はじめに
 企業経営にとって根本的に大切なことは、事業を継続すること、ゴーイングコンサーン(継続企業の前提)です。会計制度では企業を「将来にわたって永続的に存在するもの」と定義しています。
 一方で、実際の企業経営では継続を困難にするさまざまな事象が発生します。その中でも、事業承継問題と大地震などの緊急事態への対応は企業継続のために取り組むべき重要な課題です。
 ここでは、事業承継と事業継続力強化の取り組みをゴーイングコンサーンのための両輪として考えてみます。

1.事業継続力強化計画とは
 2019年(令和元年)7月より施行された、中小企業強靱化法(中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律)において、防災・減災に取り組む中小企業がその取組内容(事前対策)を計画としてとりまとめ、当該計画を国が認定する制度を創設しました。2020(令和2年)10月からは感染症対策も対象になりました。
 この背景は大地震や豪雨災害、感染症など近年高まる自然災害のリスクに備えて、中小企業庁などでは、BCP(Business Continuity Plan 事業継続計画)を策定することを推奨してきました。しかしながら、「策定に必要なスキル・ノウハウがない」、「策定する人員を確保できない」(2020年中小企業白書)などの理由から、中小企業では策定が進まず、2021年5月現在、中小企業のBCP策定率は14.7%に留まっています(帝国データバンク調べ)。
 そこで、前述のとおり、2019年7月中小企業強靭化法が施行され、「事業継続力強化計画認定制度」が始まったというわけです。この事業継続力強化計画は簡易版BCPとも呼ばれ、計画はA4紙5~7枚程度で策定でき、かつ実効性のあるものとなっています。

2.事業承継に係る現状と課題
 一方、事業承継に係る問題としては、経営者の高齢化といっこうに進まない事業承継という現実があります。図表1を見ると、1995年当時47歳だった中小企業経営者の年齢のピークが毎年1歳ずつ上がり、現在は70歳に到達しており、事業承継か廃業かの瀬戸際に迫っていることがわかります。
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 経営者の引退の道は、図表2のように図示することができます。もちろん事業を承継し、継続することが本筋ですが、親族内への承継が理想的であり、親族外でも自社の役員や従業員が理想的です。
 この後継者への事業承継に当たっては、後継者を育成することが重要になりますが、その一助になる取組として、事業継続力強化計画の策定が挙げられます。ではなぜ、事業継続力強化計画の策定が事業承継に必要な後継者の育成につながるのでしょうか。
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3.事業継続力強化計画の策定と、事業承継のための後継者の育成
 事業継続力強化計画の策定は、次の5つのステップで行います。
 Step1.事業継続力強化の目的の検討
 Step2.災害リスクの確認・認識
 Step3.初動対応の検討
 Step4.ヒト、モノ、カネ、情報への対応
 Step5.平時の推進体制
 この5つのステップ全てが、後継者の育成に役立つのです。つまり事業継続力強化計画は後継者を中心にして策定することが重要なのです。では各ステップがどのように、後継者の育成に役立つのでしょうか。
 一言でいうと、事業継続力強化計画の策定では自社の現状の棚卸ができ、あるべき姿を考えるというステップを踏まえることになるので、後継者として経営を考えることになるからなのです。ステップごとに考えてみましょう。

Step1.事業継続力強化の目的の検討
 ここでは、「なぜ、自社の事業を継続しなければいけないのか」、を考えることによって、自社が地域や社会にとってどのような存在であるのか、その役割や存在意義を理解することができます。
まず、「自社の事業活動の概要」で、自社の事業活動を整理し、事業が停止した場合に取引先や顧客、地域社会に及ぼす影響を考えます。
次に、「事業継続力強化に取り組む目的」では、
①従業員やその家族に対する責務、②自社の企業理念や経営方針、③顧客・取引先や地域経済に対する影響、④事業継続力強化に当たっての理念や基本的な方針、
といった、自社の事業継続の意義を見つめ直します。Step1.は計画書の記載量は多くはありませんが、このステップをしっかり考えて整理することで、後継者が事業を承継する意義を見つめることになります。

Step2.災害リスクの確認・認識
 Step2では、自社の立地特性を踏まえ、どのような災害リスクを有しているのかについて、客観的に確認した上で、それらのリスクが自社の事業継続にどのような影響を与えるかを、「ヒト、モノ、カネ、情報」の着眼点から、整理します。つまり自社のリソースの棚卸となり、このステップを通じて、後継者は自社の現状と課題に対しての認識を深めることができます。このことは災害だけに限らず、経営上の問題にも気付きを与える効果が期待できます。

