グローバル・ウインド

中央支部 国際部 三好康司

photo1 私は、日本貿易振興機構(ジェトロ)の「海外展開戦略策定支援エキスパート」として、4年間で全国約80社の海外展開を支援してきた。また、各地で「海外展開セミナー」に講師として登壇しているが、個社支援、セミナー参加者とも、過去2年間では、「農林水産物・食品」関係企業が多くなってきている。
 写真は、今年7月に登壇した高知県でのセミナー風景であるが、当日参加者は、水産物加工品、柚子、日本酒、乳製品、蒲鉾、うなぎなどを取り扱う企業、まさに「農林水産物・食品」関連企業オンパレードのセミナーとなった。
 わが国は、2019年までに「農林水産物・食品の輸出額1兆円を目指す」戦略を推進している。過去2年のジェトロ支援で政府の力の入れ具合は実感しているが、この戦略がどうして策定されたのか、および、2019年までの実績はどうか、さらに、2020年以降の見通しはどうなっていくのかなど、今回のグローバル・ウインドで記載してみたいと思う。

pic1(1)戦略策定時の状況(2015年)
 「農林水産物・食品の輸出額1兆円を目指す」戦略は、どのようにして策定されたのであろうか? 2015年8月に、農林水産省より「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」という資料が公表されている。図表1は、2020年の輸出目標の内訳であるが、特に、加工食品、水産物の比率が高いことが分かる。しかし、2015年の「農林水産物・食品」輸出額の実績合計は約4,500億円であった。「日本食への支持を背景に、日本食の基軸となる食品・食材を、食市場の拡大が見込まれる国・地域へ輸出することにより、2020年までの1兆円目標を達成する(筆者注:その後、達成期限を1年前倒し、2019年と変更された)」いうのが戦略の骨子であるが、5年で2倍以上の輸出を目指すというのは、当時では、かなりチャレンジングな目標であったと思われる。

 
pic2(2)2018年までの実績
 しかし、輸出実績は年々拡大、2018年の実績は9,068億円、1兆円目標に王手をかけるところまできた。政府も目標を1年前倒し、2019年に「農林水産物・食品の輸出額1兆円」達成を目指すことに変更した。
 2018年の輸出実績は図表2の通りである。当初目標と集計項目が若干変わっているが、農産物・食品、林産物、水産物とも、全て順調に伸びている。特に、畜産品659億円のうち、247億円を牛肉が占めており、牛肉輸出の当初目標(250億円)をほぼ達成している。いわゆる「和牛」の海外での人気が上がってきていることが分かる。

 
pic3 次に、図表3で2018年の国・地域別の輸出実績をみてみる。香港、中国、米国がベスト3であるが、特に中国向けは前年対比32.8%増となっており、伸び率が高い。
 では、王手をかけている輸出額1兆円、2019年は達成できるのであろうか? 残念ながら目標達成に黄信号が灯っている。2019年1月〜9月の輸出実績は6,645億円、達成率66.5%である。日本酒ブームにより和牛や日本酒の輸出は伸びているものの、水産物に関してはサバなどの漁獲量減少もあり、輸出に回す数量が少なかったとのことである。しかし、問題は、海外の情勢にある。対米経済摩擦を抱える中国経済の減速、香港での民主化運動、日韓関係の悪化など、輸出相手国に関し2019年はマイナス要因が多い。あと、3ヶ月で挽回し、1兆円を達成するのは難しそうである。

 
(3)今後の見通し
 ちょうどこの原稿を書いていた2019年11月22日、日本経済新聞朝刊一面に、「牛肉の対中輸出再開 来年にも 日中外相協定署名へ」という記事が掲載された。中国は、2001年の日本でのBSE(牛海綿状脳症)発生により、わが国からの牛肉輸入を禁止している。しかし、私の海外展開支援の経験からみても、わが国畜産業の品質・安全基準の管理能力は非常に高い。記事にもあるが、「世界一の人口を抱える中国への輸出が解禁されれば日本政府が成長戦略に掲げる農産品輸出に弾みがつく」可能性が高い。
 「日本政府は農林水産物・食品の輸出額を引き上げる目標を掲げている。19年中に1兆円、2030年に5兆円に増やす計画だ(同記事より)」とのことで(筆者注:19年中の1兆円達成は難しそうであるが)、後10年でさらに5倍の拡大を目指している。この目標もかなりチャレンジングではあるが、来日し、日本食の魅力を知って帰国されている年間3,000万人を超える外国人観光客が存在している。「農林水産物・食品」については、輸出国・国により輸入に関する規制が異なるという制約事項はあるものの、官民あげた取り組み、日本食ブーム、外国人観光客による口コミ情報の広がりなどを考えると、2030年の輸出額5兆円というのは、わが国の発展に寄与する、非常に夢のある計画ではないかと思える。今年に入って輸出を志向する四国の農林水産物・食品製造業15社の方とお話させて頂いたが、どの企業も、「ものづくり」、「安心・安全」に対する強いこだわりを持っていた。これらの日本企業の強みを生かし、輸出額がますます拡大することを願ってやまない。

■三好 康司(みよし こうじ)
1962年、大阪で生まれる。大学卒業後、総合商社であるニチメン株式会社(現:双日株式会社)に入社、24年間繊維業界の営業、6年間リスク管理業務に携わる。30年間で、アジア諸国を中心に延べ150回の海外出張を経験。2015年に双日株式会社を退職、三好グローバル・コンサルティングを設立。すみだビジネスサポートセンター(東京都墨田区)の産業コーディネーターを務めると共に、日本貿易振興機構(ジェトロ)の海外展開戦略策定支援エキスパートとして約80社の海外展開を支援している。中小企業診断士。