山根 孝一

1.はじめに
 経営者の皆さんにとって、取引先など社外のコミュニケーションが重要であることは言うまでもありません。一方、社内のコミュニケーションも同じように重要であるにもかかわらず、十分でないことが多く見受けられます。経営者や管理者が会社の隅々まで常に目を届かせることはできません。したがって現場で何が起こっているかを知るうえでは部下から話を聞くことが自社の状況をタイムリーかつ正確に知るうえで何よりも重要です。

 本稿では、経営者や管理者が部下と話をする際に心がけていただきたいことを、戦国時代の武将武田信玄の旗印である「風林火山」になぞらえて説明します。武田信玄は部下(家臣)の育成にも秀でていたと言われています。

2.風-真の原因に迫ること風の如く
 問題とは現実とあるべき姿のギャップであると定義されています。ですから、いくら部下が現場に精通していてもあるべき姿が理解されていないと問題だと認識することはありません。経営者や管理者(上司)は部下の話からどこかに問題が潜んでいないかに注意を払う必要があります。

 問題が見つかったら原因を特定することになります。トヨタ方式などと呼ばれている「なぜ?」を繰り返して問題発生の根本原因を捉えようとするものです。ここでご注意いただきたいのがいわゆる「堂々巡り」になっていないかを常に検証することでしょう。例を挙げて考えてみましょう。

 現象・・・社員のやる気が低下している。(1)
  ↓
 (1)の原因・・・給料が増えていない(2)
  ↓
 (2)の原因・・・会社の業績が向上しない(3)
  ↓
 (3)の原因・・・社員のやる気が低下している

 原因を追究しているはずだったのに元に戻っています。確かに一つひとつの事象を矢印でつなげるとこのようになりますが、そもそもやる気とは何を指して言っているのか、他の原因はないのか、などしっかりと手順を追って進めないと単なる言葉遊びになってしまいますので注意が必要です。

3.林-穏やかに聴くこと林の如く
 他者の話を聞くことの難しさはよく言われることです。ついつい途中で口をはさんで話の腰を折ってしまったり、言葉尻だけを捉えて、「だから君は〇〇なんだ」と決めつけたり。これでは部下の側から積極的に現状報告や改善提案をしようという気にはなれないでしょう。人の話は最後まで聞く、子供のしつけのような話ですが、これすらできていない経営者がいることも事実ですので一度振り返ってみてください。

 そのうえで、「傾聴」の本当の意味を考えてみましょう。「傾いて聴くのだから相手に向かって前のめりになって熱心に聞いてやればいいのだな」いいえ、あなたが前のめりになったら相手は委縮して言いたいことも言えなくなります。傾けるのは身体ではなく耳です。

 傾聴の第一段階は、相手が言いたいことを丁寧に聞き取ること。先ほどの悪い例のように話の腰を折ってしまっては言いたいことも言えません。まずは相手の意図をすべて受け入れる態度を保って聞き入れてあげましょう。「なるほど君の言っていることはよくわかる。でも、こんなやり方もあるんじゃないか」と相手の言い分をきちんと受け止めたうえで、自分の意見や考えを述べることが肝要です。イエスバット法などと呼ばれています。

 傾聴の第二段階は、相手の考えが及んでいなかった部分を聞くことです。すなわち、効果的な質問をすることにより、もっと深く相手の言い分を理解したり、相手に気付きを与えたりすることが可能です。相手の分析が不十分で短絡的な結論に固執している場合などに効果的です。

 さらに傾聴の第三段階は、相手の気持ちを受け取ることです。口では大丈夫ですと言っているが表情は憔悴しきっている部下を見て、「じゃこれまで通り頑張れ」と突き放すのではなく、親身になって相手が困りごとを吐露するまで付き合うことなどが挙げられます。表情、目の動き、態度やしぐさ、声など様々なメッセージを発しています。相手の言葉だけを鵜呑みにするのではなく、言葉の裏に隠された本音を敏感に察知することが大切です。下世話な例では、口では強がりを言っていても、本当は自白してしまいたいと思っている犯人にカツ丼を差し入れて「母ちゃんが泣いているぞ」とささやく刑事といったところでしょうか。

4.火-相手の心に響くこと火の如く
 モチベーション(=動機づけ)を高めるとはどういうことでしょうか。ただ頑張れ頑張れと鼓舞してもなかなか思い通りにはなりません。もともとやる気とは、内面の心の動きであり直接外部からコントロールできるわけではありません。そこで何らかのモチベーションを与えてやる気が湧き上がってくる状態を作り出すことが必要となるのです。経験上、やる気が湧き上がってくるときとは

 (1) 明確かつ達成可能な目標がある
 (2) 人から指図を受けず自分で主体的に行動できる
 (3) 達成感がある

 などですので、経営者、管理者ができることは、(1)目標の明示、(2)達成可能性の明示、(3)達成への期待感の表明、(4)達成に必要な資源の提供(権限の委譲)、(5)達成時の称賛、感謝、となるわけです。

 相手によって感じ方や反応はさまざまですが、褒められてへこむ人はいませんので、まずは相手を褒めることから始めてはいかがでしょうか。

5.山-信念が揺るがないこと山の如し
 信念とは、自分が正しいと思っている考え方のことです。会社には企業理念があり、会社として今後目指すべき方向が示されています。これを遵守することは当然のこととして、会社としての重大な意思決定の場面などで経営者や管理者の信念が問われる場面があります。

 例えば下請け業務からの脱却を内外に掲げて事業を行ってきたが、このままでは今期の赤字が決定的となった矢先、大きな下請け仕事の依頼が舞い込んできた。受注すれば黒字が確定するが、下請けを断ってここまでやってきた社員の苦労を考えると本件を断るべきか、引き受けるべきか・・・。これまで培ってきた価値観が改めて問われることになります。どのような信念を持ち、その信念をどこまで守り続けるかを部下は見ています。

 他人の言動に右往左往することなく、しっかりと信念を貫くことができる経営者や管理者の言葉はそれだけで力があります。たかが社内コミュニケーションのことで何もそこまで考えなくてもよいのではないかとお感じかも知れませんが、人の上に立つものとしての力量とはそんなものなのかも知れません。

6.まとめ
 以上、社内コミュニケーションについての基本的な考え方について述べてきました。冒頭武田信玄は人材活用に長けていたと述べました。信玄の功績を記した甲陽軍鑑には「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」とあります。企業経営においても同様です。人材活用や人との繋がりの大切さについてもう一度思いを巡らせてみることをお勧めします。

■山根 孝一(やまね こういち)
経営コンサルタントとして企業の経営改善や事業再生を支援する傍ら、企業研修講師として管理職を対象にマネジメント力養成研修を行う。自らのチームリーダーの経験と、約2千名におよぶロールプレイング指導メソッドから、独自のノウハウを体系化。部下指導に特化した研修を企画、実施中。
近著「10分の面談で部下を伸ばす法」