グローバル・ウインド

中央支部 安野 元人

1. エッセンシャルワーカーとは

 新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、「エッセンシャルワーカー」という言葉をよく耳にします。エッセンシャルワーカーとは「人々が日常生活を送る上で欠かせない仕事を担っている人」のことを指します。代表例であげられるのは、医療現場の最前線に立つ医師、看護師、薬剤師や介護施設などで働く介護士などの医療・介護従事者です。また、電車などの公共交通機関で働く人、電気やガス、水道、通信などインフラ業に従事する人、消防員や警察官、公務員なども該当します。さらには、スーパーやドラッグストアなどの小売業や理美容、娯楽施設に従事する人、コールセンターのオペレーターも広義のエッセンシャルワーカーといえます。

 米国のイリノイ州経済政策研究所とイリノイ大学が発表した「グローバルパンデミックがイリノイ州労働者に与えた影響調査」では、産業をエッセンシャルワーカー(医療、消防、食料品スーパー、宅配などに従事する人)、接客業従事者(レストラン、小売、理美容、娯楽施設などで働く人)、リモートワーカー(在宅勤務可能な職業に従事している人)の3種類に分類し、新型コロナウイルスの感染拡⼤によってどの職種がどのような経済的影響を受けているか調査しました。その結果、接客業従事者が最も新型コロナウイルスへの感染のリスクが高いことが分かりました。一方、リモートワーカーは相対的に感染リスクが低い結果となりました。賃金に関しては、新型コロナウイルス感染症が流行する以前の2015~2019年のデータを見ると、全労働者の平均時給が27ドルに対して、接客業従事者は20ドルと平均を下回り、リモートワーカーは35ドルと多く上回っていました。エッセンシャルワーカーは全労働者の平均と同額の時給27ドルとなっていました。また、感染拡大が本格化した4月時点におけるイリノイ州の職種別の失業率は、エッセンシャルワーカーが12.5%、リモートワーカーが6.5%と平均を下回る一方、接客業従事者は34.6%と突出して高い結果となりました。つまり、エッセンシャルワーカーの中でも接客従事者については人々の生活に欠かせない物資や食品の提供業務を続けている一方で、これら職種の賃金は低く、感染リスクや失業率などが高いことがあらためて示されました。
 

2. 接客従事者に対する政府、企業の対応

 「グローバルパンデミックがイリノイ州労働者に与えた影響調査」を発表したイリノイ州経済政策研究所は、接客業従事者への危険手当の支給や全ての労働者への有給疾病休暇保障、州や連邦の支援を受けられない労働者への救済基金の設立、最低賃金時給15ドルの早期実現などの政策によって、接客従事者の権利を保護し、構造的な不平等を解決することができると提言しています。

 企業単位でも来店する顧客や従業員を守り、さらには労働に報いる様々な取り組みがなされています。アメリカのディスカウントストアDollar Generalは3月から毎⽇開店前の午前8時から午前9時の1時間を高齢者や基礎疾患を抱えているなど感染リスクの高い来店客専用の営業時間としています。このような取り組みはKrogerやCostcoなどアメリカの大手小売企業にも波及しています。Walmartも開店前の1時間を60歳以上限定に営業するだけでなく、店舗⾯積1,000平⽅フィートあたりの来店客が5⼈以下になるように⼊場制限しています。来店客1⼈が店内から出ると、入口で待っている来店客1⼈を従業員が店内に誘導する「1-out-1-in」⽅式を導⼊しています。また、店内でもお客様同⼠が距離を空けるように注意書きを掲⽰し、お買い物を済ませた来店客は⼊⼝とは異なる出⼝から出ていくように運用することで、客同士のすれ違いによる密接を避け、少しでも距離を取れるような⼯夫をしています。このようなアメリカの小売業の取り組みは日本の企業でも取り入れられています。

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Walmartの「1-out-1-in」⽅式

 
 また、従業員への労働に報いる取り組みもなされています。近畿、関東を中心にスーパーマーケット「ライフ」を展開している株式会社ライフコーポレーションは社員だけでなくアルバイト、パート従業員約4万人に対し、緊急特別感謝金として総額3億円を支給することを決定しました。また、5月7日には店舗の衛生環境の維持と従業員の体と心のリフレッシュを目的とした臨時休業も実施しました。このような取り組みはそれが目的でなかったとしても企業のイメージアップや今後の雇用維持にも良い影響をあたえています。
 

3. 小売、サービス業におけるICT化の必要性

 接客従事者の権利を保護し構造的な不平等を解決すべく政府や企業が様々な取り組みを行っている一方で、新型コロナウイルス感染症にともないリスクも顕在化しています。

 アメリカではWalmartの店舗で働く店員2⼈が新型コロナウイルスに感染により死亡し、遺族がWalmartを相⼿取り訴訟を起こしたことが明らかになりました。遺族の弁護⼠によると、店員の1⼈が感染の兆候があったためマネージャーに相談したが、真剣に取り扱ってもらえなかったとのことです。その後、帰宅を指⽰されたが、2⽇後に⾃宅で死亡しているのが⾒つかりました。またその4⽇後、同じ店舗の別の店員も新型コロナウイルス感染症により死亡したことが判明しました。
 また、長年の課題となっていた人手不足も新型コロナウイルス感染症の影響を受け、さらに深刻さを増しています。日本では3⽉の休校措置以降、スーパーやコンビニなどで働くパートやアルバイトが減少しています。レジなどの接客の場面では来店客から⼿洗いや消毒を求められたり、商品に触らず会計するよう迫られたりもしています。店舗でのアルバイトやパートを家族から反対されることによる退職も増加しています。

 このような状況下においては来店する顧客や従業員を守り、さらには労働に報いる施策を行うと同時に、A I(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ロボットなどのICT技術を活用し、少ないスタッフでも運営できる店舗オペレーションを構築する必要があります。代表的な事例としては株式会社ファーストリテイリングが展開するアパレルチェーン店「ユニクロ」に配備されているセルフレジがあげられます。商品に付けられているICタグを読み取り、セルフカゴをレジのくぼみに置いただけで複数の商品を同時に読み取り、一瞬で決済ができます。セルフレジの導入によりレジ担当者の配置が不要になるだけでなく、会計にかかる時間を短縮することで店舗内やレジ周辺の密集も防ぐことができます。
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ユニクロのセルフレジ

 

4. 新型コロナウイルス感染症を労働生産性向上のチャンスと捉える

 先進国ではGDP(国内総生産)に占める小売業を含むサービス業のシェアが年々大きくなっています。日本でもGDPにおけるサービス業のシェアが約70 %に達し、製造業と同様にサービス業が主要な産業と位置付けられています。一方、日本のサービス業の労働生産性の低さは長年にわたって指摘され、大きな課題になっています。労働生産性の低い要因はICT化が遅れ労働集約型から脱却できていないこと、適正な価格設定がなされてないこと、過剰な無料サービスが多いことなどが指摘されています。

 今回の新型コロナウイルス感染症により、サービス業は岐路に立っています。旅館やホテルは宿泊客が激減し、倒産や廃業に追い込まれる企業もあります。しかし、サービス業の中でもスーパーやドラッグストアなどの小売業は人々の生活に欠かせないものであり、無くなってしまうと人々の生活が立ちゆかなくなります。今回の新型コロナウイルス感染症を機にエッセンシャルワーカーとしての接客従事者の待遇が見直され、ICT技術の導入も加速することで長年の課題であった小売業の労働生産性が向上すると考えています。そして、ウイズコロナ、アフターコロナのフェーズを経て、本格的な経済発展フェーズに入った時、新しい小売業の形が構築されていることを期待しています。