グローバル・ウインド

中央支部 安井哲雄

1. キルギスの概況

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【地理・気候】
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天山山脈最高峰 ポベーダ山(勝利鋒)7,439m
 天山山脈最高峰 ポベーダ山(勝利鋒)7,439m
天山山脈最高峰 ポベーダ山(勝利鋒)7,439m[/caption] キルギス共和国は、中央アジアの東端に位置し、東に中国・新彊ウイグル自治区、北にカザフスタン、南にタジキスタン、西にウズベキスタンと国境を接する内陸国です。ユーラシア大陸中央部,北緯39~43 度の間に位置し、日本の北海道から東北地方北半分と同緯度です。国土面積は19万8,500平方㎞で、日本の約半分です。日本とキルギスの時差は3時間です。キルギスは、国土の大部分を天山山脈とその支脈アラタウ山脈が占める山岳国家です。山岳の約 90%が標高 1,500m 以上、うち 40%以上が 3,000m 以上です。天山山脈の最高峰はポベーダ峰で標高 7,439mの高山です。この山脈を通ってナリン川(シルダリア川の上流)、タラス川、チュイ川が西に流れ、豊かな水資源があります。北東部にあるイシク・クリ湖は塩水湖であり、冬期も凍結しません。同湖の面積は6,206㎢で、琵琶湖の約9倍です。国土のうち耕作地は6%、森林は5%と少なく、農業では牧畜が盛んです。

 首都ビシュケク市は札幌と同緯度で、大陸性気候です。最も気温が高い 7 月の平均気温は24.9℃、最も気温が低い1月の平均気温は-2.6℃です。7月の過去の最高気温は38℃、1月の最低気温は-25℃まで達したことがあります。年間を通じて降水量は少なく、最も降水量の多い4月の平均降水量は67 ㎜であり、年間降水量は約400 ㎜程度です。

【政治】
 1991年ソビエト連邦の崩壊とともに、キルギス共和国は独立しました。また、1993年5月に国名をキルギスタン共和国からキルギス共和国に変更しています。

 初代のアカーエフ大統領の下、いち早く民主化及び市場経済化を軸とした改革路線を打ち出し、旧ソ連諸国では最初に1998年にWTOに加盟しました。しかし、資源に乏しい同国の経済は伸び悩み、国民が経済改革の成果を享受できない中で、2005年2月の議会選挙での不正をきっかけとして反政府運動が起き、同年3月にアカーエフ政権は崩壊ました。野党勢力指導者のバキーエフ元首相が大統領代行兼首相に選出され、7月の大統領選挙で当選し、8月に第2代大統領に就任しました。アカーエフ大統領は2009年8月の大統領選で再選されました。しかし、政治・経済改革は進まず政情不安定が続いていたところへ、同大統領の強権化と親族支配の拡大、公共料金の値上げ等に対する国民の不満が高まり2010年4月、大統領の退陣を求める大規模なデモが発生し、警官隊がデモ隊に対して発砲し(犠牲者86名)、首都ビシュケクは騒乱状態に陥り、バキーエフ大統領は出国し、ベラルーシに亡命しました。

 ベラルーシは、キルギスと同様に旧ソ連の共和国で、1991年のソビエト崩壊に伴って独立国になりました。ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は独立以来、四半世紀にわたって統治を続け、欧米メディアから“ヨーロッパ最後の独裁者”とも呼ばれています。2010年はルカシェンコ大統領がキルギスのバキーエフ大統領の亡命を迎え入れましたが、10年後の2020年はベラルーシでルカシェンコ大統領の退陣を求める国民の大規模な抗議行動が続いており、何か歴史の巡り合わせのようなものが感じられます。

