山根 孝一

会社にとっての成長の鍵は人材の成長
 新人を採用しても、忙しいので教育に手が回らないまま辞めていく。この悪循環をどうすればいい?というご相談を最近良く耳にするようになりました。会社にとっての成長の鍵は、人材が成長してより多くの付加価値をもたらすことであるといっても過言ではありません。
 当コラムでは、部下が成長するために、会社として何をなすべきかについて考えてみたいと思います。多くの書物が「何をなすべきか」というとすぐ部下育成のハウツーを中心に語られていますが、今回はまず始めに、なぜ部下育成が大切なのかについて述べ、その後効果的な部下育成のあり方(いわゆるハウツー)について述べます。
人材育成は超長期の先行投資
 先ほどの、人材が成長することが付加価値をもたらすという言葉に違和感はなかったでしょうか?会社にとっての付加価値とは利益のことを指します。だから、新人育成に時間をとられ、その分売上げが思うように上がらなかったり、戦力外である新人の人件費は無駄なコストと考えると、一刻も早く一人前に育成して元を取るという考え方も間違っているとは言えません。
 しかし、新卒であれ中途であれ、新人が一人前に成長していく過程で回りのメンバーはどのように関わっていたでしょうか?一連の作業をわかりやすく順を追って説明したり、チェックポイントを箇条書きのメモにして渡してあげたり・・・何度も同じことを説明するのが面倒だと思えば、マニュアル作りに取り組む人が現れるかも知れません。
 また、新人との会話の中から新鮮な気づきをもらって新たな企画に結び付けたり、ユーザー目線での製品改良に結びつくこともあるかも知れません。何より、新人が尋ね、先輩が答えるという繰り返しから組織が活性化されたり、モチベーションが向上するというメリットも長い目で見れば計り知れないものがあります。このように、新人を育てることは短期間ではコストに見えますが、長期的に見れば会社の成長に欠かせない先行投資であると言えるのではないでしょうか。
会社全体で作り出す組織風土
 ここで大切なことは、経営者や一部の管理職だけが育成を考えるのではなく、組織の一人ひとりが新人の育成にどう関わっていくかということを真剣に考え、実行していくことです。また、それが組織の習慣になり風土と呼べるようになるまで、経営者は声を大にして訴えていかなくてはなりません。
 部下に仕事を任せることを権限委譲といいますが、始めのうちは失敗は付きものですし、部下を支援するためには手間も労力もかかってしまいます。ある自動車整備工場の社長が、「従業員が育たないからどうしても自分でやっちゃうんだよねえ」と不満を漏らしていました。しかしこのやり方では、いつまで経っても一人前の仕事はできないでしょう。社長自身の行動が従業員の成長を妨げているのに気づいてなかったようです。
 目の前にある仕事をこなしていくだけの近視眼的なやり方では経営とは言えません。古くから「一年の計は穀を樹(う)うるに如(し)くはなし、十年の計は木を樹うるに如くはなし、終身の計は人を樹うるに如くはなし」(管子)と言われるように、人を育てるには長期的な視点が必要です。ぜひこの機会に自社のビジョンや育成方針について、会社全体で考えていただきたいと思います。
効果的な育成のあり方
 次に、効果的な育成のあり方について話を進めます。ここでは現在主流といわれているマネジメント理論やリーダーシップ理論のいくつかを紹介し、実務での活用法について述べていきます。
 
