三澤 響

 
 「会社の寿命30年説」に代表されるように、同一事業を維持・成長するだけでは、企業が永続的な繁栄を続けるのは難しいと考えられている。また、2009年版「中小企業白書」に、『中小企業がイノベーションに果敢に挑戦し、市場の創造と開拓に取り組んでいくことが、現下の厳しい経営環境の中で活路を開き将来にわたる発展を遂げていく途ではないだろうか』と書かれている通り、中小企業にとって新しい事業を開拓することの重要性が、今以上に高まった時代も無いと言えるだろう。こうした背景のなか、企業がイノベーションを実現していく為に、経営者は何を考え、どういった行動を取るべきであるか。
 
 ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、2001年に「イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(翔泳社)」を発刊し、新興企業が巨大企業を駆逐する破壊的イノベーションについて論じた。クリステンセンは、2012年に「イノベーションのDNA-破壊的イノベータの5つのスキル(翔泳社)」を上梓し、企業が破壊的イノベーションを実現するために、経営者が発揮すべき5つのスキル(行動)について書いている。
 5つのスキルとは、1つ目は「関連づける力」、2つ目は「質問力」、3つ目は「観察力」、4つ目は「ネットワーク力」、5つ目は「実験力」である。「関連づける力」とは、性質が異なる2つのモノを組み合わせることにより、新しい可能性を見つけ出す力の事を言う。イノベーションが得意な人材は、新しいモノを発見することに優れているのでは無く、既にあるモノを「関連づける力」が優れていると言う。次に「質問力」とは、常識を疑い、予定調和を破壊する質問を投げ掛ける力のこと。3つ目の「観察力」とは、新しい製品やサービスを提供するために、本当に困っている人や物事を見つけ出す力のことを言う。「関連づける力」を発揮するためにも豊富な知識や見聞が必要だ。4つ目の「ネットワーク力」とは、新しい発見や異なった視点を得るために、自分とは違う背景や考え方を持つ人と出会う力のことである。ある業界やグループでは常識的な考えが、別の業界やグループでは革新的な考えであることは共感できることと思う。いつも同じグループだけに所属していると、いつも決まり切った考えを固持してしまうことになりやすい。最後の「実験力」は名前の通り、思い付いたアイデアは早く実践をしてみることである。「PDCA」という考え方は、「やってみなけりゃ分からない。思い悩まず、まず実行。ダメだったらやり直す」という事であり、この「実験力」に通じる考え方である。
 こうして眺めてみると、「質問力」「観察力」「ネットワーク力」を駆使して、日常生活で単純に得られるものとは異なる知識を豊富に得て、「関連づける力」を使い、これまでに無い新しいアイデアを発想する。そして、「実験力」により、新しいアイデアを試してみる、ということの繰り返しがイノベーションを実現する道であると言える。そして、クリステンセンによれば、イノベーティブな企業を率いる経営者は、この5つ全ての項目で高いスキルレベルを示すと同時に、1つ又は2つの項目で特に秀でたレベルを持っている。
 毎日を「生き馬の目を抜く」世界で戦っている経営者にとって、この5つのスキルを日々の企業活動の中で意識し、行動につなげて行く事は容易で無いかもしれない。将来に向けた永続的な企業発展の為とは言え、今年や来年の売上や利益目標を達成するために、緊急かつ重要な業務は優先的に行わざるを得ない。しかし、経営者の考えや行動は従業員に伝染する。イノベーティブな経営者に率いられた企業は、イノベーティブな企業である。この5つのスキル(行動)を毎日の活動で少しずつでも意識することが、中小企業白書が述べた「活路を開き将来にわたる発展を遂げていく途」につながって行くのでは無いだろうか。
<参考資料>「2009年版中小企業白書」P45より引用
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■三澤 響
1972年長野県駒ヶ根市生まれ。
関西学院大学卒業後、山一證券(株)を経て、(株)NTTPCコミュニケーションズに入社し、企業向けサービス(ネットワーク、クラウド、モバイル等)の新事業開発や営業企画業務に従事し、現在に至る。
2007年4月に中小企業診断士に登録し、現在、東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員。