の窓】 他社はよく知っているが、自社では気づいていない自社の強み
自社の強みとして自覚し、さらに強化していく
【隠された窓】自社では分かっているが、他社は知らない自社の強み
外部に評価してもらえるよう、積極的にPRを実施する必要あり
【未知の窓】 自社も他社も気づいていない自社の強み
この部分をどうやって発見・把握していくか、
社内外とのコミュニケーションを図っていく必要がある
未知の窓に限らず、自社の強みを把握するためには、日常的に社内でのコミュニケーションを密にすることと、取引先の声に耳を傾けることが重要になります。
4.老舗企業に見る知的資産経営
最後に知的資産経営の具体的で分かりやすい事例として、知的資産のひとつである経営理念(老舗企業の場合は、家訓・社是・社訓)が、老舗企業の経営にどのように生かされているか、影響を与えているかについて紹介したいと思います。
「百年続く企業の条件」帝国データバンク(朝日新書)によれば、アンケート調査に回答を寄せた老舗企業814社のうち632社(77.6%)の企業に「家訓・社是・社訓」があり、それが経営に果している役割が大きいことを記しています。
同書では、「家訓」が生かされた事例のひとつとして、熊本県の日本茶小売業社長の言葉を次のように紹介しています。
○
「34歳の時に父親が急死し、その5年後に母親も亡くなりました。この五年間を一人で乗り切ることができたのは、家訓のとおり誠実に一所懸命がんばったからだと思います」
父の急逝で経営を任された現社長の精神的支柱として財務諸表には記載の無い「家訓」という無形の資産が経営に生かされた事例です。
また、東京商工会議所HPhttp://www.tokyo-cci.or.jp/chuo/synergy/index.htmlに公表されている「老舗企業の生きる知恵」~時代を超える強さの源泉~から「家訓・社是・社訓」が果たしている役割について幾つかの事例を紹介します。
○
「分相応の誠実な経営」(江戸屋)→ 先代からの教えを守ったからこそバブルの流れにも呑み込まれなかった。
○
「お客さんを大切に信用第一」(国分)→ そのためには約束を守ることが大事。期日までに品物を届け、期日までにお金を支払うこと。そして産地偽装や表示違反などの「見かけ商い」をしないこと。そうした体質が社員に染み込んでいるから、「儲かるが信用を落とすかもしれない仕事」なら「儲からなくても信用を残す仕事」を優先する精神となっている。
○
「一客、二店、三己」(千疋屋総本店)は店是(てんぜ)→ まずお客様の信用が第一。次に店が大事。これは物理的な店構えというのもそうだが、店員とか従業員が大事ということ。三番目の己というのは自分。またクオリティーの高さが信条であり、質を落として量を確保することはしない。
○
「三徳主義」(銀座ヨシノヤ)→ 「お客様に喜ばれるものを売る。取引先を大切にする。そうすることによって、自然に徳が戻ってくる」という訓え。創業者の矢代徳次郎は、お客様とのコミュニケーションの中から、今流に言うとお客様のニーズを探り当て、それを職人に伝え、さらに店の主張を入れた靴を作らせ販売してきた。それが顧客の信用を得ることとなった。
列挙すれば切がありませんが、知的資産のひとつである経営理念が、難しい経営判断を迫られた時だけに限らず、日常的に従業員の行動基準にも作用して安定経営に大きな役割を果たしている事例をご紹介して、知的資産が強みの源泉になっていることをご理解いただければ幸いです。
■柳 義久(やなぎ よしひさ)
中小企業診断士(平成20年4月登録)
中小企業診断協会東京支部中央支会理事
老舗企業研究会 代表幹事