兼子 俊江

 今、「働き方改革」が注目されています。2016年6月「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定され、8月に発足した第3次安倍第2次改造内閣が「働き方改革」を政策の柱に一つとして掲げたことも、拍車をかけています。
 企業は今後、残業時間の上限規制、同一労働同一賃金等々への対応が求められてくると考えられますが、それを実践するためには、労働生産性を向上させながら、実労働時間を削減させるという難題に取り組まなければなりません。まさに既存の「働き方」を抜本的に見直し、新たな価値が創造できる組織への変革が求められるのです。
 これを組織力強化の機会と捉え、攻めの戦略として取組んでください。

1.すでに未来は決まっている~労働人口減少に対処する~
 政府が「働き方改革」に取組む理由の一つは、日本の労働力人口の減少にあります。総務省が発表した2015年国勢調査総人口の結果は、1920年の調査開始以来、初めて前回調査(2010年)から減少に転じました。
 人口推移のうち、経済・労働環境を考える上で特に問題になるのは、「生産年齢人口(15~64歳の人口)」です。国立社会保障・人口問題研究所の報告によれば、2010年には8,173万人以上の生産年齢人口は、2030年に6,773万人になると推定されています。加えて高齢化の進展は、介護のため離職せざるを得ない働き盛りの管理職層を増加させていて、労働力人口はさらに減少の一途をたどると危惧されています。
 労働環境が厳しい会社の人材不足は、すでに深刻な状況にあり、「中小企業白書2015」では、人材獲得における中小企業の課題と新たな取組みを取り上げています。
 それでは「働き方改革」が、何故労働人口減少を迎えた日本の処方箋となるのでしょうか。

2.誰もが働きやすい仕組みをつくる~多様な人々を活用する~
 高度経済成長の時代を支えた日本の一般的な働き方は、社員が定時に出社して仕事に従事し、残業も容認するものです。会社を優先した考え方に立脚していて、社員の生活と仕事の両立を考慮したものではありません。両立できる働き方を可能とする柔軟な仕組みを持ち、様々な背景を持つ多様な人材を活用することができれば、働き手は家庭などの事情で労働市場から退出しなくてもすむのです。
 前述した親世代の介護に携わる社員にとって、仕事と介護が両立できる「仕組み」があれば、離職が回避され、貴重な人材を継続して雇用することができます。
 日本は世界と比べて、出産、育児で離職する女性の割合が高い社会です。保育園の整備など、女性の活躍を支援する施策が強化されています。併せて、女性が育児をしながら継続して働ける「仕組み」があれば、女性のキャリア形成を途絶えさせず、優秀な人材を育てていくことが可能になります。
 労働人口の絶対数が減少する中において、多様な人材の活用とそれを支える働き方が、社会の要請となっているのです。

3.質の高い賢い働き方に変わる~社員任せから会社責任で進める~
 「働き方改革」の目的は、それだけではありません。情報技術の進歩やグローバル化は、市場を変化させ、ビジネススピードを加速させています。業務効率化を図る、つまり質の高い仕事のやり方に変えていかなければ、激変する事業環境に適応できません。
 さらに政府内では、無制限の残業を認める「36協定」見直しに向けた議論が始まり、残業時間の上限規制導入が検討されています。残業時間の削減において、既存の枠組みの中で労働時間のみを削り、同じ仕事量を増員なしでさせることは不可能です。業務を洗い出し、効率化を妨げている一つひとつの業務を見直し、「効率の高い=質の高い」働き方に変える必要があるのです。
 ただし、新しい働き方の導入は社員任せにせず、必ず会社として責任をもって進めることが重要です。例えば、移動中の隙間時間にモバイルツールを用いて仕事を行っている人は多くいます。もし勝手に個人所有のスマートフォン、無料クラウドサービス利用、業務用ノートパソコンを持ち出しているのであれば、組織のあずかり知らぬところで重要な情報が扱われ、新たなセキュリティリスクを発生させている可能性があります。社外でも社内と同じように業務を行うことを認めるのであれば、会社として方針を示し、社外で業務を行う際のガイドラインを策定する、社員を教育する、会社情報を扱うデバイス(ノートパソコンやスマートフォン等)を管理する、社外に持ち出した重要書類やデバイスを紛失するなど事故が起きた際の手順書を整備する、などの対応を行うことです。
 働き方改革は、会社の責任で行うと認識しなければなりません。

