弥冨 尚志

 平成27年度の経済産業省の重点施策が先月発表されました。震災からの復興を加速させ、そして日本の稼ぐ力を強化することなどが盛り込まれています。またその中でも目を引くのが人口減少下での地域経済再生、いわゆるローカル・アベノミクスの5つの戦略が示されていることです。
 この5つの戦略では「まち・ひと・しごと創生本部」を通じ他省庁と連携して展開することが示されています。第一の戦略は「地域の産業集積の競争力の向上」、第二は「地域発ベンチャーの創出」、第三は「地域サービス業の生産性向上・市場創出」、第四は「地域のブランド化」と言葉自体は目新しいものではありません。今までも取り組んできた内容も散見されます。しかし第5番目の「生活サービスの確保と地域経済圏の再構築」と言うタイトルはこれまでにない文言と言えます。そしてこの中にヘルスケア産業を地域ビジネスの中核として位置づけていることが更に新鮮な驚きがありました。
次世代ヘルスケア産業協議会の設置
 実はこの経済産業省の次年度の重点施策の発表より前に省内では別の動きがあったのです。昨年末からこのヘルケア産業のポテンシャルを検討するワーキングチームが組まれ今年の6月に次世代ヘルケア産業協議会が立ち上げられました。あまり報道等はされておらずほとんどの人はこの存在に気づいていないのですが、経産省としては画期的な新事業に取り組み始めたと言えます。設置された主旨は健康寿命延伸に関わる市場の育成とその産業を活性化させることは国民のQOL向上、国民医療費の抑制、雇用拡大、経済成長に資するもととして「健康・医療戦略推進本部」の下に設けられたものです。これは昨年、閣議決定された健康・医療戦略推進法に基づく施策の一環なのですがこの法案も日本の創薬の枠組みをオールジャパンで行い今までにない医療技術の開発で世界の創薬・メディカルサイエンス市場をリードしていく事を目的としたものです。
地域が求めるヘルスケア産業活性化の背景
 少子高齢化のスピードの差こそは都心も地方も無いが人数と言う実数で語ると地方はどうしても高齢者を支える若い世代の実数は少ないと言えます。特に女性が地域から減少すればその速度は加速します。現に一般社団法人北海道総合研究調査会(HIT)の調査は世間に大きな波紋を投げかけ話題となりました。そこには近い将来、多くの地域から若い女性が半数いなくなるというショッキングな内容でこれは確かにそうなれば国力の維持など不可能な状態に陥ることは肌感覚で判ります。女性がその地域で結婚・子育て・仕事と生活できる環境を構築することが急務です。
 
