石井 幸造

1.はじめに
 ネット社会の進展は、これまでの流通マーケティング、とくに小売業マーケティングを大きく変えつつあります。ネット社会の進展とIT機器、とくにモバイル機器の機能向上は、24時間、何時でも何処にいても必要な情報が入手できる環境を創り出しています。加えて、リアル社会における24時間営業を行う店舗、施設の増加により、多くの人たちは日々の生活に時間的制約を受けることが少なくなりつつある環境が生まれてきています。
 情報の受発信が、新聞や雑誌、テレビ、ラジオといった発信者と受信者との間に時間的なズレがある従来の4大メディアから、フェイスブックやツイッターなどのSNSやインターネットメディア等による同時、双方向が可能な環境を持ったネットを中心としたコミュニケーションへと大きく変化してきています。そのようなビジネス環境の急激な変化の中で、地域社会と共存共栄してきた地域にある小売業者、リアルショップが勝ち残るためには何をどうすればいいのでしょうか。
 一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部認定研究会である小売業&サービス業研究会で研究してきていることを踏まえて、以下にそのポイントをご提案したいと思います。
2.リアルショップとネットショップ
 リアルショップとネットショップとの違いについては今更記述するまでもないかとは思いますが、現在は情報が何時でも何処でも容易に受発信できるデジタル優位なネット社会となっています。感情が入り込む隙間が少ないデジタル情報では、発信者の意図がそのまま受信者に伝わるかどうかは定かではありません。受信者が置かれた状況によって、その受け止め方は千差万別になる恐れがあります。発信者の顔が見えない良さがある反面、問題もあります。
 一方、アナログ情報中心のリアルショップでは、お客様とのフェイスツゥフェイスによる情報の受発信ができます。リアルショップの中には、発信者の顔が見えにくい業態もありますが、多くは、商品を通じて売り手側とお客様との間に何らかの人間的なコミュニケーションがあります。この違いこそ、リアルショップが勝ち残る最大の競争優位性です。
3.リアルショップに吹く時流
 1)少子高齢、2)成熟化、3)グローバル化、4)情報化、5)格差の見える化、6)不安定化等々、現下の社会環境は大きくかつ急激に変化してきています。私は、今の時代を「心の時代」「触れ合いの時代」と捉えています。「感動」と「共感」、「感激」という人間の心、感情が時代を動かしているキーファクターであると思っています。モノが溢れる一方で、満たされないココロがある、というのが私の現下の時流の捉え方です。
 人は、自分の存在を認めて欲しい、誰かと心が触れ合い、繋がっていたいと思っています。多くの人は、感性、感情の豊かさと、共感、感動の体験を求めています。心と身体が触れ合い感じあえる「安らぎ」と「安心」「安全」、そして信じ合える「仲間」を探し求めています。
 このような時流を踏まえると、多くの人は便利さと容易さを求める反面で、昔ながらの人と人との繋がり、心が通い合う人間臭さのあるものも求めていることが推察されます。これができるのが、することが、リアルショップの最大の強みです。お店とお客様とが、店という空間、環境の中で商品を通じた生(なま)のコミュニケーションができる、心と心が触れ合い感じ合える「情感あふれるアナログ的な温かさ」が重要なマーケティングのキーワードになります。
4.リアルショップの勝ち残り戦略
 上記のような時流の下での勝ち残り戦略としては、様々なことが考えられますが、ここでは以下の2つに絞ってご提案いたします。
(1)時間価値を重視した店舗運営、(2)人に優しい経営、の2つです。
(1)時間価値を重視した店舗運営
 モノ消費からコト消費へ、そしてココロ消費へと人々の欲求は変化してきています。人がモノやサービスを買うのは、それが持っている品質や性能、機能、情報価値、そして商品を使って得られる効果・効能だけではなく、購買時に得られる安心・安全、やすらぎ、購買時の良い気分と楽しさ、心のつながり感、そして自らのこだわりを満たす快感・納得感による心の充足をも買っているのです。更には、その商品を選び、自分のモノとした時に得られるささやかな幸せを実感できる「時間」を買っているのです。ここでの重要なキーワードは、「幸せ感」です。人が幸せを感じるのは、購買時の店舗空間、環境で得られる充足感の有無と濃淡です。そのことに大きく影響を与えるのが「時間価値」の提供方法です。
