中央支部・国際部 飯田雅春
はじめに
アメリカで生まれたジャズは、異文化を取り込みながら進化を続けいまや世界のあらゆる音楽にそのDNAを継承している。本稿ではジャズのあり方から事業や経営に通じるヒントを探る。
ジャズという音楽文化
ジャズはアフリカをルーツに持ち、アメリカで生まれた音楽だ。19世紀にアフリカからの移民(奴隷)の人々が受け継いだリズムや歌が、ゴスペルやブルースに発展し、ヨーロッパ由来の楽器や和声と交わった。20世紀初め、南部の港町ニューオーリンズで黒人音楽とマーチやダンス音楽が混ざり合い、ブラスバンドのサウンドや即興的な掛け合いが融合し、やがて「ジャズ」と呼ばれるようになる。
そしてその後「ジャズ」という音楽形態・文化は様々な形で発展と進化をとげ、国境を越えて世界各国で現代にも脈々と受け継がれている。
さて、その「ジャズ」という音楽の本質は何か。
このテーマには色々なスタンスや考え方があり、場合によっては意見の違う者同士で大げんかになってしまうほど厄介なテーマである。「ジャズ警察」という言葉もあるくらいで、そのことはここに詳しくは書かないので気になる人はググるかジピるかして欲しい。ここはあくまで一介のジャズベーシストとしての筆者の考えである。
そのひとつはもちろん「即興性」だ。いわゆるアドリブのことである。
楽譜に書かれた、あるいは決められた音符を演奏するだけではなく、一定のルールに基づきながら自由に即興で演奏する。
我々ジャズミュージシャンが日常的なライブ演奏で使用する楽譜は大体A4で1~2枚くらいの情報量(楽譜を見ないことも多い)。そこに書いてあるメロディーとコード(和声)進行をずっと繰り返しながら、みんなで好き勝手に演奏する。そしてその即興パートにこそ、そのプレイヤーの個性やバンドでのアンサンブル、対話の妙が表れるのだ。そして聴く方もそれを楽しむ。
ジャズをはじめて聴く人は、そこで何が起こっているのか、一体何が楽しいのか分からないこともあるかもしれない。リスナーはジャズを聴けば聴くほどに耳が肥え、その演奏をより深く味わう事が出来るようになるという側面もある。それが時に「ジャズは敷居が高い」と言われる理由だろう。
「音楽を聴いて、分かるとか分からないというのは無意味だ。本当に素晴らしいものは知識や経験が無くても楽しめる」という論には一理あるけれども、「知識が無くても楽しめなければだめだ」とまでいくと頷けない。
文化というのはそんな簡単なものではない。
食事せずに毎日お菓子ばっかり食べていたら人類はそのうち滅亡する。
そして一方、ジャズの大事な要素として「スイング(感)」ということも言われる。スイングとはリズムのニュアンスのことで、少しはねたような揺れるノリの感覚のことだ。英語でのJazzの発音は「ジャ」と「ズ(z)」の間をほんの少し伸ばして「ジャーズ」(/dʒæz/)というけれど、これを繰り返しているときの「ジャーズジャーズジャーズジャーズ」というニュアンスがこの「スイング」の感じに近い。(思いつきでこんなこと書いてジャズ警察につかまりませんように。。)
で、ここまで書いておいてなんだけれど、この「スイング」は残念ながらジャズの本質ではない。(おっと、また遠くにジャズ警察の足音が…)
理由は簡単。スイング感のない素晴らしいジャズの演奏、音源が沢山あるからだ。世界累計セールス2位のジャズアルバムに「ケルンコンサート The Köln Concert/キース ジャレットKeith Jarrett」というライブ即興演奏のピアノソロアルバムがあるが、いわゆるスイングのリズムは出てこない。しかし紛れもなくジャズである。
ではジャズの本質は「即興性」だけかというとそうではない。
私が考えるもう一つの重要な本質は「拡張性」だ。
ジャズはその発生時からずっと、外から新しい要素を取り入れて進化し続けてきた。
ジャズの帝王と呼ばれるトランペッター、マイルス デイビスMiles Davisの変遷もまさにそうだ。エレクトリックやロック・ファンク・ヒップホップなどその時代の先端的な要素を取り入れて革新し続けた。
そして21世紀に入ってからも、様々なミュージシャンの創造性によってジャズは拡張し続けている。
「拡張性」は「同時代性」と言い換えても良いかもしれない。
異文化や新しい要素に対する可能性を開いた姿勢、いま、この時代に自分自身が感じるものを主体的に表現していく姿勢。
それが即興性と並ぶジャズの本質だと思うのだ。
DNAとしてのジャズ
2025年の今、ジャズはどうなっているのか。
