活動報告

専門家コラム「金融機関との関係構築:中小企業における与信枠の重要性」(2025年6月)

はじめに

中小企業にとって、安定した資金繰りは事業運営に欠かせない要素の一つです。事業拡大に必要な運転資金の調達に対応するために、金融機関(銀行・信用金庫・信用組合・信用保証協会・日本政策金融公庫など、以下「金融機関」という)との信頼関係を築き、必要とする与信枠の確保をしておくことが非常に重要です。この記事では、与信枠の概念、利用方法、与信枠を増やすためのポイントについて解説します。

1.与信枠とは

与信枠とは、金融機関が企業に対して設定する貸付限度額(信用の範囲)を指します。基本的には、この枠内であれば、企業は資金を調達することが可能となり、資金繰りの安定性を保ちながら事業運営が行えます。

2.与信枠の設定基準

金融機関が与信枠を設定する際、さまざまな基準が考慮されます。主なものとしては以下のポイントがあります。

(1)企業の財務状況
金融機関が与信枠を決定する際に最も重要視するのは企業の決算書(貸借対照表や損益計算書)です。売上が順調に増加している企業、安定した利益が計上されている企業、健全な資産と負債のバランスが保たれている企業は、高い与信枠を得ることが可能となります。

(2)経営者の信用力
経営者の個人的な信用も与信枠に影響を与えます。経営者のひとつひとつの言動を金融機関担当者は慎重に聴き取り、経営者の融資と融資返済に対する考え方を融資判断のポイントとして判断しています。そのためには、経営者が事業の拡大と融資バランスに対する考え方、融資返済に対する考え方を明確に伝えることが重要です。

(3)事業の将来性
企業が今後どのように成長していくのかが与信枠に影響します。事業計画書や将来の収益予測が適切に示されていることが求められます。

(4)業界や市場の状況
業界全体や企業が属する市場が好調である場合、金融機関はリスクを低く見積もり、与信枠を大きく設定することがあります。一方で企業の属する市場が縮小状態である場合には、与信額が低く見積もられることがあります。その際には、優位性や差別化の要因を明確に示しつつ、縮小する市場の中でどのように残存者利益を確保しつつ事業存続を図るのかについて明確に説明することが必要となります。

3.与信枠を増やすためのポイント

与信枠を増やすことは、事業運営にとって非常に重要です。以下のポイントを意識することで、金融機関からの信頼を得て、与信枠を増やすことができます。

(1)財務状況の把握と定期的な報告
決算確定時や半期決算のタイミングなど定期的に経営状態を報告することで、金融機関との信頼関係を構築することが可能となります。代表者が自社の決算状況を明確に捉え、財務内容が安定していることを示すことで、与信枠の増額が期待できます。

(2)事業計画書の提出
事業計画書は、金融機関に対して企業の未来に対する確信を与える重要な資料です。将来の売上予測やキャッシュフロー計画をしっかりと示すことが、与信枠増加に繋がります。その際には、取引先金融機関や地元の商工会議者・商工会の専門家派遣制度を有効利用することができます。

(3)返済履歴の維持
金融機関は過去の返済履歴データを持っており、与信枠管理に反映させます。過去の借入金を期日通りに返済していることが、金融機関との信頼関係を築くための基本です。遅延や滞納の発生は金融機関との関係悪化に直結する事象であることを頭に入れて返済管理を行う必要があります。

4.与信枠を最大限に活用するための注意点

与信枠をうまく活用するためには、いくつかの注意点もあります。

(1)与信管理を意識した決算書の作成
与信枠の設定は、過去の実績である決算書が重要となります。言い換えると、決算書を金融機関に提出するタイミングで次の決算を迎えるまでの与信枠が決まります。従って、決算書の数値を確定させる際には、税金を抑えることも必要ですが、その数値が今後の資金繰りにどのように影響するかを考慮して、決算を着地させる必要があります。

(2)キャッシュフローの見直し
キャッシュフローが安定しなければ経営者は経営に専念できません。与信額が拡大した際は、借入を増額させて手許資金の確保を行いましょう。適正なキャッシュフローの確保は、経営の安定化に絶対的に必要な要素です。最低でも月商の3か月、可能であれば月商の6か月分の手許キャッシュ確保を目指すことが重要です。

(3)計画的な返済
与信枠を利用した場合は、計画的に返済を行うことが大切です。延滞の発生は、信用状況に傷をつけ、次回の与信枠設定に悪影響を及ぼします。

5.まとめ

中小企業にとって、与信枠の増加は事業運営の安定化において重要な要素です。金融機関との信頼関係を築き、適切に与信枠を活用することで、経営リスクを低減し、事業の成長を支えることが可能となります。
そのためには、決算書を金融機関に提出した時点で、今後1年間の与信額が決定されることを意識することが重要です。決算書は、企業の財務状況を示す成績表であり、金融機関はこれを基に信用評価を行います。したがって、決算書の内容が与信枠の設定に直接影響を与えることを強く認識し、財務内容の健全性を維持・向上させる経営を行う必要があります。
また、与信枠の設定においては、取引先の信用状態や財務状況を評価する与信審査が行われます。この審査では、決算書の内容だけでなく、業界の動向や企業の特性などの定性要因も考慮されます。そのため、日頃からの情報開示やコミュニケーションを通じて、金融機関との信頼関係を深めることが、与信枠の拡大と経営の安定につながります。

・略歴
菅原 寅太郎
経済産業大臣登録 中小企業診断士
一般社団法人 東京都中小企業診断士協会 中央支部経理部
MBA(経営学修士)、日本内部監査協会認定金融内部監査士、認定経営革新等支援機関、SYSTEMA(ロシア式護身術)歴5年

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