グローバルウィンド

グローバルウィンド「データで見る、世界と日本の“起業の温度差”」(2025年9月)

2025年8月21日

中央支部・国際部 井下 晶雄

はじめに

起業に関するデータや国際比較の調査などで、「GEM」(ゲム)という言葉を見かけたことはありますか?

GEMはGlobal Entrepreneurship Monitorの略で、世界各国の起業実態や意識について毎年調べている国際調査です。1999年にスタートしたこのプロジェクトには、今では世界数十ヵ国以上が参加しており、毎年「どれくらいの人が起業しているのか」「人々は起業についてどう感じているのか」などを調査しています。
近年、日本でも起業に関心を持つ人が増えていると言われていますが、世界から見た日本の状況はどうなのか、世界の国々に追いついているのか、それとも、、、

本記事では、GEM2023調査を基に経済産業省が取りまとめた「起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)」を見ながら、世界と日本の起業実態や意識について読み解いていきたいと思います。

日本の“温度”はどのくらい?

はじめに、総合起業活動指数「TEA」(ティ・イー・エーまたはティア)について触れたいと思います。TEAは、各国の起業活動の活発さをあらわす総合指標で、大まかに言うと、成人人口100人のうち起業活動の初期段階(準備段階と誕生後3年半未満)にある起業家が占める割合をあらわすもので、経済産業研究所(RIETI)によると、起業活動の活発さを測る上で重要な指標といわれています。

2023年調査では、日本のTEAは「6.1%」で、世界各国の平均(14.1%)よりも低い水準となっています。G7各国と比較してもその差は歴然で、アメリカは日本の2倍以上、カナダは3倍以上の水準となります(「図1」参照)。

図1:TEA(総合起業活動指数)の各国比較(G7参加国)(単位:%)
(出所:経済産業省『起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)』より作成)

日本の起業活動は世界の中でも現状あまり高い水準ではないことが分かりましたが、これにはどのような原因が考えられるのでしょうか?起業環境や起業に対する意識、ロールモデルの存在など、様々な要素が考えられますが、同報告書内に一つ特徴的なデータがありましたので、ここで紹介したいと思います。
「新しいビジネスを始めるために必要な知識、能力、経験を持っていますか」という質問に対して、持っていると答えた成人人口の割合(知識・能力・経験指数)です。これによると、日本では知識・能力・経験を持っていると答えた割合が参加国中最下位で「12.5%」にとどまっています。「図2」にG7各国との比較を掲載していますが、こちらを見ても世界との差が大きいことが読みとれます。

【表2】知識・能力・経験指数の各国比較(G7参加国)

図2:知識・能力・経験指数の各国比較(G7参加国)
(出所:経済産業省『起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)』より作成)

この質問への回答には本人の主観も入るため(知識・能力・経験を自分で持っていると思うかどうか)、奥ゆかしい国民性も相俟って低い水準となっていることも考えられますが、その点を割り引いても相当程度低い結果であり、知識・能力・経験面でさらなる対策・向上が必要と言えるでしょう。

NES(専門家調査)が映す日本の環境評価

GEMでは、一般(成人)を対象とした調査「APS(Adult Population Survey)」 に加えて、 専門家を対象としたアンケート調査である「NES(National Expert Survey)」 も実施されています。こちらは、個人の起業活動や起業態度などに影響を与える社会的・文化的・政治的な背景を調べることを目的に実施されているもので、個人に対する定量調査だけでは読み取りづらい様々な要素・情報を確認する調査となっています。

2023 年の NES 調査における各項目の日本の順位は「図3」のとおりです。データは対象34ヵ国の中での順位※であり、数字が大きいほど専門家による評価が低いことをあらわしています。

図3:NES 調査における日本の調査項目別順位
(出所:経済産業省『起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)』より作成)

※NES調査に参加した「イノベーション主導型経済圏:34 ヵ国」を対象にした順位。経済の発展段階によって起業活動の質が異なるため、GEMでは3つの経済圏に分けて比較する場合があり、日本は「イノベーション主導型経済圏」に分類されている。

結果を見ると、日本は全体的に順位が低く、特に「起業家の専門サービスへのアクセス」「文化的・社会的規範」「小中高における起業家教育」の3つにおいて、30位以下の結果となっていることが読み取れます。
このうち、「小中高における起業家教育」については、特に、前述した「知識・能力・経験指数」の低さにも通ずるものがあると考えられ、初期的な起業家教育の遅れが、知識・能力等の獲得・向上に影響を及ぼしているのかもしれません。

まとめ ~“温度差”を埋めるために~

これまで、GEM2023調査を基に経済産業省が取りまとめた「起業家精神に関する調査報告書(令和5年度版)」を見ながら、世界と日本の起業実態や意識について確認してきました。結果から見えてきたのは、日本の起業活動が依然として世界平均を大きく下回っているという事実です。起業家としての知識・能力・経験を持っていると自認する人の割合も低く、小中高における起業家教育や起業家専門サービスへのアクセスなど、起業を後押しする環境面でも課題が目立つ状況です。

こうした世界との“温度差”を埋めるためには、どのようなことが必要なのでしょうか?
以下のような、教育や意識醸成面での取組み強化を通じ、起業をより身近に感じられるようになることが、その対策の一つに挙げられると考えます。

・初等・中等教育段階からの体系的な情報提供、起業家教育の充実
・起業家および起業を目指す人への知識・スキル向上支援、実践的研修等
・成功事例やロールモデルの可視化 など

これらの取組みはすでに進められているものではありますが、より一層強化されることで、起業がより身近で現実的な選択肢となる社会に近づいていくのではないかと考えます。私自身も中小企業診断士の一人として、世界との温度差を少しでも埋められるよう、日本の起業環境の改善に微力ながら貢献していきたいと思います。

今回取り上げた内容は起業に関するごく一部の情報に過ぎませんが、皆さんの起業についての関心や理解を深めるための一助となれば幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。

■井下 晶雄(いのした まさお)

2009年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部所属。
国内生命保険会社にて、営業企画、人事企画、商品開発等の業務に従事。現在は中小企業経営者向けWebコミュニティサイトの企画・運営を担当。

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