マズローの欲求段階説
 人間の持つ内面的欲求は5段階の階層に分かれており、低次の欲求が満たされると順々により高次の欲求を求めるようになる、という仮説です。すなわち、人間は第1段階の生存の欲求が満たされると、より高次元の段階の欲求(第2~第4)を求めるようになり、最終的には第5段階の自己実現の欲求を求めるようになるという考え方です。
第1段階: 生理的欲求
 食欲、排泄欲、睡眠の欲求など「生きること(生命の活動)」と直結した欲求のことです。
第2段階: 安全・安定の欲求
 危険や脅威、不安から逃れようとする欲求です。
第3段階: 所属・愛情欲求/社会的欲求
 集団への帰属や愛情を求める欲求で「愛情と所属の欲求」あるいは「帰属の欲求」ともいわれます。
第4段階: 自我・尊厳の欲求
 他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求で尊厳の欲求ともいわれます。名声や地位を求める出世欲もこの欲求の一つです。
第5段階: 自己実現の欲求
 各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求のことで、潜在的な自分の可能性の探求や自己啓発、創造性へのチャレンジなどを含みます。
 給与水準や労働環境改善がモチベーションの維持につながった時代もありましたが、今では自らがやりたい仕事に就くことや、社会的な貢献を重視する方向に向かいつつあることを示唆しています。現場においては、部下に対して仕事の意義や貢献性を繰り返し伝えていくことが重要です。
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マクレガーのX理論Y理論
 マズローの欲求段階説をもとにしながら、「人間は生来怠け者で、強制されたり命令されなければ仕事をしない」とするX理論と、「生まれながらに仕事が嫌いということはなく、条件次第で責任を受け入れ、自ら進んで責任を取ろうとする」Y理論とがあるという考え方です。
 X理論においては、マズローの欲求段階説における低次欲求(生理的欲求や安全の欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデルで、命令や強制で管理し、目標が達成出来なければ処罰といった「アメとムチ」によるマネジメント手法となります。一方、Y理論においては、マズローの欲求段階説における高次欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を比較的多く持つ人間の行動モデルで、魅力ある目標と責任を与え続けることによって、従業員を動かしていく、「機会を与える」マネジメント手法となります。
 現代のように社会の生活水準が上昇し、生理的欲求や安全欲求などの低次欲求が満たされている時には、X理論の人間観によるマネジメントは管理対象となる人間の欲求と適合しないため、モチベーションの効果は期待できません。このため、Y理論に基づいた管理方法の必要性が高いという主張です。現場においては、上司が信頼し、期待していることを繰り返し伝えることが重要です。
PM理論
 
 リーダーシップ行動論の1つで日本の社会心理学者、三隅二不二(みすみ じゅうじ)が提唱しました。PM理論とは、リーダーシップをP:Performance「目標達成能力」とM:Maintenance「集団維持能力」の2つの能力要素で構成されるとし、目標設定や計画立案、メンバーへの指示などにより目標を達成する能力(P)と、メンバー間の人間関係を良好に保ち、集団のまとまりを維持する能力(M)の2つの能力の大小によって、4つのリーダーシップタイプ(PM型、Pm型、pM型、pm型)を提示し、PとMが共に高い状態(PM型)のリーダーシップが望ましい、とした理論です。上司は組織目標の達成だけでなく、組織をまとめ、各人のモチベーションの維持にも注意を払うことが大切です。
PM型(P・M共に大きい) 
    目標を明確に示し、成果をあげられると共に集団をまとめる力もある理想型
Pm型(Pが大きく、Mが小さい) 
    目標を明確に示し、成果をあげるが、集団をまとめる力が弱い。
     成果はあげるが人望がないタイプ
pM型(Pが小さく、Mが大きい)
    集団をまとめる力はあるが、成果をあげる力が弱い。
    人望はあるが、仕事は今ひとつというタイプ
pm型(Pが小さく、Mも小さい)
    成果をあげる力も、集団をまとめる力も弱い。リーダー失格タイプ。

PM理論

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まとめ
 以上の理論のほかにも、さまざまな理論や手法がありますが、大切なことは部下一人ひとりの長所短所を見極め、成長のペースに合わせた育成方法に習熟し継続的に実行していくことです。また、そうした管理者の行動を、経営者が正当に評価する仕組みを作っておくことも必要でしょう。
 都内で英会話教室を経営している会社では、社員の成長のステージに合わせたキメ細かな評価基準を設定しています。「笑顔で生徒に接することができる」「朝の挨拶がきちんとできる」など、一見すると社会人として当たり前の行動ですが、上司が部下を観察しタイムリーにフィードバックすることで部下が安心して能力を発揮できる風土を作り上げています。
 従業員が思ったほど成長していないと感じた時には、成長を妨げているようなことがないか社内を再点検してみることをお勧めします。
 
 
 
■山根 孝一(やまねこういち)
中小企業診断士・行政書士
一般社団法人東京都中小企業診断士協会/中央支部理事
一般社団法人ちよだ中小企業経営支援協会理事長
中小企業の経営支援の傍ら、企業研修講師として
新任管理職研修などに多数登壇実績がある。