 2010年6月、キルギスでは国民投票で、中央アジア初の議会制民主主義を掲げる改正憲法案が採択されました。同年12月にアタムバエフ大統領が就任し、長期に安定した政治体制が続き、2016年12月に憲法改正に関する国民投票が賛成多数で可決、2017年1月に施行されました。 2017年にアタムバエフ大統領は自身の退任を明言し、10月の大統領選挙でジェエンベコフ新大統領が就任し、現在に至っています。
アタムバエフ大統領の時代に親露姿勢を強め、現在、キルギス国はロシアとの戦略的なパートナーシップを継続・発展させる一方、中国とは経済的なパートナーシップを強化し、ロシアとユーラシア経済連合(EEU)諸国、中国との経済関係の強化を図っています。

(参考: 10月6日に入ったニュースによると、キルギスで政府への抗議デモが発生
 旧ソ連・中央アジアのキルギスで5日、前日の議会選の結果に反発した野党支持者らが大規模な抗議集会を開いた。ロシア通信は保健省の情報として、治安部隊との衝突で120人以上が負傷したと伝えた。旧ソ連諸国ではベラルーシでも8月の大統領選後に抗議運動が広がっている。キルギスでは、4日投票の議会選で議席獲得を確実にした5政党のうち野党系は1党にとどまったと伝えられた。議会はジェエンベコフ大統領に近い複数の政党が大半の議席を占める見通しだ。これに対し、野党勢力は不正があったとして選挙結果の無効を訴え、抗議集会を呼びかけた。)

2. キルギスの基本情報と経済

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 キルギスは人口約626万人、国内市場が小さく、資源も乏しい国です。キルギスの主要産業は、農業及び畜産業(GDPの約3割)、農畜産物を加工する食品加工業、金採掘を中心とする鉱業であり、水資源が豊富です。キルギスのGDP成長率は2013年10.9%、その後は約4.0%で推移し、2017年4.7%、2018年は3.5%に下がりました。鉱工業の成長率は比較的高いですが、商業や農業の成長率は低く、経済はロシアへの出稼ぎ労働者からの送金に依存しています。
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【日本企業のキルギス進出動向】

 JETROビジネス情報によれば、日本企業のキルギスへの進出動向は以下のとおりです。

① 2017年6月に澤田ホールディングス(本社、東京都新宿区)がキルギス・コメルツ銀行の株式を取得し、連結子会社としました。取得価額は約8億円。進出の背景には、キルギスは外国為替管理の自由化が進み投資・配当などの外貨送金がスムーズであること、大統領は再選不可と憲法で規定され民主化が進んでいること、国際金融機関の同国の金融分野への高い評価があったことなどが挙げられています。キルギス・コメルツ銀行はキルギス唯一の優良信用機関と提携して与信管理の強化に努め、新たに進出する日本企業へ現地の優良企業を紹介するサービスを展開しています。

② 防災製品製造の東京製綱(本社・東京都中央区)は2016年にカザフスタンに防災製品の製造、販売会社を設立し、新たな販路拡大のためキルギスへ進出しました。日本より100%出資し、ビシュケクに事務所を開設しています。防災製品をカザフスタンより輸入し、現地で販売と工事設置を行います。

③ 中古車販売のエスビーティー(本社・神奈川県横浜市)はキルギスをハブにロシアCIS圏でビジネスを行っています。同社は中古車販売を世界的に展開しており、日本からキルギスへの中古⾞輸出台数が伸びていたため、2012年にビシュケクに日本語と露語対応のコールセンターを設立しました。しかし、キルギスでは2015年4月に右ハンドル車の輸入規制が導入され、日本からキルギスへの中古車輸出は全面停止となりました。、同社は、2016年以降原油価格の回復を背景に景気が上向くロシア向けの輸出を強化しました。今ではコールセンターはロシアからの発注が主となっているとのことです。キルギスではロシア語が通じることが旧ソ連圏でのビジネスを行う上での利点です。

④ キルギス最大の薬局チェーン、ネマン・ファム社はキルギス全国で200カ所以上の店舗を展開し、従業員1,400⼈、2017年売上高は約7,000万ドル。医薬品関連の他、日用雑貨なども取り扱い、現在ロシア経由で日本製家庭用血圧器などを輸入販売しています。

