Global Wind (グローバル・ウインド)
フランスの高等教育に学ぶべき点

中央支部・国際部 油谷 博司

はじめに
 最近仕事の関係で年に1回程度フランスを訪れる機会があります。前回フランスを訪れたのは、新聞社シャルリー・エブド社が襲撃を受けた事件の翌月2015年2月下旬でした。シャルル・ド・ゴール空港に到着し,更に地方に行くためにフランスの高速鉄道TGVのチケットを買っている時、空港内で不審なバッグが見つかったため、安全のため全員建物から避難するよう言われ、やむを得ず建物の外に出て安全が確認されるまで待たされました。
 出張先で事故やトラブルが無いに越したことはないですが、このような事態に遭遇すると、日本のような平和や安全は、外国では必ずしも当てはまらないことを思い知らされます。また、このような現実を知ることも、外国に出ることの意義でもあり、日本の良い面や足りない面を認識する機会にもなります。
留学先としてのフランス
 大上段に構えた感じで入りましたが、日本の若者の内向き傾向が言われています。その一つの根拠としてよく挙げられるのが、留学生数の減少です。文部科学省の「日本人の海外留学状況」(2015年2月)によると、と日本から海外への留学者数は、2012年に60,138人でした。この数字は、2011年の57,501人から増加したものの、ピークだった2004年の82,945人の7割程度の水準です。留学先として2012年のトップは中国で21,126人、次いでアメリカ合衆国の19,568人となっており、この2国で全体の3分の2を占めています。フランスは、7位で1,661人、全体の3%弱でした。なお、ここでの留学は、外国の高等教育機関(大学等)での正規在籍者です。
 フランスへの留学者数が少ないのは、言語の問題が大きいと推測されます。その他、フランス特有のエリートを養成するグランゼコールの存在や,バカロレアなど、アメリカへの留学に比べ分かりにくいという面もあるのではないでしょうか。
(以下は、私の理解ですが、特にフランスの教育制度の専門家ではなく、また、フランス留学の経験も無いので、誤って理解している点もあるかもしれません。その節は、ご容赦下さい。)
フランスの高等教育制度概要
 ご存じの方々も多いと思いますが、フランスで「大学(université)」と名乗れるのは、法律上、国立大学のみで、古くから慣習的に「大学」と呼ばれているいくつかの例外を除いて、私立の高等教育機関は、名称に「大学」は使えず、「学校(école)」と呼ぶことになります。バカロレアという高等教育機関に入学するための資格を取得すれば、定員を超えない限り、どこの大学にも入学できます。定員を超える場合は、居住地やバカロレアの成績により選別されるようです。なお、大学には、いわゆる学部の他に、技術短期大学や職業学校のような専門的な職業教育を行う学内機関があります。グランゼコールへは、通常、バカロレア取得後2年間の準備課程にまず進学しますが、バカロレア取得に加えて選抜の過程があります。
国際化が進むフランスの大学
 ヨーロッパでは、高等教育の学位レベルの共通化を目指したボローニャ宣言が1999年に策定され、フランスも同年にボローニャ宣言に調印しています(ボローニャ宣言にはトルコなどEU以外の国も調印しています)。これに合わせて、学位体系は、学士レベル、修士レベル、博士レベルに整理され、バカロレア取得後の教育年数(あるいは、セメスター数、1年=2セメスター)により体系化されています。また、単位をECTSというヨーロッパ諸国共通のものさしで換算し、1セメスターに30 ECTSの取得(1年に60 ECTS)が求められます。これに従い、学士であれば、バカロレア後3年、180 ECTSの取得が求められます。修士の場合は、バカロレア後5年、300 ECTS(内3年180 ECTSは、学士で取得済み)の取得が、また博士はバカロレア後8年、480 ECTSの取得が必要になります。これに加えて、それぞれのカリキュラムで求められた論文等の要件を満たす必要があります。また、修了後の進路として主に更に高い学位を目指す場合と就職を目指す場合とに学位が分かれ、前者の場合、学士、研究修士を取得し、後者の場合は、職業学士、職業修士をそれぞれ取得することになります。
 グランゼコールは、基本的に準備課程の2年の後、3年間で修士を取得するものとされています。また、グランゼコールには、更に取得に1年を要する、つまりバカロレア+6年を要する修士レベルの学位(MS、MBA)があります。
学位を授与するのは国であって、国から認証を受けた高等教育機関が学位証書(学位記)を交付することのようです。各高等教育機関は、国から認められた学位以外にも、それぞれ独自の資格を授与しています。
