姫野 剛慶

 最近、全聾の作曲家にゴーストライターがいたというニュースが話題を呼びましたが、一連の騒動の中で私が最もインパクトがあったと思うのは何といっても記者会見です。
 会見には黒ずくめの服に口髭とサングラス、手に包帯をした孤高の天才作曲家が杖をつきながら現れると思っていたら、なんと出てきたのは駅前の焼き鳥やでビールでも飲んでいそうな七三分けのおじさんだったのですからもうビックリです。
 報道陣には「エッ? エッ?」というざわめきが広がっているようでしたが、私にとっては「人は見た目だ!!」と改めて思い知らされた瞬間でした。
 孤高の天才作曲家と普通のおじさん・・・ それぞれにはそれなりの「見た目」があるようです。
 そして、もう一つ思い知らされたのは印象を定着化させるためには「ストーリー」が必要だということです。そもそもこの人物が作曲家として注目を浴びたのはその「見た目」だけではなく、障害、被爆といったハンディを背負いながらも悶え苦しみ曲を生み出し、それが震災で被災した人達の心に届くといった「ストーリー」があったからこそだと思われます。「見た目」からだけでは印象しか生まれませんが「ストーリー」が加わることによりその作曲家の生き様や作品への興味、共感が生まれ、印象がやがて記憶へと変化し人々の心に残るのではないでしょうか。今回の騒動はまさに「見た目」と「ストーリー」のハーモニーが生み出した結果ではないかと思っています。
 作曲家が起こした社会的な問題はさておき「見た目」と「ストーリー」は企業経営においても重要な要素です。特に最近は中小企業でもデザインが重視されるようになりました。デザインは言わば企業や製品・サービスの「見た目」です。デザインの善し悪しが企業の業績に与える影響も大きくなってきたと言えます。
 私は、企業が「見た目」を考える際には3つのデザインに注意する必要があると考えています。
1.プロダクトデザイン
 商品デザインのことです。製品自体だけでなくパッケージやネーミング、商品ロゴタイプ、付随する備品や説明書まで製品に関わる全てのものを商品としてとらえてトータルにデザインすることが大切です。商品に関するストーリー作りもこの範囲に入ります。サービス業の場合、製品はサービスそのもの、パッケージや付随品はサービスに使用する備品やサービスする際のユニホーム、内装などに置き換えて考えてみてください。
 デザインの善し悪しは一定ではありません。その商品やサービスを利用するお客様の嗜好や感性、使用する場面、お客様に提供する価値を十分に考え、それらにフィットするよう考えることが重要です。
2.コーポレートデザイン
 企業そのもののデザインです。社名、カラー、企業ロゴタイプ、スローガンをはじめ会社案内、封筒、手提げ袋、制服など企業に関わるすべてのものをトータルにデザインします。特に広告をあまり出さない中小企業の場合はホームページのデザインに気を配ることも大切です。内容での差別化はもちろん大切ですが、他社とひと味ちがう「見た目」のデザインも心掛けましょう。企業に関するヒストリーやストーリーもこの範囲に入ります。
 また、単一の事業を行っている場合にはコーポレートデザインとプロダクトデザインを同一と考えている企業もありますが、中・長期的に考えると得策とは言えません。
 プロダクトデザインはその商品を購入・使用するお客様の共感を得ることが大切であり発想の中心は言わば「おもてなし」ですが、コーポレートデザインはその企業が社会に何を発信したいのかを伝えることが大切であり、発想の中心は「戦略」です。
 ですから、この2つのデザインは発想の源も機能も異なったものと言えます。
 コーポレートデザインを考えておくことは、新規事業に進出する際に大きな効果を生み出すでしょう。
3.パーソナルデザイン
 社員一人ひとりのデザインです。人にはそれぞれ個性があり魅力があります。それらを十分に引き出し表現することがパーソナルデザインです。例えばキャビンアテンダントは全員同じ制服を着て同じサービスを行っていますが、全員が同じではありません。近くで接したり話したりすることでその人なりの個性が伝わります。
 そのため、一人ひとりが自分の「見た目」を意識して制服等の制約条件の中でも自分らしさを表現することが求められます。
 どの企業においてもそこで働いている社員が自分の個性や魅力について考え、自分らしさを発揮しながらお客様や社会と接することは、その企業の個性の表現であり「見た目」の向上につながります。
 そのためには、コーポレートデザインの基盤である企業の考え方「戦略」を社員一人ひとりが理解し、その実現のために自分がどのようにお客様や社会と接するべきかを考える力を育てた上で、社員への権限委譲を進めることが大切です。
 デザインは単に「見た目」を整えるだけのものではありません。その企業が持っている理念の「見える化」を図る戦略と言えます。そのため、3つのデザインは理念を基にしてトータルにプロデュースしていくことが重要です。
■姫野 剛慶 (ヒメノ タケヨシ)
中小企業診断士、産業カウンセラー、プロモーショナル・マーケター
広告代理店、メーカー宣伝部、広告制作会社、上海の専門学校講師等を経て独立。
得意分野:マーケティング、組織活性、人材育成 他