活動報告

専門家コラム 「フィリピン通養成講座(第1回)を開催して」(2025年8月)

1.中央支部国際部のセミナーイベント「インド通・フィリピン通養成講座」
中央支部国際部は、「海外に関わる中小企業診断士の知見向上を目指した機会の提供」を方針に掲げ、海外展開支援のために必要な基礎知識を身につけ、展開支援の実務に携わりたいと考える診断士会員に、関連する機会を提供しています。その講座の一つとして2025年度、「インド通・フィリピン通養成講座」シリーズを開催しています。これは前年度開催した「インド通養成講座」に対象国にフィリピンを加えたもので、2025年7月16日に東京都中小企業会館で第1回の「フィリピン通養成講座」をハイブリッドで開催しました。本コラムでは、同セミナーイベントで紹介した、日本の中堅・中小企業の経営者の進出検討先として大きな可能性を持つ「フィリピンの概要及び投資環境」について要約します。
 上記セミナーは2本の講演から構成され、(第1部)導入講演は、中央支部国際部員でフィリピン通である望月優樹会員によって紹介され、また(第2部)メイン講演は、駐日フィリピン大使館貿易投資部 貿易投資促進マネージャーArmando Simbulas氏によって解説されました。本フィリピン通養成講座は、本コラム筆者(横山)がプロジェクトリーダーとして、同国への駐在・出張経験者等のメンバーと共に企画・実行したため、読者の皆様に最新のフィリピンビジネス関連事情のエッセンスをお伝えするものです。

2.(第1部)「フィリピンの概要」
1)概要:フィリピンは、(東京から首都マニラへは約3,000km、飛行機で約5時間の)日本から最も近い東南アジアで、面積は29.8万㎢(日本の約8割)、人口(1億1,000万人)もインドネシアに次ぐ、ASEANを代表する大国で、人々は英語を自在に操ります。

2)政治:フィリピンは、アジア初の共和国である立憲共和制国家であり、発達した選挙及び議会システムを持った民主主義国家です。現在は第17代マルコス大統領が元首、上下院の二院制議会です。

(注)次の写真のマラカニアン宮殿は「大統領官邸」

3)経済:フィリピン経済は近年実質GDP成長率5~7%と高成長を続けており、一人当たりGDPにおいてもUS$4,000ドルを超え、特に首都圏マニラではUS$6,000ドルを超えます。経済構造は国内需要主導型で、経常収支は安定的であり、それは大幅な貿易・サービス収支を、海外送金の二次所得収支がカバーしているからですが、今後の更なる経済成長のためには、国内需要のみに依拠しない輸出の育成による貿易収支の改善が必要な状況であり、フィリピン政府はそのための政策を強力に推進しています。
上記の海外送金は、世界に約200万人いると言われるOFW(Overseas Filipino Workers)によるもので、日本にも7万人以上のフィリピン人が就労しており、同国経済に多面的かつ重要な貢献をしています。当該送金は、フィリピンの経済基盤であるのみならず、国内消費の活性化、地元企業の支援、雇用創出や地域経済への発展にも寄与しています。
フィリピンに進出するポイントとしては、国内需要を狙ったもの、及び輸出産業、つまりフィリピンにおける製造・輸出を展開/または、当該関連ビジネスに商機がありそうです。

(注)下記のBPOはBusiness Process Outsourcing、業務プロセスの一部の外部委託

4)人口ピラミッド:フィリピンの人口は日本の人口(1億2,355万人)をまもなく超える見込みであり、人口ボーナス期を迎える一方、都市部への人口集中によるインフラ整備や雇用創出は課題となっています。

5)特性・文化:友好的で接し易いフィリピン人(フィリピーノ)は、家族を大事にし、勤勉であり、愛国心が強いという特徴があります。また、調和・トップダウン・女性が強い(地位が高い)ことが特色、友人としての人間関係構築は重要で、親日的な国民性から友達になり易い傾向があり、ネットワーク構築が進めやすいかも知れません。

6)日本とフィリピンの関わり:両国の関係は古く、16世紀に遡りますが、その後数々の試練を乗り越え、現在は重要な貿易相手国であり、日本はフィリピンにとって最大のODA供与国(約US$100億ドル)になっています。

3.(第2部)「フィリピンの投資環境」
1)ASEAN主要国比較でのフィリピンへの海外直接投資
純FDI(純海外直接投資:対内投資と対外投資の差分)の表示ベースで、フィリピンへの海外直接投資(FDI)は、2023年でUS$91億ドルであり、対前年比での減少幅はマレーシア、タイ、インドネシアより少なく、その結果、フィリピンの純FDI水準はマレーシアとタイを上回りました。また、2024年の純FDIは、US$89億ドルであり、産業セグメント別には、製造業/不動産業/建設業/エネルギー/宿泊・飲食業の順であり、投資国の金額上位は英国/日本/米国/シンガポール/マレーシアの順となっています。

