Global Wind (グローバル・ウインド)
中央支部秋まつりセミナー『おさえておきたいハラル認証のポイント(基礎編)』を開催して

中央支部・国際部 小泉 岳利

皆さんは”ハラール(ハラル)”についてどのような知識をお持ちですか?

私が初めてハラールというものを知ったのは2001年頃です。某有名調味料の製造に使用する微生物を培地で保存するのための栄養源に、豚由来の材料を使用していたことを問題視され、販売中止や現地法人の役員が拘束されるなどの事態となりました。
当時、私は化学メーカーで品質保証を担当していましたが、顧客から「貴社から納入される無機ガス製品に、工程を含めて豚由来の材料がないことを保証してほしい」を言われて呆然とした記憶があります。
無機ガス製品の原材料は化学反応で合成したものや天然ガスからの分離精製ですから、豚は特に関係なさそうですが、当時は”分析できないものは保証しない”ことが常識だったため、対応に苦慮しました。最終的には「意図的に混入していないことを保証する」こととしましたが、世界にはまだまだ知らない常識があるのだと実感しました。
あれから15年。モスクやラマダン、ハラールといったイスラム教に関する言葉も頻繁に耳にするようになりました。でも、私自身も含め、一般的にはイスラム教について「男性は口ひげ、女性は頭に布(ヒジャブというそうです)を被る」「アラー神を崇拝」「断食がある」「豚肉と酒がNG」という以上の情報をお持ちのかたは少ないように感じます。

イスラム教徒は世界人口の約2割を超えていると言われ、キリスト教に次ぐ宗教人口となります。また、中東地域が中心の印象がありますが、最も信者数が多いのは、実は日本にも近い東南アジアです。
現在、日本は「観光立国」を標榜しており、アジアをはじめとする世界の観光需要を取り込むことを進めております。そして、近年アジアの国々の経済発展に伴い、日本への旅行者も増えております。当然、イスラム教徒のかたの訪日も増えているようで、街中でヒジャブを被る女性を見ることはそれほど珍しものでもなくなりました。そろそろイスラム教について、もっと知ってもいいのではないかと思います。
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ところで、イスラム教には食事に関する厳しい戒律があり、ハラール(「許されている」の意)であると認められたものしか摂取することができません。首都圏や有名観光地ではハラール認証を取った飲食店が散見されますが、まだまだ一般的ではないため、イスラム教徒の方々は、訪日しても食事で難儀することが多いようです。

逆に飲食店サイドとしても、非イスラム教国である日本でイスラム教の戒律に則った食事を提供することは、非常に難しいものがあります。(このあたりは、”実践編”でお世話になった南インド料理のお店「ダルマサーガラ」の社長から、直接そのご苦労についてお話いただきました。詳しくは来月のグローバルウインドでも触れることができると思います)

私は、中小企業診断士がハラールに対する理解を深めることにより、飲食業を中心とした中小小売業がイスラム教徒のインバウンド需要を取り込むための支援の一助とすることができればと考え、「ハラールを知ってハラールを食べよう」という趣旨で今回のセミナーのベースとなった企画を提案しました。
当初は中央支部国際部の非公式イベントとして提案したものでしたが、あれよという間に話が大きくなり、最終的には『中央支部まつり2016』(以下、支部まつり)で国際部・会員部・研修部の合同開催することとなりました。企画者としては、話の展開の早さに目を白黒させられた一方、研修のニーズは高いことを知り、非常にやりがいを持って準備を進めることができました。特に、支部まつり実行委員の皆様、共催させていただいた各部の部長およびご担当の皆様には本当にお世話になり、ありがとうございました。
ただ、支部まつりでは食事を提供することができないため、当初の企画を変更して、まず”基礎編”として外部講師として招聘した(株)日本ハラールユニットの井上正昭先生による講義のみを行い、先生を交えて実際にハラール料理を食べるのは別の日に設定することとしました。

長々と前置きを書いてしまいましたが、今回は2016年11月19日にTKP神田ビジネスセンターで開催された支部まつりでの「基礎編」セミナーの内容をかいつまんでお伝えします。
(コラムという性質上、本稿では正確性よりもわかりやすさを優先しました。宗教上の見解は宗派や認証機関により異なることがありますので、個別の案件については専門家や認証機関にご相談ください)
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1.ハラールとは
ハラール(HALAL)とは、イスラムの聖典クルアーン(コーラン)の中で唯一の神(アッラー)が人に対して下した戒律(イスラム教法=シャーリア)において「合法である」「許されたもの」という意味のアラビア語です。
逆に「非合法なもの」「許されないもの」をハラム(HARAM)と言います。%ef%bc%88%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%92%ef%bc%89%e3%83%8f%e3%83%a9%e3%83%ab%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%82%af
2.シャーリア法でナジス(不浄)とされるもの(≒ハラム)
以下に代表的なものを示します。
・豚および猪の派生品すべて
・ハラールでないもので汚染しものや、ハラールでないものと直接接触したハラール食品
・人体や動物の開口部から排泄された液体
・死肉、シャーリア法に則って食肉処理されていないハラール動物
・カマール(酒)およびカマールが含まれている食品

