グローバル・ウインド

中央支部・国際部 木下 岳之

◇注目を浴びるアジアの生産地

global米中貿易摩擦の問題がマスコミで連日取り上げられています。アメリカは、安全保障や知的財産侵害を理由に、中国に対し輸入関税の強化を主張しています。米中による貿易協議進展により、アメリカは第4弾関税の一部として9月に発動した1,200億ドル分の関税を制裁関税は引き下げることに言及していますが、今後の交渉に予断を許さない状況です。トランプ大統領の大統領選に対する有権者へのアピールと受け取る向きもありますが、一方、経済成長が著しく、将来的に地政学的、軍事的、経済的に脅威となりうる中国との摩擦は、長期化するとの見通しもあります。

将来の米中関係の方向性が見通せないなか、企業の中には中国での生産を縮小し、リスク分散のために東南アジアへ一部の生産を移管する動きも見え始めました。そこで、アジアの生産拠点として、タイ、ベトナム、インドネシアなどさまざまな国の名前が上がりますが、ビジネスのしやすさとしてどの国がよいのか、ビジネス環境ランキングをもとに考察してみたいと思います。

◇ビジネス環境ランキング

 世界銀行は、毎年ビジネス環境を指数にしてランキングとして発表しています。世界190の国と地域を対象に、事業活動規制等にかかる10の評価分野を選定して、順位付けしたものです。評価分野は、ビジネスのしやすさを測るために、会社設立から拠点を確保し、適切なビジネス環境のなかで、資金調達や取り引きが行えるかどうかの観点から選ばれており、各分野が国と地域ごとにスコア化されています。スコアは、分野ごとに最先進国を100、最後進国を0として、各国と地域がどこに位置するのか相対的に計測したものです。

2019年版の同レポートを見てみると、全世界では1位ニュージーランド、2位シンガポール、3位デンマークですが、アジアに絞り上位10か国と注目の国は以下の表1の通りです。

表1 2019年版ビジネス環境ランキング(アジア)
Fig1
(出典)世界銀行 Doing Business 2019より筆者作成

上位には、法規制などが比較的定まっているとされる国と地域がランクインしています。一方、中国生産の代替地として最近注目を浴びるベトナム、インドネシアなどは全体順位で50位以下であり、スコアに大きな差はありませんが中国よりも低位です。そこで、タイ、ベトナム、インドネシア、インドについて、分野別にチェックしてみます。ご自身のイメージと比べていかがでしょうか?

表2: 2019年版ビジネス環境指数(筆者選定の5か国)
Fig2
*各評価分野のなかで、5か国中、一番高いスコア(良い)の国を青でマーキング
*各評価分野のなかで、5か国中、一番低いスコア(悪い)の国を赤でマーキング
*スコアが80点以上を、青字で表示
(出典)世界銀行 Doing Business 2019より筆者作成

・タイ
Thailand上記5か国中ランキングが一番上のタイの安定度が光ります。10分野中、4項目でトップであり、ワーストスコアがありません。80点以上の高スコアは、法人設立、電力事情、輸出入であり、先進国並みと言えます。同国の2018年の実質GDP成長率は前年比+4.1%、消費者物価指数は、前年比+1.1%であり、安定した経済状況です。つまり、同国でビジネスをするにあたって経済環境などは整っていますが、一方、市場が成熟してきているとも捉えられますので、商品・サービスによっては、競争環境は厳しいことが想定されます。また、輸出入は85点の高スコアであり、輸出依存度の高い同国を輸出の拠点として考えられますが、地方の税関では、不要な書類の要求や追徴課税、急なHSコードの変更など、さまざまな問題があるようです。さらに、政治が不安定なことや改善しつつも都市部での慢性的な交通渋滞、高度産業の人材不足などに課題があるといった声も聞かれます。

・ベトナム
Vietnam中国の代替地として最近注目を浴びるベトナム。人口は約9,370万人(2017年)と1億人に近く、市場としても魅力があります。80点以上の高スコアは、法人設立と電力事情ですが、電力事業については、他の4か国も高スコアですので、他国と比べて大きな差はないと言えます。建設許可が79点と5か国中ではトップですので、手続数、時間、コスト、安全基準などが相対的によいと言えます。気になるのは、少数株主保護、納税、破たん処理のスコアが、5か国中でワーストなところです。特に破たん処理については、35点と極めて低いスコアですので、処理にかかる時間、コスト、破産処理方法などについて、課題があることがわかります。ビジネスを始める時はよいが、取引先との関係や出口戦略などに潜在的なリスクがあるようです。

 
 
 
 
 
・インドネシア
Indonesia総合スコアはベトナム、インドとほぼ横並びです。分野別では、法人設立と電力事業が80点以上であり、これはベトナムと同様の傾向です。一方、輸出入は、5か国中ワーストであり、税関の問題は政府が主張するほど改善しておらず、地方税関ではいまだに賄賂が必要になるとの指摘があるようです。同国は、人口約2.55億人(2015年)を抱え、2018年の実質GDP成長率は前年比5.2%ありますので、輸出拠点というより内需が強い傾向が伺えます。実際2018年の貿易収支は、2014年以来▲$8,496milの赤字となりました。輸出が鈍化する一方、国内経済の回復で輸入が増えたことが要因とされ、この傾向は続くと分析するエコノミストもいます。

 
・インド
India5か国中ではベトナム、インドネシアと総合スコアは並んでいます。信用供与や少数株主保護の分野は、80点となっていますが、不動産登記と契約執行、破たん処理などの法的関連のスコアが相対的に低くなっています。インド各州間によるビジネス環境改善競争により、各種申請のオンライン化など改善しているようですが、タイやインドネシア同様に輸出入における税関対応の問題はあるようです。2018年の貿易収支は▲$189,023milで非常に大きな貿易赤字ですので、内需型のビジネス環境であり、また、輸出に関するインセンティブが充実してないので、輸出には向いていないと言えそうです。2018年の実質GDP成長率は前年比7.4%と、5か国中最も成長しており、市場として魅力はありますが、ビジネス環境の点から依然として難しさがあることは否めません。

 
 
 
 
 

◇ビジネス環境ランキングの活用方法

 ビジネス環境ランキングは、海外でビジネスを展開しようとする際に、活用できる指標です。一方、スコアで海外進出のビジネス判断はできませんので、スコアの背景を確認すような視点で、専門家の意見を聞いたり、現地調査したり、候補国との比較などを通じて、活用するとよいでしょう。
また、新興国は年々発展しますので、ヒアリングして得た情報など、過去の知識や経験が早く陳腐化します。そこで、現地の情報はいつの情報か確認するとともに、毎年公表される本ランキングで、過年との比較により改善の度合いも確認することができます。

今回はビジネス環境ランキングを、アジアを例にしてご紹介しました。皆様の海外拠点におけるフィージビリティ・スタディの一助となれば大変うれしく思います。

【参考文献】
・Doing Business
 https://www.doingbusiness.org/
・みずほインサイト 世銀「ビジネスのしやすさ指数」みずほ総合研究所
・経済構造分析レポートNo.55 大和総研

■木下 岳之(きのした たかゆき)
メーカーにおいて経営企画や事業管理、総務業務、国内工場や海外駐在などを経験。素材から電機、バリューチェーンなど製造業を専門とし、事業計画策定や経営改善、海外事業、コンプライアンスなどのガバナンス関連、事業承継を中心に、中小企業支援や執筆の活動中。
東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属
AFP(日本FP協会認定)