グローバル・ウインド

中央支部 国際部 大石 泰弘

1.はじめに

g1_ooishi 世界中が新型コロナウイルスで混乱しています。死者の数を最小限にすることと、経済へのマイナスインパクトを最小限にすることとのバランスをとるために、ウイルスについてわかってくる日々の情報と、人々の行動変容の実態と、医療機関の負荷状況の変化と、経済的影響と、社会的影響などを見ながら、世界中が日々かじ取りに腐心しています。
 そんな中で献身的に医療に従事していただいている方々、企業への緊急融資に頑張っていただいているみなさん、いろんな影響の中で追いやられている弱者を支援されているみなさんに心から感謝申し上げます。
 今は4月末です。この記事がみなさんに届くころどうなっているのか想像もつきませんが、パンデミック以前から言われていた世界経済の変化の兆候に注目してみました。それは①脱グローバル化と②債務恐怖症です。
 今日時点の私見を述べると、①については、自国を守るために各国が国内外の移動を制限していますが、時間が経つと各国は協力しあうと考えます。なぜならば、鎖国経済にはいつまでも耐えられないので交流が始まります。するとどこかで感染率が上がれば瞬くまに世界に広がるので、各国が同レベルになるような協力体制を敷かないと自国を守れなくなると考えるからです。従って①はあまり進まないと考えます。
 ②については逆に加速すると考えます。なぜならば、今回多くの企業が資金繰りとそこからくる雇用条件の変更の苦労を経験するからです。すでにテレビで、断腸の思いで解雇に踏み切った経営者のニュースが紹介されています。そういう経験をされた経営者の多くは、今後投資をする前に社員を守るための内部留保を厚くしようと考え、債務を従来より控えめにしようと考えられるからです。
 今回は、このパンデミックの前から、純資産を多く有する企業を表彰してきた制度の話です。これを機会に受賞を目指す企業を増やしませんかという呼びかけです。
 

2.「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞

 その表彰制度は「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞です。今年の2月に10回目の対象企業が発表されました。本来は3月16日に大きな会場で表彰式が予定されていましたが、コロナ禍のためにこじんまりと開催されました。
 折角なので今年の受賞企業の一部を紹介すると、以下の通りです。

 経済産業大臣賞  ライオン株式会社
 厚生労働大臣賞  株式会社協和
 地方創生大臣賞  株式会社マキオ
 中小企業庁長官賞 カンセイ工業株式会社

g2_ooishi この賞は2008年にあさ出版から出た「日本でいちばん大切にしたい会社」という本に紹介されているような企業をもっと増やそうと設けられました。この本はその後シリーズ化され、今年シリーズ7まで出版されました。このシリーズで紹介される企業はどれも経営者の愛情と熱意と高い志に溢れ、社員が一生懸命働き、この上なく幸せな人生を送っていることに、涙せずには読めません。1冊でもいいのでどれかを読んでみてください。カンブリア宮殿でお馴染みの村上龍氏は、この本の趣旨に賛同されて無償で推薦の言葉を書かれています。今は大臣賞が三つもありますが、スタートした時は経済産業大臣賞だけでした。賞の趣旨と内容がいろんな面で政府の目指すものに近いと高く評価され、次々と大臣賞が追加されたのです。
 
 大賞の応募資格は以下のとおりです。
 過去5年以上、以下の6つの条件に該当していること。
① 希望退職者の募集など人員整理をしていない
② 仕入先や協力企業に対し一方的なコストダウンなどをしていない
③ 重大な労働災害等を発生させていない
④ 障がい者雇用は法定雇用率以上である
⑤ 営業利益・経常利益ともに黒字である
⑥ 下請代金支払い遅延防止法など法令違反をしていない

 審査は申請書類だけでなく、現地に行って70以上の項目を確認します。
 受賞企業を簡単に言うと、障がい者をたくさん雇用し、社員全員や下請け企業が一生懸命働き、残業時間は少なく、家族も幸せで、黒字を継続している企業です。
 

3.坂本会長が推奨する「人を幸せにする経営」

g3_ooishi 上述の本は、法政大学大学院教授を昨年定年退官された、人を大切にする経営学会会長の坂本光司氏が書かれたものです。坂本会長は、8000社を超える中小企業を訪問し、決算書の分析、経営者や社員との対話、現場の環境確認、取引先企業の訪問や対話などをされてきました。そして、MBAなどで高く評価される、株主やお客様を最優先にする経営では、みんなが幸せにはなりにくいと考えられました。
 そして継続的にみんなの幸せを実現している企業をいくつも見つけられ、可能であることを確信されたのです。それらの企業に共通している考え方は、以下の順番に幸せを考える経営です。
① 社員とその家族
② 外注先・仕入れ先
③ 顧客
④ 地域社会
⑤ 株主
 さらに坂本会長は、過去に発生した大きな経営環境の変化への対応実態に基づき、社員の幸せを一番に考える経営では、純資産として3年分の人件費を確保するよう薦められています。受賞企業の中には3年分には届かない企業もありますが、純資産が厚い企業ばかりです。
今回のパンデミックによる経済ダメージは長期化し、Ⅼ字型回復になるという予測もある中、解雇することなく企業が新しい環境に対応して生まれ変わるために3年かかるというのは、非常に現実味のある数字だと感じています。
 坂本会長はこのような経営を「人を幸せにする経営」と呼ばれています。
 