 時間価値の提供方法には以下の2つがあり、そのどちらかに軸足を置いた経営、店舗運営が肝要です。中途半端な対応は避けましょう。
1)時間節約(タイム・セービング)価値の提供
 お客様が商品やサービスを選択、購入する際に要する時間を極力少なくすることで、お客様が他のことに使える時間を増やすことができるようにする方法です。
2)時間消費(タイム・プレジャー、タイム・エンジョイ)価値の提供
 お客様が商品やサービスを選択、購入する際に十分な時間を掛け、店舗や施設にいる時間を楽しんでいただくようにする方法です。
(2)人に優しい経営
 上述のとおり、人は人と繋がっていたい、心と心が通い合いたいと思っています。
 人に優しい経営とは、お客様に対しては勿論ですが、それ以上に重要なことは共に働くスタッフに対してです。少子高齢が進む現下、縁がって共に働くことになったスタッフが、お店の中で、組織の中で、元気に活き活きと動き回れる環境の有無は、お店が望む優秀なスタッフを確保する最大のポイントとなります。活気のある明るい職場環境なくして、優秀なスタッフは揃いません。組織は人が全てです。
 顧客満足は従業員満足があって初めて実現します。感情は伝播します。仕事に、職場に、満足して働くスタッフから発信される感情は、必ずお客様に伝わります。その逆も真なりです。人を大事にする、人に優しい経営がリアルショップ勝ち残り戦略の最大、かつ最重要な取り組みです。
 1点注意していただきたいのは、人に優しいイコール厳しくしないということではありません。スタッフ自身の人間的成長を支援し、実際の行動、その結果の実績に対しては、メリハリある私的感情を含まない適正な評価をすることが肝要です。それぞれの立場や役割に応じた評価基準と、それぞれのキャリアアップのためのステップは、事前に明示した上での信賞必罰と、的確な指導・助言が必要です。思い付きやその時の一時的な感情からの言動はしないことです。そして、評価した以上は、評価して良かった点と、良くなかった点について、評価者は具体的な説明をする責任、アカウンタビリティを負います。評価した結果、良かった点はさらに一層伸ばすように自信を持たせ、良くなかった点、できていなかった点については、どこに問題があり、どのようにすれば良くなるのかを具体的に教示、指導することが大切です。
 スタッフとお店が共に成長していくことが肝要です。
5.結語
 これからのリアルショップは、ネットとの協働が不可欠です。ネット社会になって生じつつある現象の1つが、ショールーミングです。また、O to Oやオムニチャネルといったネット社会による新たなビジネスモデルが生まれつつあります。いつの時代でも変化は起きています。その変化の兆しをつかむ情報感度と感性を磨きつつ、変化に対応する店舗運営から一歩前に出て、むしろ変化を先取りするぐらいのマーケティング戦略に取り組んでいただきたいと思います。
 いつの時代でも、変わるものと変わらないもの、変えるべきものと変えてはいけないものとがあります。リアルショップが持つ商品を介在としたお客様とのコミュニケーション、繋がりは変わりません、どの様な時代になっても・・・。少子高齢社会となり地域社会、コミュニティが崩壊しつつある今、地域と共に生き、地域の人たちの生活の豊かさを実現し、実感させることができるのが小売業者、サービス業者です。エンドユーザーである消費者との生活接点にある「元気なリアルショップ」の存在意義、価値は変わることはありません。
 「流通は文化である」という私の基本理念、それを体現できる、するのが生活者の身近にある小売業者、サービス業者、リアルショップなのです。
■石井 幸造(中小企業診断士)
◆基本理念:
「流通は文化である」、「感情が動けば勘定が動く」、「人を大事に人を活かす」、
「顧客満足より従業員満足」、「組織はそのトップで決まる」
◆専門分野:
研修:マーケティング、コンプライアンス、簿記・財務管理、営業力向上など
経営診断:(主たる業種)小売業、サービス業
(主たる経営課題)人財育成、マーケティング戦略、コンプライアンス、財務戦略、
経営理念・ビジョンの構築、事業計画の策定など
◆所属:日本経営診断学会 関東部会 正会員
一般社団法人東京都中小企業診断士協会 中央支部 執行委員/同 研修部 副部長
同「小売業&サービス業研究会」、「企業法務&コンプライアンス研究会」認定研究会 代表幹事