専門家コラム「製造業の価格転嫁に使える簡単な原価計算方法について」(2024年12月)
1.はじめに
中小・小規模製造業においては、材料費・人件費(労務費)・光熱費などの高騰により、親企業や取引先企業と製品価格の値上げ交渉を行う機会が増えています。また、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)に関する運用基準が、2024年5月27日に改正され、下請法ガイドラインにおける「買いたたき」の認定基準が厳格化されるなど、適正価格による取引を促す機運が高まっています。
これまで何年間も価格交渉を行ってこなかった下請企業が、取引製品の値上げを認めてもらおうと、親会社へ再見積提示などで製品価格の値上げを図っています。私の支援先でも「値上げに応じてもらえた」という中小・小規模製造業が増えたと感じています。
今後も原材料・人件費の値上げが続けば、親企業や取引先との価格交渉を頻繁に行うことが求められ、製品価格の見積りを行う機会も多くなりますが、都度変更した見積価格を相手に納得させなければ、必要な利益を得られません。しかし、製造業が個別原価を計算するには「材料費」「直接製造費用」「間接製造費用」に加えて「販管費」を配賦し原価に加える必要があり、小規模企業では、かなり大雑把な方法で見積りを行っている企業も少なくありません。
物価上昇が続く中、十分な製品値上げを実現するためにも、自社の見積価格を相手に説明できる妥当性があり、しかも、中小・小規模企業でも容易に個別原価を計算できる方法を導入する必要性がある、と考えられます。
そこで、「中小企業・小規模企業のための個別製造原価の手引書1(株式会社アイリンク照井清一著)」に沿って、個別原価を容易に把握する方法(同著では「利益まっくす」と名付けています)を紹介します。
2.個別原価の計算方法
①製造原価の計算式
製品毎の個別原価(製造原価)は以下の式で計算します。
個別原価=材料費+外注費+直接製造費用(労務費+設備費)+間接製造費用
②見積金額の出し方
見積金額は、個別原価に販管費と目標利益を加えた価格となります。
見積金額=個別原価+販管費+目標利益
③見積計算の考え方
①の「製造原価の計算式」で正確にわかるのは、「直接製造費用」のみです。間接製造費用や販管費は、どの製品にどれくらいかかっているのか、正確にはわかりません。「利益まっくす」では間接製造費用と販管費を「直接製造費用に比例する方法」で計算します。
3.直接製造費用の算出に必要なアワーレートの計算方法
アワーレートとは「1時間あたりにかかる費用」のことで、人と設備に分かれます。「利益まっくす」では、人が1時間に費用を「アワーレート(人)」、設備が1時間にかかる費用を「アワーレート(設備)」と呼びます。
① アワーレート(人)は、直接作業者の前年度(変わる場合あり)年間労務費を年間就業時間と稼働率で割って計算します。
年間労務費
作業者1人のアワーレート(人) =
年間就業時間 × 稼働率
稼働率の計算は以下となります。
実稼働時間 実稼働時間
稼働率 = =
実稼働時間 + 非稼働時間 就業時間
稼働率は、数名からサンプルデータをとり、全体の稼働率を推定します。推定した稼働率は、現場で同様の作業を行っている社員に適用します。
ある正社員設備作業者の人件費500万円、年間就業時間2,200時間、サンプルデータからとった稼働率が0.8の場合、実稼働時間は2,200時間×0.8=1,760時間 アワーレートは500万円÷1,760時間=2,840円/時 となります。
また、「利益まっくす」では、稼働時間に段取時間を入れて計算します(方法は後述します)。
製造現場で直接製造に関与しない作業者(資材のピッキングや配送を行う作業者など)は「間接作業者」とします。間接作業者の労務費は「間接製造費用」として集計します。
② アワーレート(設備)の考え方は、アワーレート(人)と同じです。設備の年間費用を年間の実稼働時間(年間の操業時間×稼働率)で割って計算します。
設備の年間費用
アワーレート(設備) =
年間の操業時間 × 稼働率
