国際部 鈴木 穣

 M&Aというワードが、ドラマ・CM・書籍でたくさん取り上げられるようになってきました。せっかくこのような執筆の機会をいただきましたので、「国際(クロスボーダー)」×「M&A」の趣旨で、堅苦しい内容にならないよう、これまで経験した「思い出」を綴ってみたいと思います。
M&Aだけでも難しそうなのに、クロスボーダーなんてもっと大変なのではないか」というイメージを少しでも和らげられればとの気持ちからのご紹介です。M&Aに限らず、海外取引の場面ではご経験された方もいらっしゃるかもしれない内容となっております。
私はこれまで国内外のM&A取引にアドバイザーとして、時にはプリンシパルとして携わって参りました。コロナで少し停滞しましたが、海外へ事業フィールドの広げる流れは続いていくのではないかと考えています

 

1. 文化の違い:Accuracy(正確性)

これまで、北米・欧州・東南アジア・中国の案件に接する機会がありました(南米とアフリカは未経験)。M&A案件は、買手と売手それぞれのサイドに、プリンシパルとFA、専門家、その他と複数の関係者がついて構成されます。そのため会社の垣根を越えてチームを組んで対応するのですが国内案件では経験しないようなエラーに出会うことがあります。

タイミングとしてはお互いのことをまだよく分かっていない案件初期で多い印象です。チームで一緒になった10年以上の経験があるベテラン(在海外)がいて、企業分析を担当してもらったのですが、チェックをすると掛け算割り算の間違えや、違うものを計算していたことがありました。日本人だと「このあたりは自信ないんです」と付言があったり、態度に出すことがあったりしますが、「経験豊富な私がやってあげたので、感謝しろよ」と上から目線で渡されたものがその出来ということがあり、そのままミスに気付かず処理してしまいそうになったことがあります。雰囲気に流されず、正確さには国内案件以上によく気をつけるよう、それからは心がけるようになりました。

また、相手方から出された資料にも同様の問題が生じることがあります。かつて1回目、2回目、3回目と複数回に分けて開示された資料に、いずれも同一時期の決算書が入っているものの、全部数字が異なっていたことがありました。質問をすると「どれも間違っている訳ではないが、2回目のものを使え」と回答が来ました。「謝罪するのが先ではないのか」という気持ちになりましたが、場数を踏むうちに、そういった日本的な気持ちは脇に置いて、監査済決算書でも数字が違う場合があるという異文化を受け入れる必要を感じました。

誤解がないよう付言しますと、国籍関係なくきっちりとした正確な仕事をする方は当然いらっしゃいます。

 

2. 規制:Regulation

日本では、土地の取得を外国資本が行うことが完全に規制されてはいないことがよく話題にあがります。グローバルで見て、「土地の取得ができる」というのは珍しいです。土地だけでなく、国防関係、メディア関係、インフラ関係、金融関係等は規制されている国が多いです。

規制では、「禁止」なのか「許可制」なのか、もしくは「制限(外国人株主比率は一定の割合まで等)」なのかで対応が異なってきます。

日本の感覚と違うのは、その規制の文言が曖昧なことがあることです。「何々の条件を満たせば、許可する」との記載が存在する場合があります。但し、「何々」の部分が曖昧で、明確でないこともあるのです。当局関係者に確認しようとしても、秘密保持義務があるので「某社が売りに出ているので、買収しようとしているのですが、許認可はおりますでしょうか」と初期段階で聞きに行くわけにもいかず、悩ましい問題になります。

対応策としては、歴史あるリーガルファームの見解を取得し、案件が進んだ段階で当局と交渉してもらうことが考えられますが、経験上、世界的なファームの2つから見解を取得したものの、その2つが正反対の見解であったことがありました。

企業の機関構造が、日本と異なることにも留意が必要です。インドネシアであればPT.~、ドイツであれば~GmbHと「Co. Ltd」以外にも、その国ならではの会社形態が存在します。役員の就任要件に国籍がある場合もあるので、自社の日本人を役員に就けて、ガバナンスを担保しようとしていた場合、規制と適合しているかも事前に確認することが重要です。

 

3. 執念:Negotiation

文化的な違いということで、前々章で述べたことと関連しますが、アンロジカルな交渉となることが国内案件と比べて多かった印象があります。経験したものとしては「全ての条件が決まった後で、株の売却主兼社長の引継期間の給与を決める。取引条件の満足度で給与を決めたい」と頑なに主張されたことがありました。取引条件には企業価値がいくらになるかが前提としてあるので、後出しジャンケンで企業価値に係る給与の話をされると買手としては困ります。この件は説得までに時間がかかりました。

別の例としては、全ての交渉が終わり、買手売手が握手までした後で、「実は世界的な企業から買収提案を受けているので、貴方とはパートナーになれない」と急に言われたケースや、訴訟を受けているのをひた隠しにされたりしたケースもありました。

色々な経験をしてきましたので、交渉の途中で順調さを感じてもサインするまでは気を抜けないマインドがしみついてしましましたが、相手方が見せる「執念」はビジネスにおいて大事であることと学ぶ機会でもあると前向きに捉えています。

 

4. チャンス:Opportunity

ここまでどちらかというと大変なこと(ややネガティブ)な事柄に触れてきましたが、得られる果実が大きいのもグローバル案件ならではです。経験したものの中では、投資国の経済成長が買収時点の想定以上で、当該セクター全体の規模が膨らみ、当時予定していたROIの何倍にもなったケースがあります。取得した現地拠点を足掛かりに、隣国へのさらなる投資に繋がった事例もあります。

個人レベルでは、投資機会や出張機会を生かし、「見聞を広げよう」というのは意識しています。昼と夜で街の顔も変わります。例えば夜歩いて暗ければ、「電力事情がよくないのでは?」といった気づきも生まれます。余裕があればレッドアイ(深夜に出発して、早朝に着く便。睡眠不足で目が充血することから)で往復するようなことが避けたいものです。観光地でも真剣に見れば、仕事と一緒だと私は思っています。

「見聞」という言葉を使いましたが、最後に私が心にとめているクロスボーダー案件に相応しい言葉をご紹介して締めたいと思います。大村益次郎が言ったとされる「常識を発達させよ。見聞を広くしなければならぬ。小さな考えでは世にたてぬ」です。法人、個人関係なく、令和の時代でも通じる名言ではないでしょうか。

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写真:やや暗いカンボジアの夜

以上、今回はつらつらと「思い出」を綴ってみました。また機会があれば、実務的な論点等も紹介したいと思います。御覧いただきありがとうございました。

 

■鈴木 穣(すずき じょう)

東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属。
銀行・証券会社で国内外のM&A取引、経営企画、買収後の子会社管理に従事。