Global Wind (グローバル・ウインド)
英国ビジネス事情

中央支部・国際部 永山 信一

 前回(2014年1月)のグローバルウィンドで、英国に駐在したときの生活事情を中心にエピソードを書きましたが、今回はビジネス編ということで、仕事を通じて経験したエピソードを一つ紹介します。
元同僚からの突然のメール
 私が英国に駐在していたのは1999年から2004年までですので、もうずいぶんと昔ですが、駐在当時の元同僚スティーブから、先月突然メールが届きました。日本へ帰国後、一度も連絡がなかったのに何事かと思いながらメールを読みました。趣旨は、当時彼が会社からMBOで一つの事業所を承継し独立した際に、私が会社側の立場(事業の売り手)でその件の支援をしたことに対する感謝のメールでした。彼はその後、MBOによって立ち上げた自分の会社を10年以上経営し、最近になって第三者に売却した、ということでした。自分の会社を立ち上げる機会を得られたことに対しての感謝と、この会社からのExit(=この場合は会社株式の譲渡)を果たしたことに関する近況報告のメールでした。なぜ売却したのか、その理由は書いてありませんでしたが、おそらくハッピー・リタイアメントであろうと推察しています。この件は、英国のビジネス事情を紹介する事例として参考になるかと思いましたので、以下に背景を含めて紹介したいと思います。
英国の投資環境
 日本にとって英国は、米国、中国に続いて第三位の投資先です。財務省の統計によると日本の対外直接投資の2012年実績は、米国25,609億円、中国10,759億円、英国9,481億円となっています。日本から欧州への投資の中でも特に英国への投資が多いのは、英語圏であるということ以外にも、法制度、社会インフラ、税制など様々な面でビジネスを行いやすい国であることが理由ではないかと思います。また、企業の投資促進のための政府の補助金(grants)制度も充実しており、新規に進出する企業や、事業拡大を目指す企業にとっては、魅力的だと思います。
 英国において補助金が充実していることの背景には、イングランドとその他の地域(スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)との経済格差があり、これを是正するために地方に積極的に投資を呼び込むための政府予算が配分されている、という事情もあるようです。先日、ニュースを賑わしていたスコットランドの独立問題も、背景には経済格差問題があります。英国政府のウェブサイトを見ると、特定の地方に限定した補助金制度がたくさん掲載されています。
(参考URL: https://www.gov.uk/business-finance-support-finder)
      01_英国地図.jpg
補助金(Grants)の仕組み
 英国における補助金制度は、日本の補助金と性格の似たものが多いように思われます。創業、新規設備投資、新規雇用などに対して、一定の補助金支給や貸付金の提供などが行われます。中小企業向けの比較的少額の補助金制度も数多くあります。
 補助金は、地方経済の活性化、中小企業の育成等を目的としているため、外国から進出する企業に限らず、英国企業も対象になります。
 日本の補助金同様、一定の審査と手続きが必要で、補助金を受けた後も報告義務があり、返済義務が課される場合もあります。冒頭でご紹介した事業所も、地方での事業の展開のために、政府から補助金を受けて新規に設立したものでした。
  
事業所閉鎖からMBOへ
 冒頭で紹介したスティーブは、当時私が駐在していた会社の事業所のひとつでリーダー的なポジションにいました。その頃、経済情勢の悪化のため、その事業所の閉鎖が避けられない状況となり、彼を含めた事業所の幹部にも話をしました。英国ではリストラによる解雇のことをredundancy(米国のlayoffに相当)と言います。一定規模を超える人員削減の場合、法律により、一定期間従業員と事前協議(consultation)を行わなければなりません。この協議を通じて、人員削減の理由、削減人員を最小限とするための施策等について、従業員と十分に議論する必要があります。国によって制度は違いますが、欧州大陸の国々でも同様の事前協議制度があります。
 この話し合いの過程で、事業所のリーダークラスの社員から「MBOで自立して事業を継続したい」という提案が出て来ました。突然の話でしたので、最初は会社側は難色を示しましたが、話し合いを続ける内に、彼らが相当真剣に考えていることがわかりました。事業の譲り受けに必要な資金調達も自分達で投資ファンドを見つけて来るなど、実現性の高い計画であることが理解できたので、最終的には会社側も事業所閉鎖方針を撤回し、MBOによる事業譲渡に方針転換することにしました。これにより、事業所に所属する従業員は全員雇用継続されることになり、従業員にとってはハッピーエンドでした。
 また、会社側も事業承継により雇用が維持できたことから、補助金の返済などの事業所閉鎖に伴うリストラ費用を抑えることができました。
まとめ
 海外投資を行う場合には、国によって様々な投資優遇措置が設けられており、できるだけ有利な条件で事業展開を進める、ということは多くの企業で行われています。一方で、投資後に事業環境が変わったり、うまく行かなかったりした場合のリスクとその対策があまり検討されていないケースが多いのではないかと思います。上記の事例は、結果として何とかうまく収まったものの、撤退時のリスクというものを思い知らされた案件でした。投資を実行する時点で、事業計画は甘くはないのか、計画通りに行かなかった場合にはどういう影響がでるのか、といったフィージビリティ・スタディをしっかり行っておくことが重要だと思います。
 また、いざとなったら会社に頼らず自分達で自立する、というイギリス人の企業家精神の旺盛さも実感させられたものでした。会社から譲り受けた事業をしっかり経営し、最後は第三者へ譲渡して事業継続の道筋をつけてリタイアしたスティーブ。帰国後10年を経過しても、まだまだイギリスから学ぶものはあると実感しました。  
■永山 信一(ながやま のぶかず)
2007年中小企業診断士登録。中央支部国際部所属。
IT関連企業に勤務、主に海外事業展開、海外事業戦略企画などを担当。
(連絡先)tommynagayama@gmail.com