 これに加え、EU諸国間の学生や教員の交流を促進するエラスムス計画というものがあります。特に学生の交流については、複数のEU諸国の高等教育機関が共同のカリキュラムを構成して、複数の大学等で単位を取得して学位を得ることが可能にもなっています。フランスの大学の中にも、このような共同のカリキュラムに参加している大学があります。また、エラスムス計画をEU諸国外の国に拡張したエラスムス・ムンドゥスという枠組みも行われています。
 こうした、国際化に合わせ、フランスの大学でも英語による講義が増える傾向があるようです。フランスへの留学を促進するキャンパス・フランスの『フランス留学ガイド』によると、フランスの高等教育機関の学生の内、約12%が外国人留学生だそうです。
日本との比較
 上述の学士、修士、博士は、それぞれ日本の学士、修士、博士に対応すると考えられますが、日本では学士取得に4年必要であるのに対し、フランスでは3年で、日本より1年短くなっています。そのせいか、2014年5月に締結された「日本とフランスの高等教育機関の履修、学位、単位の相互認証に関する協定」では、フランスでの学士取得者は、「日本の大学の学士課程の第4学年に編入」できるとされ、審査の上優秀と認められれば、直接修士課程に入学できるとされています。ただし、フランスの修士学位取得者は、博士課程入学できるとされています。
 単位数では、上述協定によると、日本の大学の1単位=約1.5~2 ECTSとされています。日本の大学設置基準によると、学士課程の修了要件の内、単位数は124単位以上となっています。つまり、1年平均では31単位以上で、1単位=2ECTSとすると、1年平均で62 ECTSとなり、フランスでの要件とほぼ同等になっています。
 ところが修士になると、日本の大学院設置基準では、修士課程の単位数に関する修了要件は、30単位以上とされており、1年平均では15単位、1単位=2ECTSとすると、1年平均で30 ECTSとフランスでの要件の半分になってしまいます。つまり、単位数で単純比較すると、日本の修士課程は、フランスの修士課程の半分の負荷ということになり、奇妙です。日本の修士課程は、フランスに比べてそんなに楽なのでしょうか?しかしながら、上述協定で、日本の修士取得者はフランスの博士課程に「入学を願い出る資格を有する」とされており、結局日本の修士とフランスの修士は同等に扱われています。なお、日本には通常の修士課程のほかに専門職修士課程があり、修了要件としての単位数は修士と同じ30単位以上となっています。
 カリキュラム上で、日本に無く、フランスにあるものとして、インターンシップが挙げられるでしょう。日本でも、正規のカリキュラムにインターンシップを採用している大学があると思います。しかしながら、日本では、個別の大学による独自のカリキュラムであるのに対し、フランスでは、より一般的に行われているようです。しかも、法律によりインターンシップでも賃金を支払うことと定められているそうです。修士課程の最終年では、最低4ヵ月のインターンシップが修了要件となっているそうです。
おわりに-フランスの高等教育に学ぶ点
 テーマに戻って、フランスに学ぶ点ですが、フランスというよりEU諸国に学ぶ点かもしれませんが、学位レベルを比較するための、標準のものさしが採用されて、異国間での学生の交流が進んでいるように思われます。日本でも、大学のグローバル化の促進や、受け入れ留学生30万人計画、送り出す留学生を6万人から12万人に倍増させるなどの構想があります。これらは、近年に始まったばかりでもありますが、あまりに制度が違うと限界に直面するように思われます。例えば、上述のフランスとの協定のように、単位の互換に関して、学士課程と修士課程との間で整合しないなどの問題が生じてきます。ボローニャ宣言のように、多国間の枠組みで行うのか、相対で取り決めるのか方法は複数あると考えますが、何らかの標準化や枠組みが必要に思えます。
 もう一つは、インターンシップの活用です。文部科学省は大学に、実践力を養う教育を求めるようになってきましたが、インターンシップはそのための有効な方法の一つではないかと思います。ただし、それには産業界の協力なくしては不可能です。日本の企業も、そろそろ採用の一環としてしか考えない、企業見学に毛が生えた程度のインターンシップは止めて、実践力養成という教育効果のあるインターンシップの機会を提供し、学位取得者の全体の底上げに協力するのが、ひいては日本企業の競争力強化につながるのではないでしょうか。
■油谷 博司(ゆたに ひろし)
慶應義塾大学経済学部卒.2007年中小企業診断士登録.29年間銀行勤務後,現在関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授