国際部 服部 祐樹

診断士の世界に足を踏み入れて感じることの一つに、「飲み会」の多さが挙げられるのは、私だけではないと思います。酒類業界に属する身としては大変ありがたく、また皆さんとの距離を縮める機会をいただけるとても楽しいひと時であります。

しかし、かつてたばこがそうであったように、アルコール摂取には確実に厳しい目が注がれ、そして規制の手が伸びています。際限のない節度のない飲み方や泥酔などによる周囲への迷惑行為は当然慎むべきであり、「適正飲酒」を推奨することは言うまでもありませんが、その概念も、我々の想像をはるかに超えて厳しくなる日がやってくるかもしれません。今回は、そんなアルコール規制に関する世界の動きについてお伝えさせていただきます。

1.アルコールが持つリスク

皆さんは、ARPという言葉をご存じでしょうか?“Alcohol Related Problem”というWHO(世界保健機関)による造語で、「アルコール関連問題」と訳されます。アルコールが引き起こす様々な問題を環境面から未然に防ぎ、依存症、健康障害、事故などを生じさせないために、WHOや国連SDG’sの枠組みでその取り組みを強化しています。

なぜそのような動きになるのか。それは世界的にヒトの死因として非感染症疾患(NCD Non Communicable Disease)の割合が上昇しているからです。この課題は、SDG’sの目標3「すべての人に健康と福祉を」のターゲットの一つ「2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健及び福祉を促進する。」としても記載されています。ここ数年は感染症であるコロナの存在感が高まりましたが、非感染症疾患の人口に占める死亡割合は中長期的に高まり続け、WHOの発表では、現在では74%に及んでいます。

NCDの具体的な疾患としては「循環器系疾患」「がん」「呼吸器系疾患」「糖尿病」などが挙げられますが、これらをもたらす危険要因の一つとして「有害なアルコールの使用」が問題視されているのです。また、「有害なアルコールの使用」という範疇で考えると、これらの疾病に至らなくても、依存症、飲酒運転などアルコールがもたらす諸問題により、本人はもとより周囲にも甚大な被害を及ぼす可能性も無視できません。

健康問題としてまずターゲットにされたのはたばこであり、さまざまな規制の結果、街中で広告や喫煙者を見かけたのは、はるか遠い昔のことになりました。そしてこれらの規制に向けた運動を推進した人々が、2000年代中頃よりアルコールの規制強化に目を向け、さまざまな機関への働きかけを強めているのです。

2.WHOと業界の対応

WHOでは2010年に「アルコールの有害な使用を提言するための世界戦略」を採択し、2012年には、「有害なアルコール使用の10%削減」という数値目標を発表しました。

これに対し、酒類業界では様々な機関に働きかけをするための組織を作っていますが、その中でも世界の有力アルコールメーカーで結成された業界団体(いくつかの変遷を経て、現在はIARD “International Alliance for Responsible Drinking“という名称で活動)では、2012年にはコミットメントとして「アルコールの有害な使用を提言するための世界戦略を支持し、業界として5つの課題に取り組むことを誓約する」と発表しました。5つの課題とは、(1) 未成年者飲酒の低減、(2) マーケティング自主基準の強化、拡大、(3) 消費者への情報開示促進と責任ある製品開発、(4) 飲酒運転の低減、(5) 有害な飲酒低減に向けた小売業者への協力要請という内容です。さらに、2013年からの5か年計画を策定し、不適切飲酒の撲滅と適正飲酒の推進を一層強化していく方針を打ち出しました。

写真1_Producer's Commitment

写真1:IARD PRODUCERS’ COMMITMENTS

出所:Producers’ Commitments 2013-2017 (iard.org)

 

このように業界団体ではWHOの検討に連携する形をとりながら、その動向を注視しています。2013年にはWHO総会(WHA)で指標と10のアクションプランが発表され、その中でも以下の3点が推奨政策に位置付けられています。

(1)CMと公共の場所でのアルコールの入手について規制すること。
(2)アルコールの広告と販促を制限、禁止すること。
(3)アルコールに対する増税などの価格政策を起用すること。

 

3.海外での規制強化事例

ここまで見ると、掲げられた取り組みはどれも当たり前と言えると感じられるのではないでしょうか。もちろんその通りなのですが、このような流れの中で海外ではどのようなことが起こっているのか、二つの事例をご紹介します。

(1)アイルランドでの健康警告表示

アイルランドにおいて、アルコール商品のラベルに健康に関する警告文言を記載することを義務付ける規制案が、2023年5月に法制化されました。今後3年間の猶予期間を経て、26年5月に施行される予定です。施行後は同国で販売されるすべての酒類製品は、アルコールのグラム数や飲酒のリスクについて、詳しく警告表示を行わなければならなくなり、アルコールラベルに健康情報を記載する世界で初めての国となります。一方で貿易相手となる各国からは異議も申し立てられており、予定通り施行されるのか注目されています。

