浜田 悟

 だいぶ前になりますが、伊藤忠商事の会長を務められていた故瀬島龍三さんが「着眼大局、着手小局」ということをお話しされていました。瀬島龍三さんの生前ですから相当前です。その時は「さすが第4次中東戦争の行方を見通した方の名言だな」と感じたものです。この意味が、最近よくわかってきました。鳥の目を持って物事を見て判断し、アリの目を持って物事を実行しなくては事はならない。ということをおっしゃっていたのだな、と今さらながらに思い出しております。
 この混沌とした世情だからこそ、今また「着眼大局、着手小局」に立ち返って物事を考え、実行していきたいものだと感じております。「着眼大局、着手小局」という言葉は、別の見方をすると「戦略眼」とも受け取れます。「戦略眼」は鳥の目で状況を把握し、目的・目標達成のために何をしていくべきかを定め、その実行のために諸準備を怠りなく進める、事といえます。今こそ、企業の経営幹部の皆さんに「戦略眼」を鍛え直していただきたいと思います。
 ここで改めて「戦略」というものを定義づけさせていただくとしたら「相手の求めるものを見抜き、勝つために優位な状況を作り出して戦う、相手に優位があれば、その優位を封じ込めて戦う」と定義されるのではないでしょうか。相手が変化すればこちらもそれに合わせ柔軟に変化して対応する。一度決めたことだから、今までこの通りやってきたのだから、ということでは変化に対応できずに敗れてしまいます。孫子にも「勝兵先勝 而後求戦(勝兵は先ず勝て、しかる後に戦いを求む)」「善用兵者 譬如卒然(善く兵を用うる者は、譬ば卒然の如し)」とあります。しっかりと戦略をたてて企業活動を行い、また、環境の変化に柔軟に対応していくことの重要性を言っています。
 では、どのようにすれば「戦略眼」を鍛えることができるのか?まず、世界の政治情勢や経済情勢に関心を持つこと、そしてそれが自分の地域、業界にどのような影響を及ぼすのか、等々をしっかり考えることが大切です。もし、目先の経営課題に汲々としていて、そんな余裕はない、と思っているとしたら戦略的間違いを犯すことはそう遠くないでしょう。毎日、新聞に目を通し、重要なことの見出しを日記にメモしていく、これだけで「ハッ」と気づくことがあるでしょう。戦略眼にはそうした直観も大切です。直観に基づきその根拠や背景を示す事実を確認していけば良いのです。何もデータを積み上げるだけが戦略構築の手法ではありません。着眼点さえ間違えなければ問題ありません。変化の兆候をとらえたならばその変化に対応しつつ、自社の目標・目的を達成する打つ手を考えれば良いのです。
 家電業界におけるTVの失敗を見ていただければわかると思います。日本企業は「高品質、高性能、高価格」というブランドで先進国市場を中心に圧倒的強さを誇っていました。それが新興国の台頭により「そこそこの品質・機能で圧倒的に安価」な製品にとってかわられたのです。この時、日本企業は国内の地デジ化とエコに伴う需要に目を奪われていたと言えるでしょう。アリの目で目先のことに汲々としていたら世界情勢が変わってしまっていた、ということです。鳥の目を持って世界情勢を見ている経営幹部がいなかった、と言えるかもしれません。大きな企業になればなるほど方向転換に時間がかかるわけですから、より遠くを見通すことが必要です。
 さらに、戦略眼を鍛えるには、先行きを見通すだけでなく、「重点化する」「集中化する」「タイミングを計らう」「柔軟な組織を作る」ことが大切です。
 「重点化する」「集中化する」とは、あれもこれもと考えずに「これ」を行う、とやることを重点化することです。特に相手が目をつけていない隠れた要点を見出して、その課題1点に集中しさっさとやってのけ、すぐ次の課題に進む、そうした機動性が求められるということです。あちこちに手をだし、資源を分散することで何も得られなかった、ということだけはしたくないものです。自動車業界を見てください。トヨタ・ホンダはハイブリット車に、日産・三菱は電気自動車に、マツダはガソリンとディーゼルエンジンの改良、と開発を重点化し、開発資源を集中させています。今のところ優勝劣敗をつけがたい状況です。今後の戦略展開によって甲乙が付くことでしょう。
 「タイミングを見計らう」ことは、実行の時期を見計らうということです。企業でいえば世に製品やサービスを提供するタイミングと言えるでしょう。競合他社の状況をみながら、市場投入による優位を維持できるようにタイミングを見計らう必要があります。早すぎると、市場がその製品やサービスを受け入れるだけ熟成していないため、うまくいきません。また、競合先が続けて同じような製品やサービスを投入してくると、先行する優位が無くなってしまうということもあります。そのためには周囲の動きを細かく調査・分析して絶妙なタイミングを見計らうことが必要です。
 4つ目は「柔軟な組織を作る」ということです。このことはどんな戦略を取るにしてもとても重要なことです。硬直的な組織では新しいことを実行していくことはとてもできません。組織メンバー一人ひとりが革新的で挑戦的な意識が必要です。日本人は一つのことを徹底して追求し、芸術的レベルに昇華していきやすい傾向があります。周囲が変わるとそれにおいそれと対応できなくなる傾向があります。戦略を実行するのは現場の人間です。現場が柔軟に動けなくては戦略の実行性が薄れます。機動性も発揮できません。日々、同じことの繰り返しの中で昨日よりは今日、今日よりは明日と高度化効率化に目を向けると同時に、様々なリスクや制約条件が大きく変わった時の対応など、様々なことを想定し訓練を積んでいくことが必要です。組織能力の向上と組織の柔軟性を高めるために、日々小さなことを営々と積み重ねていく、このことが「着手小局」ということだと思います。
 新興国の成長が続く中で日本が世界をリードしていけるよう、「着眼大局、着手小局」を肝に銘じ、日々精進していこうではありませんか。
 最後までお読みいただきありがとうございました。
 
 
 
■浜田 悟
中小企業診断士