4.「人を幸せにする経営」を広めよう

 今は、倒産しないために必死の対応をされている企業がほとんどだと思います。そこを乗り越えたあとの話を今するのは不謹慎かもしれませんが、敢えて明るい未来を見据えて呼びかけさせていただきます。
 東京都中小企業診断士協会には「人を大切にする経営研究会」があり、受賞企業の経営者や坂本会長のご高話を拝聴できます。筆者がその経営者の方々の話で驚いたことには、経営が安定してから社員の幸せを重要視するようになった企業と、どん底の状態になった時に社員の幸せを一番にしようと考え、そのためにはどう稼いだらいいのかと考え始めた企業がほぼ半々だったことです。
このことから、今回のパンデミックで生き残る企業の中から、社員の幸せを第一に考える企業がたくさん出てくる可能性が高いと考えられます。
 短期的な効率だけを追求し、パンクした時にスペアタイヤを積んでいない企業経営や、新型コロナウイルスが蔓延した時に人口呼吸器の余裕がなかったりする社会から、一見非効率に見えるかもしれないけれども、社員が長期間一生懸命幸せに働き続けてくれて、100年に一度の大きな経営環境の変化でも生き残れるような、長期的効率を追求する企業が増えてくるのではないでしょうか。
 「人を幸せにする経営」では、少ない残業時間での勤務でも継続的に黒字であることから、短期的な効率より、高付加価値を追求する戦略的経営が求められます。また、社員が勤務時間中は一生懸命働けるよう、経営者と社員の信頼関係の強化や人事制度の設計もしなければなりません。まさに中小企業診断士の出番です。
 

5.おわりに

 パンデミックに遭遇し、特需に多忙な企業もあれば、資金繰りで苦労されている企業もあり、影響の現れ方には天と地の差があります。そんな中、苦労される方が次第に増え、恐怖に負けて争い合うのではなく、声を掛け合って明るく励まし合い、賢く対策しながら、本当の弱者を見落とさないようにやさしく助け合う気持ちを強く持ちたいものです。
 そんな中で、日本赤十字社が、恐怖に負けて孤立したり、争い合ったりしないよう励まし合い、連絡を取り合い、笑おうという啓蒙活動を始めてくれました。以下の動画をぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=rbNuikVDrN4
g4_ooishi 内容の一部を少し紹介すると、恐怖に飲み込まれないためのアドバイスとして、「ときにはパソコンやスマホを消して、暗いニュースばかりをみるのはやめよう」「不確かな情報をうのみにしないで立ち止まって考えよう」「恐怖が苦手なものは、笑顔と日常だ。家族や友人と電話して、笑おう。いつのもように、きちんと食べて、眠ろう」という行動とか、「避難や差別の根っこに、自分の過剰な防衛本能があることに気づこう。冷静に、客観的に、恐怖を知り、見つめれば、恐怖は薄れていくはずだ」と恐怖に立ち向かうための心構えを紹介しています。最後に「恐怖は、誰の心の中にもいる。だから励ましあおう。応援しあおう。人は団結すれば、恐怖よりも強く、賢い。恐怖に振り回されずに、正しく知り、正しく恐れて、今日わたしたちにできることをそれぞれの場所で」と結んでいます。
 この考え方は、経営にも通じないでしょうか。坂本会長の経営哲学のベースとなっているものは、「弱い立場の人に対する思い、やさしさを実践している組織こそが最も強靭である」という考え方だと、あさ出版 代表取締役 佐藤和夫氏が、人を大切にする経営学会のメールマガジンで言われています。
 辛抱強く勝ち抜いて、強靭な中小企業を盛り立て、強靭な世界経済にしていきましょう。

 
■大石 泰弘(おおいし やすひろ)
1958年鳥取市生まれ。京都大学法学部卒。NECの半導体部門(現ルネサスエレクトロニクス)で生産管理、事業計画、事業戦略に従事。法政大学養成課程を経て2016年3月中小企業診断士登録。人を大切にする経営学会会員。2018年から千葉県事業引継ぎ支援センターのコーディネーターとして100社以上の事業承継を支援。