国際部 小山俊一

1.はじめに

私は2017年1月から2021年1月まで、4年間にわたりフィリピン・マニラに駐在しておりました。刻々とビジネス環境が変わる中で、事業会社の組織立ち上げ、業態変更、コロナ禍での危機対応に奔走しました。山あり谷ありの4年間でしたが、日本では得られない貴重な経験を数多くさせていただきました。
ここではフィリピンの国の概要と経済状況に触れつつ、マニラの駐在生活とその魅力について皆様に共有いたしたく思います。フィリピンへの進出を検討している中小企業も多くいると思いますが、この記事を通して少しでもマニラ、そしてフィリピンの実態と魅力を感じていただければと思います。

2.フィリピンの概要と経済状況

まずはフィリピンの概要・経済状況です。実は過去に国際部の先輩2名がグローバル・ウインドにて記事を書かれています。2018年6月に望月優樹先生が詳細な経済分析を、2023年10月に瀧和顕先生がキャッシュレス決済の観点から、フィリピンの概要、人口動態等について分析をされています。リンクを以下に示しますのでよろしければご覧ください。

<リンク>
グローバル・ウインド 「香港のとある日曜の風景から見えた「フィリピン」について」(望月先生)(2018年06月)
グローバルウィンド 「GCashから見るフィリピンの金融・決済事情」(瀧先生)(2023年10月)

また、JBIC(国際協力銀行)が「フィリピンの投資環境」を発刊しておりますが、こちらには企業の海外進出にあたり押さえておくべき情報のエッセンスが詰まっています。更に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング社は「フィリピン経済の現状と今後の展望(2024年7月3日)」にて、最新の同国の経済状況を分かりやすく分析しています。これらはWebから誰でも無料でダウンロードできます。リンクを以下に示します。

<リンク>
JBIC「フィリピンの投資環境
MURC「フィリピン経済の現状と今後の展望」

よって、ここではリンクを張るにとどめようかとも思ったのですが、さすが「ズボラ」との誹りを免れないとも思いますので、多少の蘊蓄と共に、フィリピンの基礎情報、経済動向を以下まとめてみたいと思います。

フィリピンの基礎情報、経済動向

① 国名:フィリピン共和国

⇒1542年スペイン帝国「フェリペ皇太子」に由来

② 国旗:

image001⇒青は愛国心と正義、赤は自由と独立、白は平和、太陽は独立、3つの星は主要地域(ルソン、ビサヤ、ミンダナオ)、太陽から出る光線はスペインからの独立で中心的役割を果たした8つの州を表す。

③ 元首:フェルディナンド・マルコスJr.

⇒1965年に実権を握り、1970年以降は独裁体制を敷き1986年に革命によって国外亡命に至ったフェルディナンド・マルコスの実の息子。通称はボンボン・マルコス。

④ 面積:約30万㎢

⇒日本は37.8万㎢ですので、それより一回り小さい。7,641の島々からなる島嶼国であるところは日本と近しい。(日本は1987年以降6,852島が公称であったが、国土地理院が測定方法を変更して小島も含めて数え直し、2023年には公称14,125島となった。)

⑤ 人口動態(国連データ)

⇒フィリピンの人口は2024年時点1.15億人、2030年には1.23億人に増加し、2050年にピークの1.34億人に到達する見通し。
これに対し、日本の人口はすでに減少局面に入っており、2024年に1.24億人。2030年は1.20億人に減少となる見通し。つまり、2030年中にフィリピンの人口は、日本の人口にそのまま追い越すと予想される。

図表1:2000年~2050年の人口推移~日本とフィリピンimage002(出典:国際連合「World Population Prospects 2024」を筆者にて加工)

⑥ 人口構成

⇒人口構成は各国の経済発展段階に応じて「富士山型」→「ピラミッド型」→「釣鐘型」→「つぼ型」→「棺桶型」の順に推移するといわれますが、フィリピンは若い国で、人口構成もほぼ「ピラミッド型」となっています。
但し、コロナ禍を経て2020年~2022年の出生数は急減しており、最新の人口構成図では0歳~4歳の層が5歳以上に比べて極端に少ないことが見て取れます。この統計だけを見ると「釣鐘型」を通り越し一気に「つぼ型」に突入するようにも見えるかもしれませんが、私見では多産志向が強い文化の国ですので、出生率は回復し2050年にかけて緩やかに「釣鐘型」に移行していくとみています。

