Global Wind (グローバル・ウインド)
北京便り-目覚めたチャイナ・ドラゴン
 

中央支部・国際部 堀内 詳介

 現在、二度目の中国駐在であり駐在期間も上海8年、北京4年と早12年となった。最初に中国に赴任したのが1995年上海、第二次中国投資ブームのときであり、日中友好の気運もあった。その間、中国GDPは世界7位から2位へと躍進した。中国経済発展のダイナミズムを体感し、また多くの中国の方々とも交流できたことは得がたい経験であり全ての人々に感謝している。残念なのは、今年9月の反日デモである。日中関係に大きな傷を残し、日系進出企業とりわけ自動車産業にとってのダメージは大きく、戦略変更をせざるを得ない状況に陥っている。明らかに中国一般市民の日本に対する空気は変わった。直接的には外交問題がきっかけであるが、背景には中国が経済的に実力を付け、日本に頼るところが小さくなったことがあるように思える。今回の出来事は、日本人駐在員にとって、改めて此処がアウェーであることを強く認識させられるものとなった。こうした状況である今こそ、中国ビジネスを悲観論でも楽観論でもなく、また思い込みでもない取り組みが必要であろう。本稿では、①直近の経済動向と将来予測、②実寸の中国を理解していただくため、北京が抱える都市問題の一つを取り上げた。
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●中国一つの省GDP(GRP)は、マレーシア・タイより大きい
 経済が鈍化したといってもGDP成長率7%台を維持し、世界経済を牽引している中国。
 2025年には中国GDP総額は、米国を抜き世界1位になるとの試算がある。本年第三四半期GDPは前期比2.2%増となり、9月輸出額も前年同月比9.9%増の14.7兆円と、単月としては過去最高額を記録した。既に景気減速の底を打ち、潮目が変わったとの見方が出ている。上海・大連・北京一人当たりGDPは、1985年の日本と同水準にあり、大都市住民は既に明日への不安がなくなっている。こうした意識変化が消費を支えている。ゴールドマンサックス将来予測によると、2025年・2050年でのGDP国力増加比較では、日本は微増であるのに対し、中国GDPは2025年時点で日本の3倍、2050年では10倍にその格差は拡大するとしている。既に中国一つの省GDP(GRP)は、マレーシアやタイ一国より大きくなっている。GDPを始め全ての経済指標で伸びており、中国は経済成長での自信を確信してきている。
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●急成長する自動車産業と大気汚染
 こうした経済発展の原動力であり、国家最重要産業の一つに掲げられているのが自動車産業である。本年度2000万台の新車販売が計画され、2020年には保有総台数は2億台に達するとみられている。現時点では、中国全国1千人当り乗用車所有台数は58台に過ぎず、米国790台、日本596台と比べても、その市場成長潜在力の大きさが窺える。自動車市場を先取りし、マーケティング・モデルを試行している北京には、世界の自動車メーカーの中国戦略本部の拠点が集まっている。世界ブランドの自動車メーカーにとって、中国市場抜きの戦略は成り立たない。独フォルクスワーゲン社の中国での販売台数は、本国ドイツを上回り、世界売上げの5割に達している。これによりドイツ本社スタッフ1200名近くを北京重点に異動増員させ組織強化を図っている。北京がこうした世界ブランドの自動車メーカーの主戦場となったことも貢献し、北京の自動車保有台数は、既に1千人当り229台に達している。さらに都市化推進と所得上昇、不動産資産価値の膨張による富裕層の急増等により自動車保有台数は伸び続けている。しかし一方で、このことが北京に深刻な交通渋滞と大気汚染をもたらしている。 
 飛行機からみる北京はすっぽりと汚染された空気ドームのなかにある。空気汚染で、特に問題になっているのは「粒子状物質」である。北京市の粒子状物質(PM10:直径10ミクロン以下)は東京都の約5倍のレベルに達し、さらに粒子の小さなPM2.5(直径2.5ミクロン以下)の増加により、循環器系疾患による死亡リスクは6割高くなったといわれている。
 この汚染物質が、偏西風に乗って黄砂と共に日本に達するので他人事ではない。日本の環境技術の貢献が大きく期待されているところである。中国第12次5ヶ年計画でも環境・都市問題は最重要テーマとされており、外資参入の機会が期待できる分野でもある。
 こうした生活環境の悪化などに伴い中国人の健康に対する意識も高まり、医療保険や健康管理分野での消費支出は、2002年・2010年比較で2倍に拡大している。例えば健康食品市場は、1.3兆円規模に達し、2025年には5.85兆円になるとの予測がある。いずれにしても中国の健康・医療市場が急伸することは確かである。
 中国での将来的発展マーケットを思考するとき、こうした環境問題やエネルギー、医療・健康サービス等といったものがビジネス・キーワードになる。
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[北京金融街と交通渋滞(出所:Wikipedia)] 04_NASAデータから分析した中国大気汚染.png
[NASAデータから分析した中国大気汚染。濃い赤が深刻] 05_(左)PM25_50.jpg    06_(右)PM25_333.jpg
[左:2012.10.2 PM2.5は50とめったにない低レベル] [右:2012.10.26 PM2.5が333まで上昇。Hazardと米大使館警告] ●中国市場を、慎重に見極め且つ強かに取り込む
 日本では、中国衰退論を書くと本が売れるようである。国家級プロジェクト規模の大きさやインフラ整備、産業発展実態をみていると、一部危うさはあるものの衰退という言葉は当てはらない。内陸部の各都市でも、広州、上海、北京、天津といった成功した沿海部エリアを発展モデルとして、争ってインフラ整備や企業誘致を活発化させている。林立する建設クレーンは、まるでチャイナ・ドラゴンが永い眠りから覚めた姿にみえる。GDPに占める消費寄与割合は欧米日本と比べても3割~5割程度低く、健全な経済拡大の余地を大きく残している。
 今回の反日デモや日本製品不買運動を契機として、親日的なタイやミャンマー等へ投資進出を中国からシフトさせるべきとの意見が聞かれる。中国リスクが顕在化した現状では当然出てくる選択肢である。しかしながら中国市場の将来性と規模の大きさを考えると、撤退や市場不参入による機会損失は余りにも大きい。
好むと好まざるに関係なく、中国は当面、世界経済や政治に影響力を持ち続ける。大きなうねりの中にある中国市場を、慎重に見極め且つ強かに取り込む智慧があれば、日本の中小企業にとっても、千載一遇の機会があることを強く感じる。