若手の素晴らしいミュージシャンはどんどん出てきているし、J-POPシーンで活躍するジャズミュージシャンも多い。演奏のレベルや音楽性の高さは目を見張るほどだ。
一方、ビジネスとしてのジャズ市場は縮小方向である。
背景にはジャズファンの高齢化、音楽視聴メディアの変化(サブスクの台頭でCDプレイヤー自体持っていない人も多くなった)、競合の拡大(同業者ではなく、大型ライブエンタメやYouTubeまで含んだ他業種との可処分時間の奪い合い)がある。
そんな中、先述のような敷居の高さ(≒その価値)を持つジャズがそのままの形で市場を拡大することは、少なくとも日本では当分ないだろう。
ジャズを扱った映画やアニメが話題になったとしてもその影響は一時的なものにすぎない。
ではジャズは消えてゆくのかというと、それも無い。
市場という意味では小さなままだとしても、少ない愛好者の間で熱く続き、進化していくだろう。(こちとらマイノリティー上等)
そして同時に「ジャズ」の本質はDNAとなって、「ジャズではない形」であらゆる音楽シーンに浸透していくだろう。
その「ジャズの遺伝子化」はずいぶん前から始まっている。先述したJ-POPシーンで活躍するジャズミュージシャンもそのあり方のひとつだが、最近はその「ジャズDNA度」の濃さを強く感じることが増えたのだ。
例えば筆者が近年注目しているアメリカのバンド Vulfpeckもそのひとつだ。今年(2025年)のFUJI ROCK FESTIVAL(フジロック)にも出演してオーディエンスを湧かせていた彼らはジャズバンドではないけれど、ジャズの遺伝子がしっかりと受け継がれていることを感じる。そのような例は日本にも沢山ある。
ジャズは文化的遺伝子として受け継がれて、繁殖・拡散していくのだ。
さらにその先は音楽だけでなく、あらゆる表現、アート、ビジネスにまで拡がっていくだろう。
ちなみに、今筆者が音楽以外の分野で最も強く「ジャズDNA」を感じる表現者は俳優の満島ひかりさんである。「即興性」と「拡張性」にはリスクがつきもので、そのヒリヒリするような危険性を常に孕み、なおかつそれを軽々と楽しんでクリエイトしている感じがするのだ。
ビジネスの世界でそれを体現していたのは「びっくりドンキー」創業者の故・庄司昭夫氏だ。筆者にとって恩人である彼は元ジャズドラマーだった。盛岡で小さくはじめたハンバーグ店を一代で300店規模のチェーンに成長させていく過程で「経営にジャズの感覚を」とよく語っていた。
事業におけるDNA
事業や経営を考えるときにSWOT分析を使うことは基本だろう。強み(Strength)を活かして、弱み(Weakness)をカバーし、機会(Opportunity)をつかみ、脅威(Threat)に備える。当然やった方が良いのだけれど、まあ、それだけでうまくいくかというとそう簡単ではない事も多い。
経営でも表現でも、強みを発揮しすぎて失敗することだってある。
海外展開や新事業への進出では、これまでの常識が通用しないケースにも直面するだろう。
そういう時には、SWOTのさらに奥のDNA成分を探ってみてはどうだろうか。
DNAは受け継がれたその特性が必ず発現するとは限らず、スイッチがオンかオフかで決まる。その環境によって突如スイッチが入って発現することもある。
今スイッチが入っていないだけの特性、まだ見ぬ強みがあるのではないだろうか。
弱みだと思っていた特性が環境によって強みになるかもしれない。
強みを捨てたときにようやく新しい強みが発現するかもしれない。
ジャズのように、事業もまた形を変えながら本質を受け継ぎ発展させるものだ。
その時のヒントに「即興性」と「拡張性」というキーワードは有効なのではないか。
■飯田雅春(いいだまさはる)
ジャズベーシスト/音楽プロデューサー/経営コンサルタント
大阪生まれ、石川県出身。ジャンルを越境した新たな表現を目指すクリエイターであり、経営者の創造性を引き出すコンサルタント。
早稲田大学モダンジャズ研究会在学中からプロミュージシャンとして活動を開始し、数多くの音楽家、芸術家と共演。アーティスト活動と並行して、大手企業の音環境デザイン・経営企画に携わり、数多くの経営改善と新規事業を経験。
現在、ミラレソ株式会社 代表取締役
「ジャンルを超えた共鳴と創造でよりよい未来を」をビジョンとして、アーティストと社会の双方 に貢献することを目的に事業展開をおこなっている。
www.milareso.co.jp www.iidamasaharu.com
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