Global Wind (グローバル・ウインド)

~日本が目指す観光の未来~
国際部主催 第2回 国際部ダイバーシティ・サロン
参加報告
中央支部・国際部 静永 誠

1. はじめに
この記事では、2016(平成28)年11月29日に開催された、国際部主催ダイバーシティ・サロンについて報告します。国際部サロンは、講演者からの一方通行の講演になりがちなセミナーとは趣を変え、スピーカーからの話題の提供を受けて、出席者の方々どうしの情報交換を目的として定期的に開催されてきました。「ダイバーシティ・サロン」は、国内外の国際舞台で活躍中の方をスピーカーにお招きし、皆さんとのディスカッションもまじえて、一緒に様々な気付きを探っていこうという趣旨で開催している、国際部サロンの新企画です。
当日は中央支部事務所を会場に、約20名の参加者を集めて開催されました。

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2. サロンでのテーマ
第2回の開催となる今回のダイバーシティ・サロンでは、岩手県に本社をおき、「行ってみたい!」を「旅」にする旅行会社、トラベル・リンク株式会社の北田耕嗣さんをスピーカーにお招きしました。
北田さんが設立され、現在はアドバイザーをされているトラベル・リンク社は一般的な国内旅行・海外旅行の取扱のほか、地元岩手の様々な魅力的素材を行程に盛り込んだ着地型観光や、沿岸被災地への視察旅行等に積極的に取り組まれています。さらに、岩手県内の震災支援団体と共に、首都圏内の各企業様のCSR、CSV(共有価値の創造:Creating Shared Value)事業の協業事業も行っています。
サロンの前半は、北田さんから「日本が目指す観光の未来」と題して、地元岩手を中心とした、ゴールデンルート(東京、箱根、富士山、名古屋、京都、大阪など日本の主要観光都市を周る観光周遊ルート)とは異なる地域での観光業の取り組みについて、お話をいただきました。

3. 講演内容
3.1. 岩手の現状について
岩手県の現状に関して、東日本大震災からの復興状況のお話がありました。観光、流通などの基盤インフラについては、現在「三陸復興道路」が建設中であり、2020年までに9割が完成予定であるなど、基盤インフラは整いつつあるそうです。
一方で、震災に由来する影響・変化はまだ色濃いようで、応急仮設・みなし仮設などへの避難者は今でも約1,700人で、人口減少も震災を機に加速しているとのことでした。また、現地での労働力については、求人倍率は高いものの震災復興に関係して建設業に働き手が流れるため、観光業を含めサービス業は人不足であり、例えば、ホテルでは部屋が空いていても従業員不足のために宿泊客を入れられない状況も少なくないようです。

3.2. インバウンド観光の現状について
岩手だけでなく、日本全体でも人口減少が進んでいるなかで、インバウンド観光客の増加は、経済効果が期待できる分野のひとつになっています。
観光交流人口増大の経済効果の見込みは、観光庁資料に基づくと「定住人口1人当たりの年間消費額(124万円)は、旅行者の消費に換算すると外国人旅行者10人分、国内旅行者(宿泊)26人分、国内旅行者(日帰り)83人分にあたる」そうです。単純な計算をすれば、定住者が1人減った場合の経済効果の縮小は、外国人観光客10人が増えれば相殺できる、という話になります(下図参照)。

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図 1 観光交流人口増大の経済効果(出典:観光庁資料)

近年は政府もインバウンド観光客を増加させようと取り組んでいることもあり、訪日外国人数は増加傾向にあります。観光庁によると訪日外国人数は、2012年には約836万人であったのが、2014年には約1340万人、2015年には約1970万人であり、2016年は2000万人を越えているようです。政府は新たな目標への挑戦として、2020年には4000万人、2030年には6000万人の外国人旅行者数を掲げています。