稼働率の計算はアワーレート(人)と同じです。稼働時間、非稼働時間は日報など日々の記録から把握します。
1)設備の年間費用について
設備の年間費用は主に減価償却費とランニングコストです。ランニングコストは製造原価報告書の「その他経費合計」含まれています。その中の水道光熱費、消耗品費、修繕費などが設備のランニングコストに該当しますが、それぞれの設備のコストがどれくらいかわからない場合、ランニングコストに大きな差はないと考えアワーレート(設備)の計算に入れず、間接製造費に入れます(水道光熱費などで設備によりランニングコストに大きな差が認められる場合は、ランニングコストを設備の年間費用に含め、設備毎にアワーレート(設備)を計算します)。また、補助的に使用する設備の費用は、間接製造費用とします。
2)「利益まっくす」における減価償却費の考え方
減価償却費は定額法、定率法があり、それぞれ法定耐用年数により償却年数が定められています。定率法によりアワーレート(設備)を計算した場合は、設備導入した年のアワーレートが極端に高く、その後は極端に低下するため実態に合わない見積価格となってしまいます。定額法の場合は、今度は償却後のアワーレートが低下することになります。「利益まっくす」では、法定耐用年数ではなく、「実際の耐用年数」を元にした償却方法を取入れて、アワーレート(設備)の変動を抑えることが望ましい、としています。実際には短期で陳腐化してしまう機材以外、法定耐用年数を越えて使用し、稼働限界が来て初めて買い換える、という使い方をされている事業者が多く、実際の耐用年数を基準として、減価償却額を均等に償却する方法です。この方法であれば、アワーレート(設備)の変動幅はより小さく安定します。
(表1)T製作所の設備、工程ごとの減価償却費と稼働時間
ある工場におけるアワーレート(設備)を工程毎にまとめたのが上記の表です。マシニングセンタが1時間稼働すると966円の費用がかかります。人が常時操作する場合は、これに人の労務費が加わります。補助的に使用される設備の減価償却費(マシニングセンタ10万円、NC旋盤5万円)は間接製造費用に加えます。
4.間接製造費用と販管費
①間接製造費用について
「利益まっくす」では、製造原価を直接製造費用と間接製造費用に分けて計算します。間接製造費用は、決算書の製造原価報告書の「労務費」と「その他経費」を直接製造費用と間接製造費用に仕分けします(外注費で社内の間接作業に従事している請負や社内外注の費用がある場合は間接製造費用になります)。労務費は、直接作業者の労務費は直接製造費用、それ以外は間接製造費用です。
減価償却費も、直接製造費用以外は間接製造費用とします(注:同著では、直接製造に該当する設備の「実際の減価償却費」合計を、経理上の減価償却費から引いた金額を「間接製造費」としています。この点はあまり正確とは言えませんが、簡単に計算できることを優先していると考えられます)。その他費用も、直接製造費用以外を間接製造費用とします。
以上から直接製造費用以外と間接製造費用の比率を計算し「間接費レート」として原価計算に利用します。「間接費レート」とするのは、間接費用がどの製品にどれだけかかったのか正確にわからないためです。
間接費レートは以下の式で計算します。
間接製造費用
間接費レート =
直接製造費用(材料費・外注費を除く)
原価計算の専門書では、間接製造費用をそれぞれの項目に応じて細かく配分する方法が載っています。しかし、それぞれの間接費の分配基準を設定し、計算するのはとても手間がかかり、上記の方法はそこまで手間がかけられない中小・小規模企業に向いていると言えます。
②販管費について
販管費も間接製造費用と同様にどの製品にどれだけかかったのか正確に把握できません。そのため、決算書から前年の製造原価と販管費に比率(販管費レート)を計算し、この比率で一律に配分します。
販管費
販管費レート =
製造原価
5.原価計算の例
「利益まっくす」では、2-①で述べたように段取時間も製造時間に加えます。よって、製品1個の製造時間は、人、設備とも以下の式で計算します。
