古賀 英右

 近年職場での「心の病」が社会問題化しているなか、ストレスチェックの定期義務化を定めた改正労働安全衛生法が14年6月に成立した。完全義務化は15年12月とされ、その間に厚生労働省からチェック項目や心理的負担の大きいと判断された従業員への適切な就業上の措置などについて公表される。

 厚生労働省によると、精神障害による労災の請求件数は13年度で1409件と過去最多となり、認定件数は436件と高水準で推移している。内訳をみると事故や災害のみならず「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」「1か月80時間以上の時間外労働を行った」「配置転換があった」など仕事に関するもの、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」「上司とのトラブルがあった」など対人関係に関わるものがあげられる。

 12年の厚労省調査によるとメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業、あるいは退職した従業員のいる事業所の割合は8.1%であった。また何らかのメンタルヘルスケアを行っている事業所の割合は47.2%、さらにストレスチェックまで行っているのは12.2%に過ぎず、事業所の規模が小さいほど対応が遅れている。

 こうした背景もあり、来年12月に改正労働安全衛生法が施行されることになった。
 改正法の概要は
・労働者の心理的負担の程度を把握するためストレスチェックの義務づけ(年1回)
・ストレスチェックの受診は従業員の裁量に委ねる。
・従業員50名未満の事業所では当分の間努力義務。
・検査結果は従業員に通知され従業員の同意なく事業者へ通知してならない。
・従業員は事業者を通じて産業医などに面接指導を受けることができる。
・面接指導の医師の指導の意見を聞いたうえで事業所は作業転換や労働時間の短縮などの就業上の措置を取らなくてはならない。
・面接指導の申し出を理由に従業員に不利益な扱いをしてはならない。
などとしている。

 前述のとおり、何らかのメンタルヘルスケアを行っている企業は半数以下であり、それ以外の企業では心の病は本人の問題としていた。しかし、改正法施行の有無にかかわらずメンタルヘルス対策は避けられない課題となっている。
 「うつ」や過重労働などが原因で長期の求職者が発生した場合、休職者の仕事をほかの社員が肩代わりするため新たな過重労働が職場に発生する。また、休職したからといって直ぐに給与の支払いがなくなるわけではないので生産性が低下する。休職理由が過重労働によると認められず解雇されたケースでは、最高裁で企業に解雇無効と損害賠償、安全配慮義務を求める判決が出るなど、企業にとってもメンタルヘルス対策を怠ることによるリスクが大きくなっている。リーマンショック以降、休職者が増加した企業ほど(そうでない企業に比べ)利益率の落ち込みが大きいとの調査結果もある※。

 メンタルヘルス対策に取り組むべき指針を上げてみたい。メンタルヘルス対策には、予防の観点から3段階ある。

1次予防:「メンタルヘルス不調者を出さないための職場環境作り」
 長時間残業の禁止、風通しのいい人間関係、メンタルヘルス研修

2次予防:「体調不良者を早期発見し、重症化しないうちに対応するための対策」
 長時間残業者面接、メンタルヘルスチェック、医療機関受診

3次予防:「メンタル不調から回復した労働者を再度病気にさせないための対策」
 従業員復帰支援プログラム(EAP)、リハビリ出勤、残業制限

 また、メンタルヘルス対策を効果的に進める4つのケアがある。

1 「セルフケア」:従業員本人が行うことのできるケア
 働く人が自らのストレスに気付き、予防対処、また事業者はそれを支援。

2 「ラインによるケア」:管理監督者が行うケア
 日頃の職場環境の把握と改善、部下の相談対応など。

3 「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」:企業の産業医、保健師や人事労務管理スタッフが行うケア
 労働者や管理監督者等の支援、メンタルヘルス対策の企画立案

4 「事業場外資源によるケア」:会社以外の専門的な機関や専門家を活用し、 その支援を受けること。

 1次予防に力を入れるのは当然のことながら3次予防までの対策をあらかじめ講じておくことが大切である。最近では4「事業場外資源によるケア」として1次から3次予防までを支援サービスを行う企業が注目を集めており、独立行政法人労働者健康福祉機構では「メンタルヘルス登録相談機関」として基準に合致した企業46社を登録している。活用を検討してみるとよい。
 
 最近では従業員の健康管理を積極的に進めることにより、業績向上にも役立つとする「健康経営」の考え方が広まりつつある。健康管理にかかる費用をコストではなく投資ととらえ、従業員の健康を保つことにより①生産性向上、②健康保険料削減、③欠勤による業務停滞の防止、④企業イメージ向上、⑤優秀な人材の確保などに寄与するというものだ。

 日本政策投資銀行では、DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付で健康管理に優れた取り組みをしている企業に特別金利を適用しているほか、経済産業省では上場企業を対象に「健康経営銘柄」を発表するなど、「健康経営」の認知度も今後高まると考える。

 企業にとって今般のストレスチェック義務化が、従業員の健康管理を見直し、新たなメンタルヘルス対策を計画・実施し、「健康経営」実現に向けたきっかけにしてほしい。

※山本勲慶応義塾大教授、黒田祥子早稲田大教授(2014年6月13日日本経済新聞朝刊)