⑤ 食品小売り大手の成城石井(神奈川県横浜市)では、キルギス産の「はちみつ」が輸入販売されています。ジェトロの支援でアジア最大の食品見本市「FOODEX」に出展したことが日本への輸出のきっかけとなりました。

3. キルギスと観光

(1) キルギス観光の概況
 キルギスには、隣国のウズベキスタンのようなシルクロードの歴史的遺跡や文化遺産は少なく、それも海外では知られていません。その一方で、天山山脈の7,000m級の高山があり、山岳、湖、河川などの大自然、登山、トレッキング、スキー、ラフティング、乗馬と牛馬・羊の牧畜などがキルギス観光の魅力となっています。キルギス人の顔は日本人によく似ており、日本人観光客はキルギス人に親近感を感じます。主な観光地は以下のとおり。
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 「The Institute of Public Policy and Administration’s Working Papers “Tourism Sector in Kyrgyzstan: Trends and Challenges”2017年(University of Central Asia, The Author, Nazgul Jenish)」によれば、「キルギスには天山山脈とパミールアライ山脈が横たわり、素晴らしい、高い山頂と氷河、アルプスの草原と湖、花に覆われた谷と河、乾いた峡谷と半砂漠などの多様な景色と自然に恵まれている。更に、アジアの遊牧の伝統やシルクロードの昔の文明を含む豊かな歴史・文化遺産がある。この豊富な自然、歴史、文化の恵みにも拘わらず、観光分野の経済は、キルギス経済において僅かな部分であり、2016年のGDPの3.9%、雇用の3.7%に過ぎない。キルギスは、観光客数などの多くの観光指標において隣国や競合国から遅れている。キルギスは隣国の中国からの観光客の急速な増加で便益を得ており、比較的に近いインドが海外の観光機会を求めているという独特のポジションにある。このことを念頭におけば、キルギスの観光は大部分が未利用の需要があり、観光資源から収入や仕事を生み出すポテンシャルを秘めている。観光は労働集約産業であり、もしも観光産業から上がる利益が公平に配分されれば、国内の貧困問題を緩和するのに役立つ。」と記載されています。

 私は、2019年6月にキルギス文化・情報・観光省の副大臣Maksat Damir uulu氏に面談し、キルギスの観光の現状と課題についてヒアリングしました。- その骨子は以下のとおりです。

① 観光地への道路事情が悪い。途中に休憩所・トイレが少ない。
② 海外からビシュケクへの直行便が少なく、国際ハブ空港のアルマティやタシケント経由となり、利便性が悪く、海外観光客の誘致に不利である。
③ シルクロードの文化遺産という点で隣国のウズベキスタンやカザフスタンの知名度が高く、海外からの観光客誘致競争では不利である。
 これらの理由により、海外からの観光客は少ない。
 また、海外観光客の誘致促進策として、下記の対策に取組んでいるとのことです。
① 観光インフラ(道路、休憩所、国際ハブ空港、直行便の誘致)の改善。
② キルギスの特徴である山岳・大自然や冬場のスキーの魅力など独自性を発信する。
③ ウズベキスタンやカザフスタンとの周遊の観光商品の開発などを行う。
④ ホテルや観光産業への外資の投資は開放されており、また、観光のための入国ビザは不要(2012年、対45カ国~)

4. 終りに

 2011年11月の秋深い頃、私は初めてキルギスの首都ビシュケクを訪れました。目的はJICA日本人材開発センターのビジネスコースで講義を行うためです。現地に約1か月滞在し、日本センターに徒歩で行ける距離にある古いシルクロード・ロッジに宿泊しビシュケク生活を体験しました。日本センター・ビジネスコースでは日本のマネジメントに関心のある若いビジネスマンやスタートアップと交流を楽しみました。また、現地の有名企業2社(食品会社、旅行会社)のコンサルテーション・社内研修を実施し、企業状況がわかりました。

