鴨志田 栄子

 東京都中小企業診断士協会の中に、「人を大切にする経営研究会」があります。私も、すぐに入会いたしました。CS(Customer Satisfaction:顧客満足)を実現している企業に共通することは、社員がみんな主体性をもってイキイキと働いており、そのような企業の多くは、会社が社員を大切にしているからです。このような企業になるためには、「理念経営」が大切なのではないでしょうか? 理念とは、基本的な考え方や姿勢表すもの。それに全社員が共感し、それを主体的に実践していくことが、理念経営であると考えています。

 先日、出張先で、まさに「理念経営」を実践している会社に出会いました。広島市のタクシー会社、つばめ交通株式会社です。2日間にわたり2度、同社のタクシーに乗車する機会がありました。2人の乗務員の方々と出会いましたが、その対応のすばらしさは、まさに、「経営理念」を実践していると実感できるものでした。企業様にヒアリングをしたわけではありません。私自身が実際に見聞きしたことを、以下に紹介します。(つばめ交通株式会社様から、掲載の許可をいただいております。)

1.はじまりはタクシー車内の月刊誌『理念と経営』から
後部座席に座ったときのことです。前の座席の背もたれのラックに、この月刊誌が置かれていました。過去に私も購読をしていた雑誌なので、新鮮な気持ちで、すぐに手に取ってみました。社長が、約120台のタクシーの全乗務員に、毎月、配布していると乗務員の方から伺いました。1冊1080円。毎月、約120台分、購入していることになります。そして、掲載されているある記事を指定して、乗務員に感想を求めています。

2.つばめ交通株式会社の理念
ここで、同社のHPから、この会社の理念を引用紹介します。なんと「5つの理念」があるのです。
(1)経営理念……「私たちつばめ交通は人に優しく人と社会のお役に立つ企業を目指します」
(2)安全理念……「安全は全てに優先する」
(3)営業理念……「選んで頂けるつばめを目指し、お客様感動の追求」
(4)人事理念……「人の可能性を信じて : さじをなげない」
(5)全社員実践目標……「明るい笑顔と元気な挨拶」
そして、同社のHPでは、以下のように紹介しています。
「社員全体が理念を理解し、実践できるよう、職能教育、態度教育と並んで価値観教育を重視して、「ハンドルは手で握るな、心で握れ」という言葉通り、単にプロドライバーとしてだけでなく、一流の接客サービス業としての人材教育に取り組んでおります。」

3.理念を実践している乗務員の言動
以下は、私が接した2人の乗務員の方から実感したことです。
(1)高いプロ意識
乗務員の方は、私たちは、ただ、タクシーを運転して、ただ接客サービスを提供しているわけではないと言います。サービスを通じて、お客様に喜んでいただけるような価値を提供していくことが大事であると……。このようなお話を伺い、乗務員の方々の意識の高さを感じることができました。
だから、当然、乗車時のとても気持ちの良い挨拶「私はつばめ交通の〇〇です。安全運転でまいります」もうなずけます。そして、タクシーを配車してくださった私のお客様からも、この会社の乗務員の方は、お客様が乗車した後、お見送りしている方々にも、「安全運転で責任をもってお客様をお送りいたしますので、ご安心ください」と挨拶をしていることを伺いました。
また、乗車すると、すくに「シートベルトをおしめください」と言われました。「高速道路でもないのに?」と感じたのですが、「特に安全には、他のどの会社よりも、大切にしています。ここまで徹底している会社は、他にないと思います。」と続けて言われたので、素直に受け入れることができました。

(2)さりげない気配り
仕事が終わり、帰京するために、広島駅新幹線口まで乗ったときのことです。到着しても、扉が開く気配がないのです。すると「お客様、お荷物が沢山ございますので、ここからは、駅の入り口まで少し歩くことになります。できれば、駅の入り口の前まで移動したいと思います。今、その場所が空いているかどうか確認をしています。……あっ、空きましたね。あちらにまいります」。過去に数えきれないぐらいタクシーを利用していますが、このようなサービスは初めてでした。

(3)感謝の姿勢
私は、地方出張が多く、各地でタクシーを利用しています。中には、不愛想な乗務員も沢山います。「ご予約のお時間から5分を経過した時点で料金をカウントいたします。」と、約束の時間に遅れたお客様が悪いと、堂々と説教をする会社もありました。しかし、つばめ交通の乗務員の方は、「お客様をお乗せしてからメーターを作動いたします。遅くなったお客様は、みなさん、「遅くなって、すみません」とおっしゃられます。その一言をいただけることが有り難いことです」と言います。お客様を信用している姿勢がとても嬉しく感じられました。

(4)乗務員の方の仕事に対する誇りの源泉は社内教育
なぜ、どの乗務員の方も、楽しそうに、そして自分の仕事に誇りをもって働いているのだろうか? 私は、会社が彼らを大切な経営資源として、育てているからであろうと考えました。月刊誌『理念と経営』を全乗務員に配布し、課題を与えて感想を求めているだけでも、素晴らしいと思っていましたが、乗務員の方によると、さらに、毎月、全乗務員が参加する勉強会をされているのだそうです。外部から講師を招いて、1時間半ほどの勉強会。その時間帯は、営業に出ている車両はないとのこと。具体的にどのようなことを学んでいるのですか?と尋ねると、「先日は、挨拶の滑舌について学びました」との答えが返ってきました。嬉しそうにそう答える乗務員の方から、教育の効果が伝わってきます。今回は、2人の乗務員の方々と出会いましたが、2人とも、はきはきと話しをされています。そして声が明るかったことが私の心に残っています。

(5)社長への信頼感
「素晴らしい社長さんですね」と私が伝えると、「社長が率先して対応しています。そんな社長を尊敬し、好きですから、私たちも喜んで対応しています」と返ってきました。それは、私にとって、まさに、逆さまのピラミッド型組織で、社長が、社員をサポートされているように思える一言でした。

この会社は、約3分の2が、お客様からのご依頼、ご予約による営業だそうです。いわゆる辻待ち営業(空車タクシーがお客様を探す為に路上駐車をすること)を会社として禁止しているのです。たまたま、お客様が降りた場所で、別のお客様から、乗せてほしいとのお声がかかったときは、それを拒否することは乗車拒否になるので、気持ちよくお乗せしますと、乗務員の方から説明をいただきました。そして、駅の構内などで待つこともないそうです。今回の体験から、私は、また、広島市を訪問することがあったら、迷わず、このタクシー会社を指名することでしょう。

私自身、中小企業診断士の資格を取得する前、消費生活アドバイザーの資格を取得し、その協会でCS研究会の活動をしていました。かれこれ20年前のことです。この間、さまざまな形で、企業のCSの在り方を研究してまいりました。組織のCS向上には、①風土づくり、②人づくり、③仕組づくりが必要であるというのが、私の考え方です。はじめは、「風土づくり」です。そのためには、理念を全社員が共有して、いかに実践していくのか、社員全員の「心」を束ねていくことが重要と考えています。その上で、社員一人ひとりの知識、能力、技術等の向上を図っていくことが望まれます。そして、仕事のやり方、サービスの提供の仕方などを改善していく仕組みづくりへとつなげていきます。

今後も、「理念経営」の重要性と、その具体的な手法を、中小企業の皆様にご提供できるよう、努めてまいります。

●鴨志田 栄子(かもしだ えいこ)
中小企業診断士、消費生活アドバイザー、キャリアコンサルタント、野菜ソムリエ
中小企業診断士協会 中央支部 副支部長
同支部認定マスターコース 稼げる!プロコン育成塾 塾長
有限会社CSマネジメント・オフィス代表