4.攻めの戦略と認識する~ビジネスや業務の変革である~
 メディアが取り上げる「働き方改革」の事例は、比較的規模の大きな企業のケースを多いようですが、中小企業も事業の成長や再構築を検討する際に、いろいろな仕組みを導入して、働き方を変えています。
 筆者が企業支援の中で整理した経営課題別に、中小・小規模企業の取組み事例をご紹介します。

(1)社内に限定せず、どこでも効率よく仕事をする…モバイルワークの導入
【A社:情報提供サービス】
オフィスはフリーアドレス(社員が机を持たず、ノートパソコン、スマホ等を持って空いている席で仕事をする)にして、資料類はクラウド上に保存して情報共有を図る。フラットな対話が生まれる環境で、新しい企画が出やすくなった。社外でも社内と同様に仕事ができるシステムを導入することで、帰社しなくても、どこでも業務が継続できるので、移動時間を削減し、効率的に仕事ができるようになった。

(2)個別事情を持つ社員の力が発揮できるようにする…ワークプレイスの多様化
【B社:設計】
在宅勤務制度を導入し、育児・介護中の社員の生活と仕事を両立させる。時間的制約のある社員の採用をきっかけに、社員の特性を重視した体制に移行した。在宅勤務時に「納期が短い」「責任が重い」等の業務は不適切であり、仕事内容への配慮は必要である。会社は対象となる社員の住居形態等作業環境を事前に現地確認して許可する。社員が使うパソコンは毎月、本社でチェックを行い、電子メール、IP電話、SNS、スケジュール管理等を使って仕事を遂行する。社員は精神的・肉体的な負担が軽減され、業務への集中度が高まった。自由裁量権が拡大することで、成長にもつながっている。会社としては人材育成のみならず、生産性向上、コスト削減面でも成果が出ている。

(3)拠点間の距離を縮めて組織力を発揮する…コミュニケーションの強化
【C社:製造業】
東京と九州にある工場の拠点間でWEB会議システムを導入し、打合せや会議に伴う時間と経費の削減を図る。スピーディーな情報共有が図られ、会議出席における出張費が大幅に削減された。WEB会議システムの活用を浸透させるため、導入目的の会議だけでなく、朝礼や定例会議にも使うことで、会社として不可欠なシステムに育った。毎朝、朝礼で顔を合わせることで、離れた拠点間が一体感を持って仕事に臨めることを実感している。

(4)リアルタイムの情報共有で意思決定を早める…ビジネススピードの向上
【D社:アパレルチェーン店】
4店舗を展開し、各店にはiPadと業務用スマホを配布した。社長と各店はLINEでつながり、定型の日報とは別にリアルタイムで店頭情報を共有する。社長の意思決定が早まり、例えば商品の店舗間移動が早くなり販売機会を獲得するなど、チェーンオペレーションが効率化された。またインスタグラムサービスを使って、店頭の写真を共有している。店長が他店のやり方などノウハウを共有することで、人材育成にもつながっている。

4.全社戦略で取り組む~自社の「働き方」を描く~
 前述の事例でお気づきのとおり、新しい働き方は情報技術=ICT(ノートパソコン、スマートフォン、グループウェア、無線LANなど)が大きな役割を担っています。
 ところでICT活用は、これまでも業務効率化に重要な役割を果たしてきましたが、業務改善の視点で導入されてきました。しかしこうした個々の改善成果に着目した「どのように仕事をするか」とする方法論から、今後は「人はどのように仕事と関わるか」という将来の組織のあり方を論じ、就労形態、雇用形態、指揮命令等々をデザインする必要があります。組織強化という目的を定め、外部環境の変化を見据えて自社が採るべき「働き方」を想い描くことがスタートとなります。ツールありきの業務改善では、人材の確保や柔軟な組織体制、多様な働き方への対応にはならないことに留意する必要があります。

 「働き方改革」の本質は、社員の生産性を高め、事業を取り巻く環境の変化に適応し、成長するための戦略です。これまで培ってきた会社の風土やルールを変えてでも取組む覚悟が必要です。

【略歴】
兼子俊江
中小企業診断士 情報処理技術者
オフィスカネコ代表 (株)B.S.JAPAN取締役
(一社)東京都中小企業診断士協会中央支部 副支部長