段取時間
1個の製造時間 = + 1個の加工時間
1ロットの数
では、某製作所における製品Aの見積価格を計算してみます。
①前提条件
製品Aは1ロット:100個、1個当り材料費:2,500円、1個当り外注費100円です。T製作所での加工はマシニングセンタ⇒NC旋盤⇒平面研削盤、という工程を踏んで製品となり、出荷します。
各工程の段取時間は1時間、加工時間は1個0.3時間です。
② 見積価格の計算
まず、各工程の製造時間を計算します。この例では、同じになります。
製造時間=1時間÷100個+0.3時間=0.31時間
次に、各工程のアワーレート(人)(設備)を計算します。条件として各設備において、作業者は常時設備を操作しているものとします。また、各設備とも作業者の人件費500万円、年間就業時間2,200時間、サンプルデータからとった稼働率は0.8、とします。設備のアワーレートに関しては、前述の表1のものとします。間接費レートは68.0%、販管費レートは18.7%とします。
1工程:マシニングセンタ
製造時間:0.31時間 実稼働時間2,200×0.8=1,760時間 アワーレート(人)= 500万円÷1,760時間=2,840円/時 アワーレート(設備) 966円/時 製造費用=(2,840+966)×0.31≒1,180円
2工程:NC旋盤
製造時間:0.31時間 実稼働時間2,200×0.8=1,760時間 アワーレート(人)= 500万円÷1,760時間=2,840円/時 アワーレート(設備) 824円/時 製造費用=(2,840+824)×0.31≒1,135円
3工程:平面研削盤
製造時間:0.31時間 実稼働時間2,200×0.8=1,760時間 アワーレート(人)= 500万円÷1,760時間=2,840円/時 アワーレート(設備) 824円/時 製造費用=(2,840+682)×0.31≒1,091円
直接製造費用=(1工程+2工程+3工程)の直接製造費=1,180円+1,135円+1,091円=3,406円
間接製造費用=直接製造費用×間接費レート=3,406円×0.680=2,316円
製造原価=材料費+外注費+直接製造費用+間接製造費用=2,500円+100円+3,406円+2,316円=8,322円
販管費=製造原価×販管費レート=8,322円×0.187=1,556円
見積原価(販管費込み原価)=製造原価+販管費レート=8,322円+1,556円=9,878円
見積原価が計算できました。
③ 目標利益と見積金額の計算
これに、目標利益を加算します。仮に売上高営業利益率の目標値を10%とすると、見積原価に対する営業利益率(見積原価営業利益率)を計算します。
売上高営業利益率 0.1
見積原価営業利益率 = = = 0.11
1 – 売上高営業利益率 1 – 0.1
目標営業利益=9,878円×0.11=1,086円
見積金額=見積原価+目標営業利益=9,878円+1,086円=10,964円
T製作所のA製品の見積の構成は、以下となります。
材料費:2,500円、外注費:100円、直接製造費用:3,406円、間接製造費用:2,316円、 販管費:1,556円、目標利益:1,086円、見積金額:10,964円 |
従来多くの企業は間接製造費用も含めてアワーレートを決めていたため、アワーレートの中に間接製造費用も販管費も含まれていました。「利益まっくす」により間接部門のコストを明らかにすることで、営業利益を見込める見積価格がはっきりします。価格交渉における見積価格の目安となるだけではなく、企業において直接製造部門以外の間接部門に対するスリム化や効率化の必要性が認識できるようになる効果も見込むことが出来るでしょう。
以 上
■略歴
荒井 隆洋(アライ タカヒロ)
東京都中小企業診断士協会中央支部 執行委員・総務部副部長
認定経営革新等支援機関
中小企業診断士、MBA、事業承継士、中小企業事業再生マネージャー
2017年にあらいコンサルタント事務所を設立後、中小製造業での実務経験を活かし、経営者や社員の方と同じ目線に立ったサポートを行っています。