Step3.初動対応の検討
 Step3では、災害等の緊急事態が発生した時、自分たちがとるべき行動について、人命の安全確保や緊急時体制の立上げ、被害状況の把握と被害情報の取引先・顧客への連絡など、最優先に取り組むべき内容について検討します。いわゆる防災マニュアル的なところで、ここでは、人員配置や社内組織の見直し・検討、取引関係や利害関係者の棚卸になり、自社の日ごろの経営において何がもっとも大切なのか、後継者に認識させることができます。

Step4.ヒト、モノ、カネ、情報への対応
 ここではStep2.で検討した「ヒト、モノ、カネ、情報」への影響を踏まえ、どのような対策を実施ことが適当かを検討します。例えば、ヒトでは、社員の多能工化を進める。モノでは、設備の耐震化。カネでは、保険の加入。情報では、バックアップデータの取得など、被災後に事業を継続するためには、どのような対策を講じておくべきかを「ヒト、モノ、カネ、情報」に分けて対策を計画することになります。
 このステップが事業継続力強化計画の骨格になる部分で、自社の経営をどのような方向に向かわせるべきかを考えることにもなり、後継者にとって、今後の自社の経営ビジョンや経営計画にもつながる重要なテーマを考えさせることに繋がります。

Step5.平時の推進体制
 Step5では、自然災害を想定して、普段からどのような体制を構築しておく必要があるのか、従業員の教育や計画の見直しなどについていつ行うのかといった普段からの具体的な取り組みを検討します。
 このステップで重要なことは平時における事業継続力強化計画を、トップによる強いリーダーシップの下で推進することです。このために、経営者またはそれに準ずる者を責任者として任命し、プロジェクト体制を構築します。このプロジェクトリーダーを後継者にすることで、後継者を社内外に認識させるとともに後継者自身にも自社の現状の棚卸、課題や対策の検討を通じて、経営を学ばせる端緒になります。
 またこのステップでは、社外の協力者の棚卸も行います。緊急時にどのような連携が図れるのかは、平時の事業推進にも非常に有効な取組になります。
 そして、平時の教育、訓練を通じて、社員とのコミュニケーションも強化されます。
 さらに平時の取り組みで大切なことはこの計画を策定で終わらせることなく、PDCAサイクルをまわして、常に見直し進化させていくことが重要となります。このPDCAサイクルをまわすことは事業経営にとっても極めて重要なことであり、後継者に経営を疑似体験させることにもなります。

まとめ
 事業継続力強化計画は、緊急時に事業を継続するうえで必要な最低限の能力を強化するという取組ですが、Step1からStep5までのすべてのステップを通して、経営の「見える化」、会社の「磨き上げ」という事業承継のステップにも合致しており、事業承継への橋渡しという観点でも非常に有効な計画であるといえます。
 事業継続力強化計画はものづくり補助金などの採択における加点対象となっており、補助金狙いで認定取得が進んだという普及のための仕掛けという視点も否めませんが、本来の趣旨は事業承継とともに、冒頭にのべた「ゴーイングコンサーン」という企業の根本目的に沿った重要な取組です。
 2021年4月以降、ものづくり補助金の加点となる要件が事業継続力強化計画の認定取得後と明記されました(従来は申請中も可)。つまり補助金狙いの急場しのぎではなく、常日頃から事業継続力の強化を図っておくこと、という趣旨が明示されたということです。
 中小企業にとって、ゴーイングコンサーンの両輪としての「事業継続力強化」と「事業承継」を常日頃から怠りなく、取り組んでいくことが重要な課題となっています。

【略歴】
 山﨑 肇
 中小企業診断士・1級販売士・唎酒師
 東京都中小企業診断士協会 中央支部 国際部部長
 中小企業事業継続力強化アドバイザー
 カメラ・フィルムメーカーで中国事業を立上げ現地経営者として上海駐在。現地経営におけるリスクマネジメントを経験。
 帰国後は環境、品質、安全の統括部門を担当。
 定年後、厚生労働省を経て、大手損保のリスクコンサルティング会社でリスクコンサルタントののち独立開業。