石井 幸造

1.はじめに
 企業を経営される方のミッション(使命)には大きく3つあると私は考えています。その中での根幹的なミッションは、企業組織を永続させることです。そのミッションの達成度、実現度を表す指標の1つが営業利益です。私は、「売上はお客様からの支持であり、利益はお客様からの評価」だと捉えています。多くの支持(売上高)をいただくと同時に、高い評価(適正な利益)をいただくことが肝要です。
 ※適正とは、同じ組織で働く人たちの生活レベルが、一般社会の少なくとも平均的な水準(以上)であり、安心して働ける職場環境が維持・確保できることです。
 ミッションの2つ目は、社会と共存、共生していくことです。安全、安心な財・サービスの提供を通じて、地域の人たちの生活に潤いと豊かさを実感いただくことにお役に立つことです。その具体的な行動の1つに納税があります。社会インフラを利用してビジネスを行っている以上、その維持・向上のために使われる費用である税金は、税法等で決められたルールに従って毎期きちんと納めることが出来るだけの健全で安定した財務体質を作ることです。
 そして3つ目が、働く形態は各々異なっていても、同じ組織で共に働く1人ひとりの自己実現を支援することです。そのための働き甲斐、生き甲斐のある企業風土、職場環境を創り出し、働く1人ひとりが自らの成長を実感できる場と機会を提供することです。人は成長したがっており、また、成長した自分が認められたい、評価されたいと思っています。私は、CS(Customer Satisfaction:顧客満足度)はES(Employee Satisfaction:従業員満足度)があって初めて実現すると考えています。ESなくしてCSはあり得ないと思っています。企業組織で働く人たちが、自分の所属する組織に高い誇りと大きな満足なくして企業組織の永続はあり得ないと捉えています。
2.コンプライアンスとは何か
 企業のリスクとは何か。私は、上記「1.はじめに」で記述した企業のミッション(使命)が果たせなくなる状況に陥る恐れが生じることと捉えています。ここで私が強調したいのは、「陥る恐れ」が「生じる」ということです。ゴーイング・コンサーン(事業の永続)を阻害しかねない何らかの兆候が生じた時、そのことがリスクであると考えています。これまでの実例からはさまざまなことがリスクの原因となっていることが伺われますが、本稿ではコンプライアンスに絞って概観していきたいと思います。
 コンプライアンスとは何か。法令等の遵守といわれますが、その内容は次の通りです。業務上生じる恐れがある多種多様なリスクの発生を未然に防ぐために守るべきさまざまな法令や各種の規定・規則、業界のルール、社会的規範、また、社内の業務マニュアル、就業規則、その他の社内規定・規則、更には、ステークホルダー(自社の利害関係者・組織)との良好な関係を維持しながら企業の永続を図るための企業理念、企業倫理、行動指針等々を、経営トップを含めた社内の全員が理解、納得し、日々の業務に反映させることです。
 1)社会的規範の遵守
  ⇒人としての倫理観
  ⇒一般社会の常識、通念※常識は時代とともに変わっていく
 2)法令等の遵守
  ⇒法律、政令、省令、規則、条例など
  ⇒業界のルール、行動規範など※法令等は現実の後追い
 3)企業理念・ビジョンの理解と共有、実践
  ⇒存在意義・価値、倫理観、価値観、判断基準
 4)社内規範に基づく言動
  ⇒行動指針・規範、社内規定・規則、業務マニュアルなど
3.コンプライアンスが求められる背景
 コンプライアンス(法令等の遵守)は何も今に始まったことではなく、企業組織は生まれると同時に社会的存在となり、その社会で生存していくための最低限の約束、ルールを守ることが人間と同じように必然的に義務づけられます。しかしながら、昨今この問題がクローズアップされてきているのは、その最低限の社会的規範、ルールさえ守れば、それ以外のことは何をしてもいい、自分の会社さえ儲かればいい、自分さえよければ他人はどうでもいい等々といった風潮がはびこり、そのことによって社会の全体最適が取れない事態に陥ってきていることにあります。そのことが、結果として私たちの生活の安全・安心を脅かすことに多くの人たちが気が付いたことにあります。そのような時代背景を受けて、法令等は企業経営における遵守しなければならないぎりぎりのラインを指し示すものでしかないことが理解されつつあります。コンプライアンス経営に当たっては、少なくともそのラインを下回るようなことは行わない、むしろ、そのラインの数段上をいく企業行動が、今、強く求められているのです。