図表2:フィリピンの人口構成(2024年実態、2050年予測)image003image004  (出典:国際連合「World Population Prospects 2024」より)

⑦ 経済動向

■GDP推移
フィリピンの2023年度のGDPは4,371億ドルです。タイの5,149億ドルには及ばないものの、マレーシアの3,996億ドルを追い抜き、ベトナムの4,297億ドルと競っている、というポジションです。

図表3:ASEANライバル国とのGDP比較image005 (出典:IMF World Economic Outlook Database (Oct. 2024)を筆者にて加工)

■GDP成長率推移
1980年~1990年に停滞し「東南アジアの病人」ともいわれたフィリピンですが、2010年代からは他のASEAN諸国と比較しても高い成長率(概ね6%以上)を維持しています。
図表4:ASEAN主要5ヵ国の経済成長率の推移image006

(出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング社「フィリピン経済の現状と今後の展望(2024年7月3日)」)

■収支構造
フィリピン経済を支えるのは「第2次所得収支」と「サービス収支」です。前者は、海外出稼ぎ労働者(OFW=Overseas Filipino Workers)からの本国送金であり、後者はBPO(Business Process Outsourcing)、業務委託業務全般(コールセンター、データ入力、システム管理、調査・顧客分析、技術開発・設計など)がそれにあたります。持ち前の英語力を活かしたサービスで、国内外で外貨を稼いでいるという構造です。一方で、これまで海外からの直接投資がなかなか進まず、輸出産業が育ってこなかったため、貿易収支は万年赤字という経済構造にあります。

図表5:フィリピンの経常収支と主要な収支項目の推移image007

(出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング社「フィリピン経済の現状と今後の展望(2024年7月3日)」)

■今後の見通し
以下の点を考慮すれば、海外直接投資も増え、この点が大きく改善する余地が十分にあります。①タイ・ベトナムなど近隣のライバル諸国と比べて若年人口が豊富であること、②ワーカーレベルでも英語が話せ、教育/労務管理が比較的容易なこと、③道路などのインフラ投資が一定程度進んできており、投資環境が改善されつつあること、④地理的に日本を含む東アジア諸国、東南アジア諸国へのアクセスが良いこと。

図表6:ASEAN主要5ヵ国の経済成長率の投資率image008

(出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング社「フィリピン経済の現状と今後の展望(2024年7月3日)」)

 まとめますと、フィリピンは東南アジア主要国と比べても若く、伸びしろが大きいことから、今の政権運営方針が変わらない限り、成長が続く可能性の高い有望市場といえます。

3.マニラ駐在の魅力

さて、ここからはフィリピン・マニラ駐在の魅力についてお伝えして参ります。

① マニラについての基礎知識

皆さんは、マニラにはどんなイメージをお持ちでしょうか?「貧困」「犯罪」「夜の街」?日本のパブの印象や、80年代のセンセーショナルな誘拐事件を思い浮かべ、「魔都」の印象を持たれている方もいらっしゃると思います。実際、私もマニラ駐在が決まった時、心配のお声がけを多数いただきました。
この様なマニラに対する印象はおそらく、「マニラ市」についてのものだと思います。マニラ市はスペインの植民地であった16世紀末からフィリピンの首府であり行政府と歴史ある建造物が立ち並ぶ由緒ある都市ですが、一方で旧市街の中心部にスラム街が拡がり、名高い歓楽街も内包しており、必ずしも治安が良いとは言えない場所ではあります。
一方、大半の駐在員が住居や仕事場を構える場所は、「マニラ市」に隣接するマカティ市やタギッグ市、パシグ市といった隣接の市です。一般的に、「マニラ」と言われるのは、これらの17の行政地域の集合体であるマニラ首都圏=「メトロ・マニラ」なのです。
なお、「メトロ・マニラ」の面積は636㎢と東京都23区(627㎢)とほぼ同じですが、人口は1,494万人と東京23区(985万人)の1.5倍です。