警告表示だけを考えると、日本のたばこのパッケージがイメージしやすいかもしれません。しかし、世界のパッケージを検索していただくと、健康被害にかかわる刺激的な写真付きのものが数多く確認できます。(あえて掲載しませんが、興味のある方はご自分で調べてみてください!)もちろん極端な例でありそうなると決まったものではありませんが、規制が厳しくなると全く「酔えない」ラベルになってしまう可能性もあるわけです。

 

写真2_Irland Label

写真2 アイルランド政府から推奨されるラベル表記例

出所:Ireland notifies to WTO its Draft regulations on alcoholic beverages labelling unchanged despite strong opposition by EU Member States – CEEV

(2)カナダでの飲酒ガイドライン答申案

2023年1月に、カナダ薬物使用・依存症センター(CCSA)が新たな飲酒ガイド来難をカナダに提出しました。「少量であってもアルコールは健康を害する」として、ビールやワインなどを“週”1~2杯程度に抑えるよう推奨するものです。従来のガイドラインは“毎日”1~2杯程度でしたので、全く次元の違うガイドラインと言えます。

なお、規制推進派からは「飲酒に安全なレベルはない “No Safe Level”」といった強い意見もありますので、そう考える人たちにとってみれば、「飲めるだけゆるい」ということになるかもしれません。このような流れにおいては「酒は百薬の長」「適量を飲んだ方が健康的」といった愛飲者の錦の御旗であった主張を覆す「全く飲まないことが健康に最も良い」とする論文も2018年にイギリスの医学雑誌で発表されており、今後さらにこのような研究も進んでいくことになりそうです。飲めないことからくる健康被害はどうなるのか?と言いたくもなりますが、当然聞く耳は持ってもらえそうにありません…。

またこれらの事例は市民運動ではなく、政府レベルで検討されていると言うことも理解しておく必要があると感じています。

写真3_WHO_article

写真3 WHOのHPより 公式に「安全な飲酒レベルはない」とするニュースリリース

出所:No level of alcohol consumption is safe for our health (who.int)

 

4.日本での取り組み

このような世界の動きに対して、日本でもさまざまな取り組みは進んでいますが、私たちの身近なところでは、アルコールの取り扱いに関し、世界的には決して一般的でないことがまだまだたくさんあります。

 

  • アルコール販売時間帯に制限がない
  • 飲食店の「飲み放題」
  • 飲食店でのアルコール販売に免許が不要で、働く未成年者がお酒を運ぶことも可能
  • TV CMなどで「飲むシーン」が許されていること

これらの事例は日本が「アルコール天国」と見られてしまう一因でもあります。そんな環境もあってか、日本では多量飲酒はなかなか減らないどころか、女性では増加傾向にあります。そのため、酒類業界は「適正飲酒」の取り組みを強化し、さまざまな啓発活動を行うことはもちろん、広告活動などにおいても過剰に商品を露出させないように時間帯などを考慮した自主規制をかけたり、商品ラインアップでも低アルコール(微アルコール)、ノンアルコール商品を提案したりと、お酒の有害な使用につながらないよう多方面にわたって取り組みを進めています。

図表1純アルコール摂取量

図表1 一日当たりの純アルコール摂取量が男性40g(日本酒2合程度)以上、女性20g(日本酒1合程度)以上の者の割合

出所:健康日本21(第二次)におけるアルコール対策 | e-ヘルスネット(厚生労働省)

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-06-002.html

 

5.最後に

愛飲者の方にとっては、先行きの暗い話になってしまったかもしれませんが、明確な結論が出ているわけではありませんし、お酒のない生活が訪れることを望んでいるわけでもありません。このような世界の動きの中で、社会としても消費者としても意識を変えていかなければいけないことがあることをご理解いただき、節度を持ったお酒との付き合い方をしていけば、これからも皆さんと楽しい時間を過ごしていけると信じています。

 

ということで、続きはぜひ「適正飲酒」をしながらお話ししましょう!

(ご参考) WHO NCDに関する報告 https://www.who.int/en/news-room/fact-sheets/detail/noncommunicable-diseases

 

 

■服部 祐樹(はっとり ゆうき)

2023年中小企業診断士試験合格。東京都中小企業診断士協会中央支部準会員、国際部所属。ワインソムリエ。酒類事業会社および持株会社において広報、経営計画策定等の業務を経て、現在はM&Aや新規事業運営に従事。