 1)事前規制から事後規制へ
  ⇒法規制の変化
 2)護送船団方式から自己責任へ
  ⇒類似の集団価値から多様な個人価値へ
 3)情報のスピード化、リアルタイム化、双方向化
  ⇒内部通報制度…<公益通報者保護法>
 4)ドメスティック・スタンダードからグローバル・スタンダードへ
  ⇒地球規模での規範、規制、基準、ルール
 時代は、機会平等・評価公平を求めています。それを具体的に表したものが「3公の原則」と私が呼ぶ「公開・公正・公平」です。
 1)公開⇔隠ぺい
  ⇒事実、実態の適時、適正な開示と、それに基づく迅速、的確な対応
 2)公正⇔不正
  ⇒一部の人や組織だけを利するような、
   特定なモノや情報がそこだけに偏って集中させない仕組み
 3)公平⇔不公平
  ⇒平等な社会環境があっての公平な社会
  ※平等と公平は違う
4.コンプライアンスに反する行為が経営に及ぼす影響
 もし万が一コンプライアンスに反する行為が生じてしまったら、その対処方法が非常に重要になります。とくに最も重要な点は、初期対応です。対処方法を誤ると、企業経営の最大のミッションであるゴーイング・コンサーン(事業の永続)が出来なくなるということです。それでも何とか事業の継続を図ろうとすると、そのための信用回復に当たっては、本来必要ではなかった無駄な多くのコスト(=時間、お金、労力の総計)が掛かってきます。そして、そのコストの回収に空しい取り組みをしなければならなくなります。生じたコンプライアンス違反行為によっては、損害賠償請求訴訟等の法的責任を追及されることにもなり、その対応に追われることになります。
 コンプライアンス違反問題が生じることによって企業の信頼は失墜し、当然ブランド価値はゼロになります。そこから回復させることが全く不可能なことではありませんが、信用回復までの道のりは非常に厳しいものになります。その間の精神的、肉体的な負荷に、経営者と社員が耐えきれるかどうか。
5.コンプライアンスに反する行為が起こる組織
 コンプライアンスに反する行為が生じる恐れがあるのは、次のような企業風土・組織体質になっているところです。本稿をお読みいただいていることを機縁に、早急に一度自社の職場環境をチェック・確認していただきたいと思います。何事も先手必勝です。
 1) なりゆき任せになっていませんか。
 2) 現在の業績に慢心したり、油断したりしていませんか。
 3) 接待や贈答など、取引先などからの誘惑はありませんか。
 4) 企業のため、会社のためといった組織優先の大義名分が口癖になっていませんか。
 5) 3現主義(現場、現物、現実)を採らない経営、管理になっていませんか。
 6) 高圧的な言動はしていませんか。
 7) 一部の人や組織に権限を集中させていませんか。
 8) 売上優先、やった者勝ちなどといった手段方法を問わない過度な成果主義、業績至上主義に
  なっていませんか。
 9) 長期的な視点より短期的な視点を重視していませんか。
 10) 現場の状況や実態を見ないで抽象的な指示や命令を出していませんか。
 11) 具体性のない精神論による指導をしていませんか。
 12) 自分さえよければ、自分の部署・組織さえよければといった意識はありませんか。
 13) 見て見ないふりをしていませんか。
 14) 機会平等、評価公平といった明確な信賞必罰をしていますか。
 15) 人事評価、業績評価についての説明責任を果たしていますか。
 16) 定期的に人財育成の観点からの社員研修を行っていますか。
 17) 企業理念や企業ビジョンは全員が理解、納得し、共有ができていますか。
 18) 組織や部門間の上下左右で事実に基づく情報交換ができていますか。