インバウンド観光全体で見た場合は、観光客数は大きな伸びを示していますが、訪問地域を見ると、ゴールデンルート(メジャーで人気のある観光スポットを回る旅行の行程)への訪問意欲が高い一方で、東北ルートは認知度が低いため、訪日観光客数はまだまだ限られています。北田さんのお話では、日本全体では約2000万人のインバウンド観光客がある中で、岩手県のインバウンド観光客数は、約8万人とのことです。当日の資料ではありませんが、下図に、参考までに国土交通省の「訪日外国人旅行者の国内訪問地域分布予測手法に関する調査研究」から、訪日経験別・訪日形態別訪問ルート分析結果を示します。

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図 2 訪日経験別・訪日形態別訪問ルート(出典:国土交通省資料)

ゴールデンルートからは外れる東北地方では、いかにインバウンド観光客の中で認知度を上げ、訪問客を増やすかが大きな課題になっています。

3.3. インバウンド観光の課題と取組みについて
3.3.1. インバウンド観光の課題
政府は、『観光先進国』への新たな国づくりに向けて、平成28年3月30日、『明日の日本を支える観光ビジョン構想会議』(議長:内閣総理大臣)において、新たな観光ビジョンを策定しました。概要は下図のとおりです。

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図 3 日本を支える観光ビジョン(出典:観光庁資料)

このビジョンの視点1は「観光資源の魅力を極め、地方創生の礎に」と掲げており、観光資源の掘り出しと活用を示しています。岩手県の観光についても、観光客にとって魅力となる観光資源を明らかにすること、さらにその資源を活用し観光客を呼ぶ仕組み、さらに経済効果を生む(お金を落としてもらう)仕組みが作れてないことが課題だと、北田さんは説明されていました。

例えば、岩手県には観光資源として使えるはずの様々な魅力的な食材があり、そのひとつに「あわび」があります。しかしながら、もし観光客に現地産の高級な「あわび」をもてなそうとした場合、地元では高級食材を活用する仕組みができていないことから東京の市場に流通してしまい、地元では逆に手に入らない状況とのことです。

また、観光資源の掘り出しに関しては、現地の人が外部・観光客との交流をあまり持てないため、観光資源に気付かないことも多いとのことです。例えば、現地の人にとっては当たり前である「雪」を見に来る観光客がいたり、夜に「雑魚寝」できることが他では経験できないという理由でインバウンド観光客には好評であったりするそうです。

さらに、データを活用した分析が不十分であり、そのために有効な施策ができていないことも課題とのことでした。地方の自治体では観光客に関するデータを殆ど取れていない場合もあるようで、例えば大きなお祭りが毎年あるところでも、観光客の数や特徴などはおおまかにしか捉えてないことがあるようです。データに基づいた施策の検討が不十分であるため、例えば、実際には宮城など近隣からの観光が多い場合にも東京での宣伝に力を入れてしまうなど、効果があまり期待できない施策に落ち着いてしまう事態も見受けられ、さらに施策がどの程度有効であったかの検証もできていない状況もあるという話でした。

また、観光振興の施策の検討に関しては、自治体側の責任者がある程度の期間で交代することも、継続的な施策を実施しづらいことに影響しているようです。その結果、有効性の検証が不十分である施策を、繰り返し実施してしいる恐れがあるということでした。

3.3.2. インバウンド観光の取組み
インバウンド観光の取組みとして、サロンの中では、北田さんが過去に担当された事例を紹介されていました。さらに、今後の施策として、「DMOを各とした観光地域づくり」を紹介されていました。

日本観光振興協会が提供している「DMOなび」によると、DMOとは、「Destination Management/Marketing Organization」の略称であり、観光地域づくりを持続的戦略的に推進し、牽引する専門性の高い組織・機能と説明されています。国土交通委員会調査室の「観光地域づくりにおけるDMOの役割」によると、主に米国と欧州で普及している組織体で、観光地域づくりの分野横断型組織とのことです。政府でも、各地域が魅力ある観光地域づくりを自律的・継続的に実施していくためには、地域ごとに複数の主体の合意形成を行い、定量的・客観的なデータ分析に基づく地域課題の抽出等による戦略的なマーケティング、PDCAサイクルによる効率的な事業を継続的に推進する主体として、「日本版DMO」が必要であるとして、日本版DMO候補法人の登録などを行い、導入を進めています。
当日の資料ではありませんが、下図は、「日本版DMOの役割、多様な関係者との連携」を示したものです。