図表7:マニラ市とマニラ首都圏の概要

image009(出典:Wikipediaを筆者にて加工)

② マニラ駐在員の拠点

駐在員が多く住む地域はマカティ市(商業の中心)、中でも高級ショッピングモールに隣接するエリアや、ロックウェルという高級マンション街、そしてタギッグ市のBGC地区(ボニファシオ・グローバル・シティ)であり、これら地域では買い物・飲食・サービス・治安いずれの観点からも、先進国と同等かそれ以上の生活を享受することができます。
また、南部の工業団地へ進出している企業に勤務されている方の中には、マニラ首都圏の渋滞を避ける目的で、モンティンルパ市の高級住宅街アラバン地区や、工業団地やゴルフ場が集積するラグーナ州サンタ・ローサに住まわれる方もいらっしゃいます。何れの地域においても治安や利便性に問題なく、週末ゴルフなどの健康的なアクティビティを堪能するにはもってこいの環境となっています。
私の体感では、マニラ/フィリピンに駐在に来られた方は、それぞれの駐在生活を満喫し、離れがたい気持ちをもって帰国される方が多いように感じます。image010

③ スポーツ事情

マニラ駐在の魅力として欠くことのできないスポーツについて、私の体験をもとに記載します。

■ゴルフ

何といってもゴルフが盛んです。日系企業や商工会等の団体が駐在員や取引先を相手にコンペを開催しており、私自身も何度も参加させていただきました。逆に言えば、フィリピン駐在にあたり、ゴルフは避けて通れない道といえるかもしれません。
初心者が練習する環境も整っており、会員にならずともプレーできる公営ゴルフ場がそこら中にあります。公営ゴルフ場は設備こそ劣りますが、飛び込みであっても一人であってもキャディを付けてコースを回ることが可能です。私は初心者でしたが、コンペ前には近場コースを夕方2時間ほど回ることで上達し、100切りも何とか達成できていました。image011

■テニス

テニスが生きがいの私にとってマニラは天国で、思う存分プレーできる環境がありました。これまでの人生で最も濃密にテニスをすることができたのがこの駐在期間と言えるかもしれません。日本人会を中心とした駐在員同士のテニス会のほか、フィリピン人コミュニティーとの交流試合や地元のトーナメントにも数多く参加させて貰いました。テニスクラブは多数あり、たむろしているテニスコーチやヒッティングパートナーと気軽に試合ができることもありがたかったです。初めてテニスを始める方も、ワンツーマンでレッスンを受けられるという意味で、マニラには最適な環境が整っています。image012

■ダイビング

ダイビングはフィリピン駐在の特権といえるでしょう。マニラから車で南に3時間ほど走ったところにアニラオというダイビングスポットがあり、週末に日帰りで行けるのが大きな魅力でした。アニラオには日本人経営のゲストハウスがいくつかあり、ライセンスも比較的簡単に取れます。日頃のストレスを、週末の美しいサンゴ礁で魚と戯れながら癒す、、、何とも贅沢ですよね。
ただ、私は色々とダイビングの禁忌を犯し、減圧症の症状が現れたため、再圧治療(※)を体験することになりました。ダイビングは楽しいですが、健康障害も発生し得るので十分に気を付けてお楽しみください。
※チャンバーといわれる圧力をかける大型装置に入り、5-6時間かけて高濃度酸素を吸引し、血中の気泡を排出するというもの。image013

なお、この他にも卓球、バドミントン、サッカー、ラグビー、ソフトボールなど、駐在員の皆さんは、積極的にいろんなスポーツに取り組まれていました。スポーツを再開したい方、新たに始めたい方には、マニラ駐在はピッタリです。

④ マッサージ事情

アジア駐在員の定番かもしれませんが、フィリピンにおいても手ごろな値段で質の高いマッサージが受けられます。私は、中国式の足裏マッサージやタイマッサージに良くいきましたが、ここではフィリピン伝統のマッサージ「ヒロット」に触れておきます。
ヒロットは東西の様々な要素を組み合わせた民間療法であり、「エネルギーの流れ」を正常化させ、心身の調和を図るのが目的と言われます。施術には、温めたココナッツオイルやバナナの葉が使われます。スピリチュアルな優しい現地の文化に触れる機会ともなりますので、機会があれば一度お試し頂ければと思います。image014