更に、フィリピンの投資委員会(BOI)による承認ベースの対内直接投資2024年(1-10月)では、US$63億ドルであり、産業別にはエネルギー/製造業/不動産/農林水産業/管理サービス業の順であり、投資国の金額上位はスイス、オランダ、日本、シンガポール、タイの順となっています。

(注)BOI: Board of Investmentsフィリピンの貿易産業省の附属機関、様々な産業や投資の機会の促進を主導し、投資家を支援

2)直接投資先としてのフィリピンの優位性
①豊富なタレントプールと人口統計的スイートスポット
フィリピンでは大学など高等教育機関の卒業生が毎年80万人規模であり、高い教育水準・英語レベル、強い顧客志向の特徴があります。テクノロジーにも強く、人材としての成長スピードが速く、高度なトレーニングが可能と言え、世界各国の文化への適応性を持ち、高レベルのコミットメントとロイヤリティに長けています。2022年で1億1,000万人超えの人口、その増加率は年率1.63%、平均年齢は25.7歳で、世界と比べて際立つ平均的な若さが特筆されます。また、大学の専門別には経営管理関連/教育・教員養成/工学・技術/IT関連/医学・医療関連といった順の構成比です。

②製造業における労務費競争力
フィリピンの製造業における賃上げ率は年率4%レベルであり、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムよりも安定的であり、且つ離職率も1.9%と低く、労務費面での競争力の源泉になっています。また、労働争議件数も年間10件程度と低く、且つ減少しており、製造業の進出先としての魅力の一つです。

③主要市場への戦略的アクセス
フィリピンはASEANの中で唯一、EUの「GSP+」(一般特恵関税制度+)の対象国であるであるため、多くの関税分類項目で非課税の取り扱いを得ている他、EFTA(欧州自由貿易連合)の全工業製品で関税非課税を得ています。また、日本や韓国との経済連携協定・自由貿易協定を締結し、世界最大規模の経済連携協定「RCEP」の一翼を担っており、主要マーケットへの戦略的アクセスを確保しています。

④インフラ整備の着実な成長
経済成長の基盤整備事業としては、現マルコス政権下(2022-2028)でのインフラ基幹事業「Build Better More」という総額9兆ペソ(約24兆円)の194インフラ整備支援プログラムを開始しています。
その中でも持続可能なインフラとしての再生可能エネルギーの利活用への重点投資を進めていることが特徴です。2021年時点で再エネ発電は設備容量で29%、総発電量で22%と世界的にも進んでおり、火山国でもあるフィリピンは再生可能エネルギー総発電量の中でも、地熱発電の比率が10%を占めることがその特徴です。更に2030年までの目標として再エネを総発電量の35%、2040年までには50%を目指す意欲的な目標を掲げていることが注目されます。

⑤主要経済改革
近年のフィリピンの主な経済改革としては、法人所得税率を(2020.7月より)30%から大企業では25%へ、中小企業では20%へ引き下げる「企業再生・企業向け税制優遇法」(CREATE)、小売業向け最低資本金の引き下げを行う「小売自由化法」(RTLA)の改正、資本要件US$10万ドル、現地採用社員15名とする「外国投資法」(FIA)改正、外国資本による100%投資が可能とする「公共サービス法」(PSA)改正を進めています。
これはフィリピンが質の高い長期投資を(日本をはじめとする)各国から「本気で誘致」していく姿勢を示すものであることが分かります。フィリピン政府が長期の税制優遇で投資環境を改善させ、特に自由で開かれた太平洋の実現に向けた、継続的な連携を日本との間で確認しています。両国の協調で「脱炭素化」等の主要課題の実現に向け、日本の力強いパートナー振りが期待されているところです。

各資料の出典:2025.7.16中央支部国際部「フィリピン通養成講座(第1回)資料」(一部筆者加筆)

筆者略歴
 横山 茂生(よこやま しげお)

2016年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会中央支部国際部副部長。2023年まで新日本製鐵(現、日本製鉄)及び日鉄エンジニアリングに勤務し、原料鉱石・資機材調達、作業請負契約など購買業務を担当。現在は日揮(株)の調達部門に勤務中。コンサルタントとしてはベトナム製造業向けKAIZENコーチングにも従事。2025年度は上記国際部にて「インド・フィリピン通養成講座」の共同リーダーを務める。

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