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図 4 日本版DMOの役割、多様な関係者との連携(出典:観光庁資料)

北田さんは「(公財) さんりく基金 三陸DMOセンター」の「観光プロデューサー」に就任され、地域の多様な人材や関係者を繋ぎ、来訪者の滞在交流や地域経済を循環させるDMO観光プラットフォームを構築し、観光地域づくりにおける窓口の一元化を始めているそうです。行政・ホテル・伝統芸能・農林漁業・飲食施設・輸送期間・地域NPO・地域観光協会など、観光産業バリューチェーン全体を俯瞰する、今までにはない組織として、現在ある課題に対する、データを活用しPDCAサイクルに沿った効率的かつ継続的な施策を実施できるように取り組まれているとのことです。

4. ディスカッション
サロンの後半は、主に参加者からの質問に北田さんが答える形でディスカッションを行いました。隣県の人は岩手県に何をしに観光に行くのか、日本に興味を持つ外国人観光客をどうやって探しているのか、といったサロンらしい雑多といえるような様々な質問が数多く出て、盛況のうちに時間になりました。
印象に残った話を少しだけご紹介しておきます。
県とDMOとの違いやDMOの構成についての質問が出た際に、行政機関との付き合いの話がありました。三陸DMOは、現在8名程度の行政機関であり、民間からは北田さんだけが所属しているが、今後は行政機関からのスピンオフになる予定であること、現在は会議が多いと感じているが、将来はスピード感を重視して施策の採用などをしていこうと考えていることを。行政との関わりの話が出た際に、参加者からも行政機関と仕事をした経験などが紹介され、様々な自治体で、スピード感、新しい試みへの敷居の高さ、施策の継続といったことが問題になっていることが話し合われました。
別の話題として、「岩手・東北の観光振興に関して、情報発信など、東京で出来ることは何か」という質問には「まずは実際に現地へ来てほしい」と答えられていました。震災の影響のひとつには、復興支援のために外部から来る人との交流が増えた一面もあり、その結果、良い景色があると聞かされるなど、地元の良い所に気付く人が増えてきたということでした。

5. おわりに
一昔前の中国の「爆買い」現象も含め、インバウンド観光客というテーマは目新しいものではなくなっていると思います。しかし、ゴールデンルートからは外れた地域での状況と取組みは今まで聞く機会が少なかったため、興味深い内容でした。特に日本版DMOの動きは、中小企業診断士にとってもビジネス・チャンスにつながるテーマが数多くありそうに感じました。

最後に、今回参加して、スピーカーの北田さんが実際に経験されてきた事例や施策、現在の活動を聞いて、新しいことにも積極的に取り組まれていく行動力がとても印象的でした。今回紹介されていた三陸DMOの活動も、どのような成果が出てくるのか、楽しみにしたいと思います。

プロフィール:
静永 誠
大手メーカー系・独立系ソフトウェアハウスで開発工程全般の実務を経験した後、ソフトウェア開発プロセスのアセスメント資格と中小企業診断士を取得。航空宇宙業界や自動車業界で、プロセスアセスメントやソフトウェアプロセス改善のコンサルティングを担当した後、他業種のSIベンダーのプロセス改善支援にも活動を広げている。

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[中央支部国際部からのご案内]%e7%94%bb%e5%83%8f%ef%bc%96%ef%bc%88%e3%83%81%e3%83%a9%e3%82%b7%ef%bc%89

国際部では2017年2月にも、インバウンドについてセミナーを開催します。本セミナーは、中小企業診断士以外の方も参加が可能です。お誘いあわせの上ぜひご参加ください。

「明日からできる!インバウンド観光客獲得へのヒント」
-変化するインバウンド、多様化する日本への期待-

日時:2017年2月4日(土)13:30~17:00
  (13:10受付開始予定)

開催場所:日比谷図書文化館大ホール
(東京都千代田区日比谷公園1番4号)

詳しい内容とお申し込みはこちらから
 ↓
http://kokucheese.com/event/index/443742/

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