ハラールではないものは、他にも以下のようなものがあります。
・獲物を殺すために長く鋭い爪や牙を持つ動物
・シラミ、ハエなどの不快生物
・ネズミ、ゴキブリ、ムカデ、サソリなどの有害生物
・遺伝子組み換え食品

これらの内容から、「この戒律は、もともとは食品安全に端を発していたのではないか」との解説が講師からありました。
確かに豚には寄生虫や衛生上の問題があり、食中毒の危険性の高い動物です。また、糞尿や吐瀉物、死んだ原因のわからない動物肉なども衛生上の問題があることが容易に想像できます。
“戒律”というとおどろおどろしい印象を持ちますが、もしかすると信者を守る先人の知恵のような存在なのかもしれないと感じました。

ただ、”遺伝子組み換え食品”という最先端の項目があるのは意外でした。「安全性が確立されていないから食べるな」という意味なのかもしれません。

3.シャーリア法に則った食肉処理
鶏や牛などハラール動物であっても、シャーリア法に則って食肉処理する必要があります。
基本的にはイスラム教信者が祈りながら首(頚動脈)を切って屠殺するのですが、刃物を入れる場所も細かく定められています。
これはある意味、「最も苦しませずに屠殺する方法」を示しているとも言え、現在でいうところの”動物福祉”の観点も入っているように感じました。

4.日本でのハラール対応する難しさ
講師からは「日本食は諸外国と比べればハラール認証を取りやすい」というお話がありました。魚介類や野菜はそのままでもハラールであり、これらを使った料理が多いためだそうです。
一方、”汚染”の防止を厳密に考えると、難しさが出てくるそうです。たとえば汚染防止のためには、輸送時にハラールではないものと物理的に隔離する必要がありますが、現在の日本の物流事情を考えると豚肉や酒から完全に隔離して運ぶことは現実的には困難です。また、醤油や味醂など、そのままでもアルコールが含まれている調味料もあります。
さらに、豚由来の材料も、肉だけではありません。ラードやショートニング、豚肉エキス、ゼラチンといった多くの調味料や食材がありますし、毛や皮革などもさまざまなものに利用されています。中でもゼラチンは、食品に含有したり微生物の培養などにも使われたりするなど用途は多岐にわたっていますが、豚由来のものと、そうではないものを区別せずに使用することも多く、ハラール認証時の要注意ポイントの一つだそうです。

5.最後に
ハラールの認証には大きくは2つの側面があり、(1)HACCP的な”食品安全”体制の確認と、(2)宗教的見解とのマッチングだそうです。
食品安全管理に関する考え方はどこも大差はありませんが、非イスラム教圏の食事はイスラム教圏からみると”異文化”であることから、宗教的な判断が出されていないことが多くあるとのこと。
たとえば、前述の「醤油に含まれるアルコール」については、最近”酩酊目的ではない”ことから含有が認められはじめたそうです。このように、今後も丁寧に宗教指導者サイドと意見交換を進めていくことが必要になると思われます。

ある意味、「自然食品の規格」ともいえるハラール認証が日本でも広がれば、イスラム教徒の方々が安心して食事を摂れることになると共に、日本人にとっても食の安全を広げる活動にもつながるように思います。
世界の情勢は不透明感を増していますが、せめて日本の中では、国や宗教を越えて、安心して食卓を囲めるような関係でありたいと思いました。

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本セミナーを受け、2016年12月2日には「おさえておきたいハラル認証のポイント(実践編)」として、実際に料理を食べることでハラールについてより深く理解し、インバウンドへの対応力を強化しようという、体験型交流会が開催されました。
次月のグローバルウインドではこの内容をお伝えする予定です。お楽しみに!
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■小泉 岳利(こいずみ たけとし)
1966年生まれ。千葉大学工学部工業化学専攻修了後、総合化学・アルミ加工メーカーを経て工業用接着剤メーカーに勤務。工場で品質保証・環境管理を長く担当後、生産技術,購買,総務等の間接部門の業務に従事。中小企業診断士合格を期に本社に異動して管理会計や海外現法の管理業務を担当。企業内診断士。2015年5月中小企業診断士登録。