三澤 響

 2018年9月7日に経済産業省は「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」というレポートを発表した。「レガシーシステム」の刷新を進めない企業は、今後、ディジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を推進することができずに、競合企業との競争に負けて衰退していく可能性が高い。そして、その結果として、日本全体で、12兆円の経済損失を被る可能性があるという内容である。

 

最近、DXという言葉を耳にすることが多くなったが、IDC Japan 株式会社では、DXを以下のように定義している。

 

「企業が第3のプラットフォームを利用して、新しい製品やサービス、ビジネスモデル、新しい関係を通じて価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」

(※「第3のプラットフォーム」とは、「モバイル」「ビッグデータ」「クラウド」「ソーシャル」という新しいテクノロジーや潮流のことである。)

 

私は、もっと簡単にすると以下の通りと理解している。

 

「企業が、最新のITテクノロジーを活用して、社内の業務プロセスや社内システムをデジタル化し、競合企業との競争優位を確立し、市場を獲得していくこと」

 

時々、DXが業務効率化やコスト削減だけを指して使われる場合もあるが、最も重要なことは「デジタル化による競争優位の確立」にあると理解している。

 

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なぜ、「レガシーシステム」が刷新されない企業は競争に敗れるのか。まず、「レガシーシステム」とは過去に作った古いシステム(顧客管理システムや在庫管理システム等)のことだ。「レガシーシステム」の特長としては、「作った頃の社員が企業に残っていないので、システムの中身がよく分からず、時代の変化に合わせてシステムを変更したくても不可能」「過去にベンダー任せで作ったので、10年以上前に作ったまま何も変えられていない」等がある。この場合、システムの変更が不可能なので、結局、社員が人手で業務を補足していることが多い。新たな項目を管理したいがシステムに追加ができないため、追加項目だけを表計算ソフトや紙で管理している場合などである。

 

「レガシーシステム」という言葉だけを聞くと、中小企業では関係が無いと思う人が多いかもしれないが、そんなことはない。中小企業でも、10数年前に導入したパッケージソフトをそのまま利用していたり、市販の「表計算ソフト」を社員が縦横無尽に操りながら業務をしている企業は多い。導入費用の大きさや、システムの規模は違うにしても、大企業や中小企業でも「レガシーシステム」が存在していることに大きな違いはない。

 

では、「レガシーシステム」を使い続ける企業が、DXできずに競争に負けて行くとは、どういうことなのか。一つの例として、デジタル技術を使って、顧客からの注文をスマートフォンのWebやアプリから受付けて、そのまま自動的に社内部署や協力会社に部品を発注し、最後は顧客への請求も自動的に行いたいという取り組みがあるとする。顧客の購買履歴をWebで表示し、再購買をオススメし売上も増やしたいとも考える。この場合、顧客が注文をするWeb画面を新しく作るのは当然あるが、その注文を社内の契約管理システムに「自動的に」反映させ、部品の注文も「自動的に」協力ベンダーに流れるシステムを作る必要がある。最近、スマートフォンでタクシーを手配することができるサービスが出てきているが、そのプロセスをイメージすると分かりやすい。スマートフォンのアプリを作り、そこから受けた注文と空車中のタクシーを自動的にマッチングする必要がある(さすがに、社員が手作業で注文と空車タクシーを突合させるには限界がある。それに、顧客はそれほど待ってはくれない)。仮に、システム変更することができないレガシーシステムを利用しているタクシー会社があり、顧客にスマートフォンから注文できるサービスを提供できない会社は、今後、自然と競争から淘汰されていく可能性が出てきている。

 

また、多くの企業において、レガシーシステムの利用には、社員が日々実施している手作業が介在している場合が多い。システム変更ができないために、その補完を社員が手作業で穴埋めしている。ここに影響するのが、人手不足の問題である。古いパッケージソフトや表計算ソフトを利用した業務は、長年に渡りその業務を実施している社員によって支えられている。業務は非常に複雑で属人化していることが多いように思う。今後、人手不足が慢性化した場合、こうした社員の手作業を頼りに継続していた業務は継続できなくなる可能性が高い。人材不足により、事業の継続が危うくなる前に、レガシーシステムの刷新や、RPA等による手作業の解消を進めることが必要だ。

 

最後になるが、デジタル時代の到来に加えて、恒常的に人手が不足する時代が来ている。クラウド等の登場により、安価になってきている最新のデジタルツールを活用し、レガシーシステムを刷新し、デジタル化による新しい競争優位を構築していくべき時代がすでに来ている。そして、人手不足が直撃しやすい中小企業こそ、いち早く、ディジタルトランスフォーメーションに取り組み、新たな時代に向けた歩みを進めるべきと、考えている。

 

【略歴】
三澤 響(みさわ ひびき)
中小企業診断士
長野県駒ヶ根市生まれ。
関西学院大学卒業後、山一證券(株)を経て、(株)NTTPCコミュニケーションズに入社し、企業向けITサービスの商品開発や新事業開発を約20年間担当し、現在に至る。
2007年4月に中小企業診断士に登録し、現在、東京都中小企業診断士協会中央支部執行委員。