⑤ 観光事情

フィリピンのリゾートといえば真っ白なビーチ青い海、ヤシの木の光景が思い浮かぶと思いますが、高級リゾートに行けばまさにその光景が広がっています。
詳細はガイドブックに譲りますが、セブ島/マクタン島、ボラカイ島、ボホール島、エルニド/パラワン島は何れも世界的なビーチリゾートには、マニラから僅か2-3時間で行けてしまいます。
但し、高級リゾートは相応の値段がしますので、私自身は近場の安宿に泊まりつつ、デイユースで施設を使わせてもらうか、知名度の低いビーチに行くことが多かったです。下記の写真は「黒魔術」の伝統が残る、知る人ぞ知るシキホール島ですが、このビーチでみた絵画のような夕日は生涯忘れません。image015

フィリピンの観光地はビーチだけではありません。ボホール島では、世にも奇妙なチョコレートヒルズという広大なカルスト地形を楽しんだうえ、ターシャという手のひらサイズの不思議なサルにあうことができます。
また、ルソン島北部のバナウエでは世界遺産にも登録されている美しい伝統文化、棚田(ライステラス)を堪能することができます。棚田はルソン島北部の少数民族、イフガオ族が2000年にわたって手作業で耕し続けきたものです。「天国の階段」と称賛され、今なお昔ながらの手法をもって、大切にお米が育てられています。image016

また、マニラの駐在員であれば、マニラ郊外南方の最も身近なリゾート地、タガイタイを外すことはできません。タガイタイは日本で言えば軽井沢のような高原避暑地です。その中心は、火山湖の中に浮かぶ世界一小さな活火山といわれるタール火山ですが、スターバックス・マクドナルドといった一般の飲食店からでも、湖に浮かぶ荘厳な姿を楽しむことができることができます。
特に、駐在員仲間で人気だったのは、タール火山を見ながら朝食をとるというもの。ゴルフに行くと同様の時間帯(5時ごろ)にマニラを出れば、タガイタイで特別な朝食を堪能してリフレッシュできます。これは、マニラ駐在員ならではの贅沢な時間と言えます。
なお、タール火山は私が駐在中の2020年に大きく噴火、周辺の飲食店は大きな被害を受け、マニラ近くの工業団地には火山灰に覆われました。マニラ首都圏でも数ミリの火山灰が降りました。特に、私は火山爆発のほんの数カ月前に船で火山に渡り、火口頂上まで登ったばかりでしたので、噴火当日は大きな衝撃を受けたこと覚えています。image017

4.おわりに

フィリピンの成長性や懐の深さ、マニラ駐在生活の健全な魅力についてお話をしてきました。良い意味で皆さまのフィリピンに対するイメージを変えることができたのであれば、うれしく思います。
フィリピンは日本と距離的にも近く、安全保障の観点からも重要な東南アジアの友好国です。英語も通じますし、親日的で年長者を敬う文化もあることから、日本の経営者にとっては比較的、組織運営を行いやすい国です。英語を使いこなす若い労働力を有し、消費市場としても成長性があることを鑑みると、業種問わず中小企業の進出先として十分魅力的な国だと思います。
この国に恩義のある私としては、経営者の皆さま、中小企業診断士の皆さまが積極的にフィリピンへの進出を検討し同国を訪問されること、そして日本とフィリピンの交流がますます盛んになっていくことを願ってやみません。

■小山俊一(こやま しゅんいち)

2024年4月中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会中央支部国際部所属。米国公認会計士。
総合商社にて財務部、食品原料の輸入内販事業を担当した後、自動車メーカーに転職し乗用車の輸出販売事業を担当。総合商社に復職後、海外向けに幅広い自動車関連事業に従事。2017年~2021年に在フィリピン販売金融会社に出向。帰任後は経営企画部を経て、現在は営業本部の企画・運営を担当している。

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