 また医療費の増加も深刻な問題です。現在、国民医療費は自己負担を含めて40兆円を超え2025年には60兆円とGDPの伸びを超える勢いです。
                       【図1 国民医療費の伸び】
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 そしてこの医療費の中でも2011年度でみれば生活習慣病の割合が大きく全体の1/3を占めるまでになっておりその額は9.8兆円ととてつもない金額に膨らんでいます。
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                出典:厚生労働省「平成23年度国民医療費」
 しかしこの生活習慣病は名前の通り、生活習慣によって症状を悪化させるものでありその生活習慣を改善すれば重症化することなく医療費の削減、なにより本人の健康維持されることになります。厚生労働省もここに着目し平成20年度から新医療計画でメタボリックシンドロームと言う流行語も出した施策でこの部分の改善に健保組合に圧力をかけましたが改善の兆しは見えません。また更にこの上記に加え介護保険の費用も10兆円の大台が見えて来ています。
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 今後も生活習慣病が増加し、高齢者の介護や生活支援のニーズの増加と多様化が進展することは明白です。それには公的保険制度のみで乗り切るのは困難な状況です。国民自身も国の医療・介護保険制度だけで自身の健康維持管理に十分かどうか不安を感じている人も増えて来ています。実際、総務省の家計支出調査からもサプリメントを始めとする「健康維持管理費」の支出は年齢が高くなるにつれて増加しており65歳をピークにその関心ぶりは極めて高いと言えます。テレビのCMでもサプリメントの枠は年々増えているのは実感できるでしょう。そこで経産省は公的保険外サービスを活性化させ国民の健康・予防ニーズを満たしつつ経済成長につなげる施策を今年度から打って出たのです。
健康寿命延伸産業の進展を目指す。
 健康志向の高まりはここ数年更に熱を帯びて来ています。また食品に対する安心・安全志向も極めて高く消費者は手に取った商品の裏側のラベルを見ないことはありません。原材料から原産地までこだわっています。と同時に生活習慣病が増加するという相矛盾する構図がありますが、ここの根本にあるニーズは同じなのです。基本的に日本人の健康観は先の食の安全性が高いなど関心も高く健康志向は高いと言われています。それは生活習慣病の病態に近い状態であってもその傾向は発露されます。たとえば休肝日などその典型でしょう。休むのではなく飲まなければいいはずです。スナック菓子がコンビニの棚から消えることもありません。健康志向と言いながら不健康なことも好きなのです。メタボやロコモになりたくない、でも飲みたいし、食べたいし、運動したくない、と言う事です。ここにニーズがあるという事です。詳細は割愛しますが「自己管理が出来る層」と「自己管理が出来ない層」このどちらにも健康志向のニーズはあって保険外サービスの提供が有効である可能性が高いと考えられています。特に生活習慣病と言われる慢性期の病態を発症している患者にも有効です。
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 先ずはこの領域にあるニーズに対して公的保険外サービスを活用した予防と健康管理に大胆にシフトさせることにより「国民の健康増進」・「医療費の削減」・「新産業の創出」の一石三鳥を図ることが出来ると考えられているのです。
 
ニーズがあれば産業が生まれ、雇用が生まれ、子供が生まれる。
 この考え(健康寿命延伸作業)がなぜローカル・アベノミクスに取り込まれているのでしょうか。確かに保険外サービスの活性化は新産業の創出と言う事は期待できるかもしれませんが地方への経済的な波及効果は何か、それは女性の雇用の増加が見込まれる事です。ここからは保険外サービスを地方の活性化に特化した内容で考えていきます。
 健康管理と言う極めて個人的な行為ですが人が健康的な日常を過ごすには医療の提供体制はもとより衣食住における生活環境への依存割合が大きくなります。また高齢者など介護を必要とする場合は生活支援も一体となった地域包括ケアシステムが必要です。この分野は医療や介護、家事代行サービス、給食宅配サービス、フィットネス・スポーツクラブ等女性が活躍している職種が多いことです。こうした産業(事業者)は今も存在しその機能を発揮しています。しかしどうしても公的保険や家族等が行う事の出来ない場合の補完的な位置づけの要素も大きく成長する分野とはあまり見られてきませんでした。こうした中、地域において①高齢化に伴う地域の多様なニーズの充足(地域医療・介護体制の構築:その地域に特化したニーズ)、②農耕・観光業などのその他の地域産業との連携又は融合(医・農商工)による新需要(域外からのニーズの創造)を創出することで地域産業の伸長をもたらし女性の雇用を拡充・充実させることが出来ると考えているのです。この領域は幅広い年齢層の雇用が考えられるので学卒後、すぐ地元で就職出来て結婚し子育て出来る環境を創造できると見込まれています。同時に地域住民の健康づくり、疾病の予防を進めることが出来ることから地域の「経済活性化と医療費削減」につなげていくことが出来ると目論んでいる訳です。
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 この地域活性化のための新産業の創出には様々な課題、そして課題解決の方向性、そしてそれを実行していくためのスキーム(施策及び環境整備)構築には、中小企業診断士の存在と活躍は不可欠も言えます。この分野にどのように中小企業診断士が関わっていくのか次回の機会にまた報告したいと思います。
■弥冨 尚志
中央支部 副支部長兼渉外部長
中小企業診断士・医業経営コンサルタント
平成26年9月25日