山川 美穂子

 
1.新しい流行「ビッグデータ」
 マーケティングの手段として「ビッグデータ」が注目されています。ビッグデータとは、大量のデータという意味です。一般的には最先端の情報通信技術を活用し、収集した大量のデータを高速で解析することで業務の付加価値を高めることを「ビッグデータの活用」ということが多いようです。
少し前には、ネットワークの活用に重点を置いて「クラウドサービス」ということばが流行しました。現在は蓄積されたデータに注目した「ビッグデータ」ということばが流行しているようです。データの分析については、1990年代にデータを統計的に分析する「データマイニング」ということばが流行りました。ビッグデータは技術進歩を背景に、データマイニングを更に進化させたものといえるでしょう。販売促進、製品開発、メンテナンスサポートなどビッグデータに期待される分野は多岐にわたっています。
2.ビッグデータを活用する
 ビッグデータを活用するためにはまず、データを収集し、データを蓄積・処理可能な状態にし、最後に処理・分析します。データの収集は、カスタマーデータだけでなく、ソーシャルメディアデータ、ウェブサイトデータ、ログデータ、オペレーションデータ、センサーデータなど様々なデータが対象となります。
 活用することができるデータの量は近年飛躍的に増大しています。今年行われたロンドンオリンピックを例にとってビッグデータの規模を推定してみましよう。ロンドンオリンピックは、英国政府がその威信をかけてビッグデータを世界中に発信したオリンピックでした。NetAppの公式ブログによれば、1秒間に60ギガバイトのデータが流通し、2000時間分のライブ映像が、1万4000局の放送局から世界中の40億人に送られました。ツイートは1秒間に1万3000、フェイスブックでは8億4500万人が毎日15テラバイトのデータを集めました。
3.どのようなことができるのか(国内の例)
 ビッグデータの活用事例を各社のウェブサイトから集めてみました。販売促進などの営業活動に利用できることはもちろんですが、こんな利用方法もあるのです。
①顧客の特性に合わせた広告を一人ひとりに
 楽天は、リアルタイム性を加味したデータベースシステムにより、会員のデータを集約・分析しています。会員の属性、商品購入履歴、サービスの利用履歴、ポイント活用などのデータを日次で分析し、顧客特性に応じた広告を配信、クリック率や購買率を向上させています。
②搭載物の配置を管理する
 ANAの最新鋭機「B787」は、数百人規模の旅客や預け荷物、搭載貨物の重量などのデータを分析し、機体の重心が最適な位置になるように全搭載物の配置を瞬時に割り付けることができ、運行の安全性と燃費向上を図っています。
③橋のメンテナンスを自動的に行う
 東京ゲートブリッジには多数のセンサーが設置されており、橋のひずみや振動を常時検知できるようになっています。橋の破損状況を分析したり、通過車両の過積載を遠隔監視することもできます。
④車両情報を細かく管理する
 コマツでは、GPS等によって建機の稼働状況を把握しています。建機の稼働データの分析によって、建設需要が増大する地域の予測や、メンテナンス状況の把握、正確な与信確保などに役立てています。
⑤みかん栽培の果樹を管理する
 有田の早和果樹園では、センサーで気温、湿度、土壌の温度・水分、降雨量、日射量などのデータを収集しているほか、樹木5千本にIDを付与し、育成状況や病害虫の発生状況を把握し、みかんの生育と降雨量、害虫の発生などの相関関係を分析しています。
⑥健康情報を管理して病気を予防
 徳島大学病院では、慢性疾患対策の観点から、継続的な健康情報の管理により、包括的な疾病予防管理サービス提供につなげています。診療データは分散処理ソフト「Hadoop」やデータ管理ソフト「Cassandra」を組み込んだシステムで、管理・分析を行っています。
4.どのようなことができるのか(海外の例)
 ビッグデータは、海外でも注目されています。例えば米国の保健医療(ヘルスケア)の分野では年間3000億ドルの価値を生むと期待されています。いくつかの例を見てみます。
①犯罪の発生を予測する
 過去8年分を含む毎日の犯罪データを分析するシステムがカリフォルニア州サンタクルーズ市で構築されています。市内を500フィート四方のメッシュで区切り、最も犯罪が起きる可能性の高い地域を警察官に知らせます。
②クレジットカードの不正検知
 VISAでは、クレジットカードの不正感知について、全会員の利用パターンを作成してカードの利用・取引状況を分析しるシステムを構築し、従来は一ヶ月に一回だった不正検知パターンの更新が1日に複数回実施できるようになり、精度が向上しました。
③新生児の集中治療
オンタリオ工科大学では、新生児に装着されたセンサーから送られるバイタル・データをリアルタイムで収集・分析し、心肺停止や院内感染の罹患リスクの存在を把握しています。
5.主要な法的フレームワーク
 ビッグデータはこれから本格的に活用されていくと思われますが、法的には今後詰めていかなければならない問題がたくさんあります。
①取扱いに際して遵守すべき法令
 ビッグデータを活用してユーザに商品やサービスを提供する場合には、個人情報の関係では個人情報保護、プライバシー保護、営業秘密、通信の秘密などが適用になります。また、取得するデータに関する著作権関係の法令があります。しかし、センサーで収集されたM2M(Machine to Machine)関係情報については、これらの法制度が原則適用されないと考えられます。
②データの法的保護
 成果物が第三者によって流用された場合の事業者の保護については、成果物に創作性があれば著作物としての保護が受けられますが、創作性のないデータ(ファクトデータなど)は著作権法の範囲外になりそうです。
③解析結果の提供と法的責任
 提供された解析結果が間違っていたり、不正確だったりしたような場合には、通常は責任減免条項によって対応されますが、このような条項がどこまで有効かについては議論がありそうです。
 これまでにも、顧客データなど様々なデータをマーケティングその他の企業活動に活用しようとするシステム提案は何度かありました。ビッグデータがこれまでの提案と違うところは、M2Mのデータを含め取り扱うデータ量が膨大であり、処理速度が高速であるということです。乗り遅れた企業は生き残れないとの指摘もありますが、著名なシンクタンクであるガートナー社の資料「Gartner Predicts 2012」では「2015年までに、Fortune500企業の85%以上が、ビッグデータを競合優位性確保のために効果的に活用することに失敗する」と指摘しています。導入を焦ることはありません。できるところから着実に考えていきましょう。
 
■山川 美穂子
中小企業診断士