 19) 人事関係や営業秘密等の重要事項の他は積極的に情報の開示を進めていますか。
 20) セクハラやパワハラなど、社内で個人が受けているさまざまな人権的な問題を常時受け付け、
  その解決に取り組む人や組織はありますか。
6.コンプライアンスに反する行為を発生させない企業風土、組織づくり
 個々の企業の実状によってさまざまな方法が考えられますが、すべてに共通していえることは、次のような点です。
 コンプライアンスに関するリスクだけではなく、企業経営のリスクには、①想定されるリスクと②想定されないリスクがあります。
 想定内リスクについては、どの様な事項を想定するかといった想定事項の選択がポイントになります。私自身は、できるだけ多くの事項を取り上げることを提案します。そんなに多く取り上げても対応できないよ、忘れてしまうよ、と言われるかもわかりませんが、「備えあれば憂いなし」です。想定したリスクに関しては、当然その発生時の対応要領を、その時に即行動ができるようにマニュアル化したうえで、年に何回かはそのための訓練を行います。この問題については、社員全員が即対応できるようになるまで繰り返し繰り返し訓練し、全身に染み込ませます。ここでのポイントは、単にマニュアルを作って終わりではないということです。防災訓練や防犯訓練のように、事前に全員でシミュレーション行動を行うことが必須です。
 想定していなかった、所謂想定外リスクへの対応、これこそが経営トップの役割であり、強いリーダーシップが求められます。想定外リスクには、前述した想定内リスクにおける想定した内容やレベル以上の事態の発生と、当初想定していなかったことの発生がありますが、いずれも経営トップの即断即決が求められる最重要事項です。その際の判断基準が、経営理念であり、経営哲学です。この意味からも、日頃から企業理念やビジョン、行動規範、行動指針を共有しておくことが必須です。
 ①想定内リスク ←マニュアル=具体的な行動内容
 ②想定外リスク ←経営哲学=共通の価値観
             企業理念=共通の想い
             行動規範=共通の判断基準
             行動指針=行動の優先順位
 働き方はさまざまであっても、同じ組織、同じ企業で働く誰でもが自分が働いている組織、企業、職場に高い誇りと熱い思いを持って家族や友人に明るく自信あふれる大きな声で、職場環境が語られるような企業風土、組織環境が不可欠です。終業後の飲食の席などが、自分の会社の上司や組織の悪口や不平不満で盛り上がるような状態にならないようにする工夫と努力が必要です。不平不満がそれを言う個人に起因するようなことならば、その者の資質と能力を見据えた適切な指導を取るようにし、決して見て見ないふりはしないことです。「臭いものにフタ」をしないことです。
7.結語
 人は、自分が聞きたいようにしか聞かないし、見たいようにしか見ません。また、人は、自分にとって都合が良い情報は大きく見積もり、都合の悪い情報は小さく見積もります。「有事をもって無事と為すことなかれ、往々事は無事より生ず」です。小さな変化、動きを見逃さない気づきと気配りを忘れないで、日々、3現主義を徹底いただきたいと思います。コンプライアンス問題が生じるのは、結局は経営トップの責任です。組織はそのトップで99%決まります。
 戦術の失敗は戦略で取り返せるが、戦略の失敗は戦術では取り返せません。
■石井 幸造
中小企業診断士
◆基本理念:
「愛と向上心」、「流通は文化である」、「感情が動けば勘定が動く」
◆専門分野:
研修:
マーケティング、簿記、財務管理、コンプライアンス、販売管理、営業心理、経営戦略など
経営診断:
(主たる業種)小売業、サービス業/(主たる経営課題)人財育成、マーケティング戦略、経営理念・ビジョンの構築など
◆所属:
日本経営診断学会関東部会正会員
東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員/同研修部副部長/
同「小売業&サービス業研究会」、「企業法&コンプライアンス研究会」代表幹事