 2019年6月に、8年振りのキルギス訪問では、昔と変わらぬ光景を懐かしむ一方で、年月の経過による大きな変化が印象的でした。

• JICAキルギス事務所がビシュケク市内の中心にある在キルギス日本大使館の近くに移転していました。当時の日本センターの所長は日本側から派遣されていました、今は現地パートナーの大学から派遣されており、事業の現地移転が進んでいました。
• 日本センタービジネスコースの当時の受講生の一人が、キルギス政府の投資促進庁の高官になっていたことに驚きました。少しは人材育成に寄与できたかもしれない。
• 老舗のシルクロード・ロッジは、オーナーが英国人、3・4星、価格は中級で、雰囲気が良かったですが、今はオーナーが変わり、価格も低価格路線になっていました。
• ビシュケク市内の道路交通や歩道の舗装メンテナンスは相変わらず問題。経済成長で新しいビルと大型ショッピングセンターの開発ラッシュが目立ちました。
• 今回初めて、ビシュケク市から4時間のイシククル湖を訪問調査し、キルギスの大自然の素晴らしさを体験、満喫しました。
• 一帯一路(2013年に習近平主席が提唱)の影響で、キルギスと中国との経済関係が深くなっています。

 中国の経済・技術・軍事力の拡大、一帯一路、米国を始め世界各国の国内の分断、米中の覇権争い、出口の見えないCOVID-19などで、世界は不安定で混沌としつつあります。日本は周囲の国との健全な関係を維持し、平和構築を基に経済成長を図ることが重要と思います。日本の立ち位置として、米、中、露、韓は勿論、中央アジアのウズベキスタン、キルギス等との多角的な視野で戦略的な行動が求められます。

 キルギスは中国との関係が深まり、ロシアはキルギスと良好な関係でキルギスの重要な出稼ぎ先でもあります。少子高齢化、労働力不足と経済成長の停滞の日本は、中央アジアの新興国のSDGs・開発支援、有為な若者との人的交流、教育・技術移転、日本で働く機会の提供、投資・貿易を通じて、日本と中央アジア地域とのWin-winの関係構築を目指す必要があると思います。そのためには、まずは現下のCOVIT-19収束に向けた有効な対策を講じ、早期にニューノーマルの体制に移行することが期待されます。

【参考】
紙面の都合で、キルギス事情について十分に執筆・ご紹介できていません。その補足として次のYouTubeの情報をご参照願います。

The Beauty Of Kyrgyzstan – By Drone In 4K | Kirgistan Drohnenflug | Kyrgyzstan Aerial | Reisetipps  2018

Kyrgyzstan 2018

Kyrgyz Food & Luxury Yurts – Bishkek & Chunkurchak – KYRGYZSTAN FOOD & TRAVEL VLOG 2018

Kırgızistan tanıtım videosu – Кыргызстанды таанытуу видеосу – KYRGYZ YOUTH – КЫРГЫЗСТАН ЖАШТАРЫ 2016年

KYRGYZSTAN-Silk Road-Tourist route,places that you can not forget.Full HD 2013

Kyrgyzstan/Bishkek (Natural Beauty-Ala Archa NP) Part 5

★ Chinese company helps build Kyrgyzstan’s biggest infrastructure project
•2019/06/12  (このメディアは中国政府の支援を受けています)

★China‘s Belt & Road Initiative Helps Boost Kyrgyz Economic Growth
(外国メディアによる在中国キルギス領事へのインタビュー)

★Belt and Road” 100 percent welcome: Kyrgyz official
(このメディアは中国政府の支援を受けています)

特に下段★印3件のビデオは一帯一路に関連します。

■ 安井哲雄 (やすいてつお)
中小企業診断士(1999年、初期登録)、東京都中小企業診断士協会・中央支部会員、中央支部国際部部員・アドバイザー。 株式会社商船三井を2010年に定年退職し、グローカル経営研究所主幸。株式会社ワールド・ビジネス・アソシエイツ シニアコンサルタント。
ワールド・ビジネス研究会会員、人財開発研究会会員、物流研究会会員、企業金融研究会会員。